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2004年12月14日

コラム第二回/「日本人とアメリカ人の違い」

このお題でコラムを書こうと思ったのは、僕自身、人生の半々をアメリカと日本で過ごしてる為、日本人の考え方、それからアメリカ人の考え方も同じ位理解出来ると同時に、双方の良いとこ、悪いとこも有る程度は見えてると思うからです。

しかし、ここに書かれてる事は「僕個人の考え」である事も前書きとして明記します。内容に共感出来ない方々もおられると思いますので、一人の男の戯言として、捕らえて頂ければ幸いです

2004年/10月半ば、ヒルトンで行なわれた某日本企業のコンベンション兼セミナーの仕事をしたのですが、そこでハワイ島で暮らす日本人女性のスピーチがありました。

彼女は、何冊か有る自身の著書の中でも紹介したリラクゼイーション法やヒーリングについて話していましたが、話の中で「日本人とアメリカ人との違い」についても語られていました。

日本人とアメリカ人の違い。

海外に何度か訪れた事の有る人なら、一度は「日本ならこんな事許されん」もしくは「こんなの日本ではあり得ない」と思う場面に出くわした事が有るのではないだろうか。

先ずは僕が思うアメリカ人の特徴と日本人の特徴を幾つかまとめてみた

(1)
アメリカ人は中々謝らない。日本人はまだ素直に謝れるような気がする

(2)
アメリカ人で日本人や日本に憧れてる人は少ないが、日本人の多くはアメリカ人のライフスタイルから、風貌など、沢山の事に対してあこがれを持ってるようだ。

(3)
アメリカ人の殆どは、喋リ始めると,手が話の内容とは全然関係無く動くが、日本人の殆どは動かさない。

(4)
殆どのアメリカ人は、自分がアメリカ人で有る事を誇りに思ってる。日本人は日本を愛しては居るだろうが、アメリカ人程その気持ちを常に携帯してない。しかし、オリンピックの時など祭り事になると、 一時的にその気持ちが強くなる傾向が有る。

(5)
日本人はアメリカ人よりも細かい事が出来るし真面目なのかも知れない。

例:)去年、仕事で日本に僕が行った時、知人宅で「ペットボトルはキャップ、ボトル、ラベルは分別して出すのだ」と聞かされたが、このような事はアメリカでは許されないだろう。アメリカ人なら「めんどくさい!メーカーが全部同じ材質で作るべきだ!」と大騒ぎになり、最終的にゴミが増えるような構造のボトルを作ってるメーカーが叩かれ、メーカーもイメージなども考え、すぐにボトルを改良するだろう。日本の人は「決まられた事だから」と文句を言いながらでも素直に従えるようだ

まだまだ沢山あるのだが、ここらで話を進めたいと思います

先ず一般的に良く言われる「アメリカ人は謝らない」についてだが、これは僕個人の意見と前置きした上でだが、「確かにアメリカ人は謝らない」と言わざる得ない。

しかし、これは日本人の感覚から考えた場合で有り、日本人の謝る基点がグローバル・スタンダードとは言えないので、実際には「日本人と比べると謝らない」という言い方が一番フェアなのではないだろうか。

謝る事は、恥ずかしい事ではない。謝れない事のほうが恥ずかしい事だと思う。それなのに素直に謝れないアメリカ人。間違いを犯すより恥ずかしいのは間違いを認めれない人間だと思うのですが、、。

マナーなどの点では、うわべだけでもアメリカ人は日本人の少し先を歩いてるような気がする。これは僕自身いつも目にするのだが、レストランやショップなどに入る時、アメリカ人は必ず、後ろから人が来てないかを確認し、居た場合はその人の為にドアを開けておいてあげるか、その人がドアに手をかけるまでドアを離さない。

