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2004年12月06日

第七回 エッセイ 「二人で頑張ろうよ」


「また二人で頑張ろうよ!」。この台詞にどれだけ僕が救われたか判らない。
このエッセイは、この台詞を僕に言ってくれたT君に捧げたい。

東京での生活も7年目に入った頃、すでに幾つかのバンドを渡り歩き、
インディーズの世界では僕の名前も少しは知られていました。

しかし、最後のバンドを解散してからは、良いメンバーに恵まれず、
僕は日々色んなミュージシャンとセッションなどを繰り返していた。

そんなある日、僕はあるバンドに入った。

しかし、そのバンドではどうにもならないのは、しばらくやってて解りました。
このエッセイを読んで頂いてる方々にこれでわかっていただけるかどうか解らないが、
全然勢い(ギラギラした部分)がそのバンド(メンバーには)無かったのです。

1度だけそのバンドでライブを行った後、僕はやはりこのバンドでは駄目だと思い、
その事をそのバンドでは一番ミュージシャン歴の長かった
| ベースプレーヤーの健太(仮名)に伝えると
「自分もそう思う、一番の問題は経験不足のボーカルだ」と言われ、
僕とドラマーの白沢君(仮名)もそれに合意し、
新しいシンガーを探し始めることにしました。

すると白沢君が「以前居たバンドに良いシンガーが居た。
今度のリハーサルに当時のテープを持って来る」と言い、
その数日後に行われたリハで1本のテープを僕にくれました。


僕はリハからの帰り、電車の中、ウォークマンにそのテープを入れました。
ライブテープらしく、そのシンガーのMCが少し入った後、
曲が始まりました。

ヘッドフォンから聞こえる、余りにもエモーショナルなその歌声に 僕は圧倒され、
満員の最終電車の中、1人で興奮してました!

当時ライブハウスなどに出てたバンドのシンガーは
そんなに「歌がメチャクチャ上手い!」という人は殆ど居なく、
どっちかというと一番派手な人、ルックスの良い人が
シンガーをしてたのが多い時代(今もそうかも)でしたから、
テープから聞こえる彼の歌唱力には本当に驚きました。

翌日白沢君に電話し、
テープの歌声の彼の電話番号を教えて貰い、電話しました。

彼に「ちょうどバンドが解散した所で、今は何もして居ない」と言われたので、
翌日逢う約束をして、その日は電話を切りました。

翌日お互いのバイトが終わる頃、新宿で待ち合わせました。
これがT君との始めての出会いでした。僕達は2時間マックで話し合い、
その後も別の喫茶店で閉店間際迄あれこれ話し合いました。
そして最後にT君は、次回のリハーサルに顔を出してくれる事を約束してくれ、
その日は別れました。

T君は数日後に行われたリハーサルに現われ、練習をしばらく見た後、数曲歌ってくれました。
「やはりシンガーが良いと演奏してても気持ちが良い!
こんな奴が歌うバンドのメンバーに成りたい!」と僕は思いました。

リハーサル後、T君と最寄りの駅迄歩いて帰る時、
僕が「バンドどうだった?」と聞くと、
T君はずばり「ベースプレーヤーとドラマーは駄目だと思う、
やるのなら二人で最初からメンバーを集めないか?」です。

僕は即答し、その日の晩にベースの健太、
ドラマーの白沢君にバンド脱退の意向を伝えました。

白沢君は気持ちよく「二人で良いバンドを作ってくれ!」と言ってくれましたが、
腕に自身の有った健太は、何故自分がその新しいグループに入れないのか
理解出来なかったようです。

翌日から僕とT君の「史上最高のバンド結成作戦」が始まりました。
殆ど外部との接触の無かったT君ゆえ、僕の知り合いからメンバーを探して行く方法が取られ、
先ず僕は以前から良くライブハウスで顔を合わせてた
バンドのドラマーだったコースケ(仮名)に連絡を入れました。
(インディーズ時代は1バンドでは客が集まらず、
ライブハウスは1晩に2ー3バンドを出演させてた)

コースケに「良いシンガーを見つけ、新しいバンドを始めるのだが、興味は有るか?」と聞くと、
彼もその時やってたバンドに物足りなさを感じてるようで、すぐに一度逢う事になりました。

その席で僕とT君は今迄作った曲、そしてT君の歌声の入ってるテープをコースケに聞かせました。
コースケはそれを聞き、すぐにバンド加入をOKしてくれました。

残るはベースプレーヤーです。そこでコースケは
「最近大きなバンドを脱退したベースプレーヤーのイチロウ(仮名)という男がいる、
連絡先は調べれば解ると思う」と言い、
数日後、コースケは彼の番号を調べ、連絡を取り、僕達3人と逢う約束をしました

それから数日後、原宿で僕とT君とコースケはイチロウを待ってました。
イチロウは時間通り現われ、僕達3人は自分達の今後のビジョンを聞かせ、
曲のテープをその場で彼に聞かせました。

イチロウは「凄く良いね!、ちょっと待っててくれ」と席を立ち、公衆電話へと向かいました
(当時まだ携帯は自動車にしか無かった)。

5分程で帰って来たので
「どうした?」と僕ら3人が聞くと
「今やってるバンドの連中に電話し、バンドを脱退する意向を伝えた。
これからは俺もバンドの一員だ」と言ってくれたのです。

僕達はバンドを「R.B(仮名)」と名づけ、
4人で最初に逢ってから3ヶ月後位に初めてのライブを行いました。
長く音楽活動をしてた4人が集まったグループだったので、最初から沢山の人に観に来て頂き、
バンドとしては最高のスタートを切れました。

反響も良く、
その後レコード会社との話し合いの席にも着きましたが、
契約迄こぎつける事が出来ず、活動1年目位に、
ドラマーのコースケが当時デビュー直前だったバンドに誘われ、バンドを脱退します。

僕らは新しいドラマーをオーディションし、新メンバーを加え、活動を続けてました
R.Bの音楽はポップなロックでしたが、活動2年目に入ると
僕は黒人などの弾くディープなブルースに興味を持ち始め、
本格的なブルースを弾くギタリストのショーに行ったりしてるうちに、
ギターのスタイルが少しづつですが変わってきました。

イチロウはブルースが大嫌いで、
この頃から僕のギターパートなどに口を挟み始めました。

そんなある日の事です。

新メンバー(ドラマー)を加えたバンドで、デモテープを作る事になったのですが、
ここでも僕のフレーズにイチロウは何度も口を挟んできました。
彼は、「やりたい事は解るが、このバンドには合わないから元に戻せ」と連呼してました。

最終的には僕も歩み寄り、
中間を取る感じで自分のテイクを終え、レコーディングは終わりました。

それからしばらく経ったある日、リハーサルを終え、
僕とT君は最終電車に乗る為に駅へと向かってました。
そこでT君から信じられない事を聞かされたのです。

T君は「昨日の夜、イチロウから電話が有り、MORTYを首にし、
別のギタープレーヤーをバンドに入れた方が良いと思う」と言われたと言うのです。

この時は本当に驚きました、
何故なら僕は、テクニック的に問題があるプレーヤーがこのバンドに居るとすれば
ベースのイチロウだと思ってたからです!
しかし彼を外して別のベーシストを入れようなんて考えた事も有りませんでした。

イチロウはテクニック的には対した事なかったが、
とにかく存在感が凄く、僕はそこを高く評価してたからです。

仲間に裏切られた事など、色々な事が僕の頭の中を駆け巡りました。

T君は「俺はMORTYを外す事は考えられないとイチロウにハッキリ伝えたが、
こういうのは本当に嫌だ。MORTYの好きにしてくれ、
MORTYがこれでバンドを続けれないというのなら俺も辞める」と言ってくれました。

僕が「今は頭に血が登ってて、判断出来ないが、取りあえず今、何となく解るのは、
もうイチロウとは一緒のバンドには居れない、、、
バンドが解散する事になるかも知れないけど、それでもいいのか?」と聞くと
T君は笑いながら
「いいじゃん、そしたらまた二人で頑張ろうよ!」と言ってくれたのです。

この一言はあれこれ考え、頭がおかしくなりそうだった僕の気持ちを
大きく落ちつけてくれ、不安の中「こいつだけは信じれる」と安心出来き、
今後を考える冷静さを僕に与えてくれたのを覚えてます。

家に帰っても、その日は寝れませんでした、、、、

バンドはプロに成れる力は有る、良い話(レコード契約)も
最後迄は行かないが来てる、テレビ出演などもした、
後ほんの少しの所まで来てるこのバンドをここで終わらせて、後悔しないのか、、、

一晩中考えました。

そしてその日は一睡も出来ず朝を迎えました。

朝8時になり、僕はイチロウに電話をかけました。
こんな時間に電話したのは始めてだったので、僕が何か大きな事を伝える為に
電話してきたのは彼にもすぐ判ったと思います。

僕は「昨日T君に全てを聞いた」と話すとイチロウは
「きっとT君の事だからMORTYに話すと思った、 ドラマーにも同じ事を聞いてみたが
彼にもMORTYを外す事は出来ないと言われたよ」。

僕は「一晩考えたが、イチロウを信頼できない今、

今後一緒にバンドを続ける事は出来ない」と伝えました。

今迄弱い所を一度も見せた事なかった、どちらかというとタフな
イメージを売り物にしてたイチロウが電話口で泣きながら
「俺はお前が嫌いだから首にしようとしたのでは無く、
バンドの為を思ってやった事だけは理解してほしい。
俺はこのバンドを皆と同じ位愛してる、このバンドが成功しなかったら、
音楽業界から完全に足を洗うつもりだ!お前が辞める必要は無い、
俺を首にしてバンドを続けれないか?俺が辞めるから!」と言いました。

イチロウ程存在感の有るベースプレーヤーは
そんなに簡単には見つからないのはわかってましたので、
別のベースプレーヤーを入れてバンドを続けるのは無理だと僕は思いました、

1時間近く話し、イチロウは解散する事を理解し
「俺はこれで音楽を辞める、いま入ってるスケジュールはキャンセルせずに行えないか?」と
僕に聞いてきました。

僕は3ヶ月先のスケジュールはキャンセルし、
2ヶ月以内のはやる事で合意しました。

2ヶ月後R.Bの最後のライブが行われました。
沢山の人達に観に来てもらいました。
イチロウは最後の曲が終わると、長年弾いてたベースを客席に投げ入れ、
予告通り音楽の世界と別れを告げました。

書いてるうちにどんどん長くなりましたが、
僕の独り言をここまで読んでくれたくれた方にお礼を言いたい。
そして最後に、このエッセイで一番伝えたいメッセージが
「裏切り」「悲しさ」では無く、友人から、
嫌な事全てを吹っ飛ばす一言がどれだけ僕を力づけたかである事を再度お伝えしたい。
そしてT君に「あの時は本当にありがとう」ともう一度この場を借りて言わせてください。

投稿者 morty : 2004年12月06日 12:29

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