ところが、日本人の多くは後ろから人が来てるのを確認すらせず、ドアを自分が通れる最短に開け、店内へ入る場面は毎日目撃する。周りを全然気にかけていないようなのだ。

僕は何処かのドアを開ける時、必ず後ろを確認します。そしてアメリカ人が後ろに居た場合、彼等は必ず「サンキュー」と言うが、それが日本人の場合、彼等は何も言わない。目線も合わせない。それどころか、ドアに手もかけず、次から次へとドンドン入ってくる事も時々有る。

不思議なのは、日本人はアメリカ人にドアを開けてもらうと「サンキュー」と笑顔で言えるのに、僕のように日本人顔をしてる人間には何も言わない。笑顔も無い。時々すごーーーく堅い笑顔を見る事があるくらい。

日本人はアメリカ人(外国人)との対応が同じ日本人同士とは違うように思える。アメリカ人は相手が誰であろうと基本的には一緒。

余程のお年寄り、もしくは車椅子に乗ってる人なら、日本人もドアを開けておくのかもしれないが、僕が見てる限り、殆どの日本人がドアを開ける時、後ろすら振り向かないので、それでは気が付かないのではとも思う。

アメリカ人はハッキリ物事を言うと言われてるが、たいした事でも無いのにいちいちイヤミも言う。それもバレバレの!なんでそこで黙っておけないのだろうか?。絶対そのほうが自分が賢く見えるのに!

余計な一言を言う事により、「鋭い人だなーっ」と、誰も思わないに、いちいち余計な事を言う人がアメリカでは目立つ気がする。これはアメリカ人の喋り方の特徴だとも思うが、僕は余り好きじゃないです。

日本人は余程の事でない限り黙ってる習性が有るような気がする。つまりアメリカ人よりは我慢強いように思える。

これを裏付けると言えば言い過ぎだろうが、僕の知人でワイキキの高級ステーキ屋でウェーターをやってる人から聞いた話を下記に明記してみました

「日本人は未だに15%のチップは良いチップ(良い金額)だと思ってるらしく、電卓で計算したようにきっちり15%置いて行くが、アメリカ人は20%かそれ以上置いて行く。しかし!アメリカ人は肉の焼き方が少し違うだとか、サラダにはこれを抜いて、変わりにこれを入れてくれだとか、とにかくディナー中、ずーーっとうるさいので、うっとうしい!チップが少なくても日本人の居るテーブルのほうがいい」と言ってた。

(この場合、海外だからと日本人がおとなしいのかも知れないという事も考えられると、補足しておきます)

本当はまだまだ判りやすくアメリカ人と日本人を比較したいのだが、そうすると、すごく長い文面になりそうなので、早々と結論を言わせて頂くと、ズバリ!アメリカ人と日本人の違いは、住んでる環境、社会の違いにより生まれてるのではないかと思うのです。

アメリカ人が謝らないのは、アメリカでは「猿がバナナの皮で転んでも」裁判沙汰になるからです。とにかく何でも裁判なのです。いちいち裁判なのです。(多少謝らない方が楽だからも有るかも)

アメリカでは事故などをすると警察よりも先に弁護士が事故現場駆けつけ、「裁判起こすのならよろしくね」と名刺を配りにくるというジョークも有ります。

加害者が下手にミスを認めると、その発言を弁護士が裁判で「猿でも判るようにデフォルメするので」、下手に謝る事が命取りに成りかねないのです。

以前僕は、車に乗ってた時、赤信号で停止してたら、後ろから来た車に追突されたが、当然当てたドラーバーはその時一切謝罪をしなかった。

僕はアメリカ人です。しかし、もし僕が自分のミスで事故を起こしたら、謝ると思う。謝る事により、ややこしくなりそうな人だったら、少なくとも「大丈夫ですか?」と声はかけるつもりですが、その時は玉突き事故で先頭車両の女性がむち打ちに成り、救急車も来てるのに、当てたドライバーはそれすらしなかった。

日本の人がいちいちドアを後ろの人に持ってたりしないのも、毎日満員電車で仕事に行ってりしてる生活スタイルから来るのかもしれない。体当たりしてでも何とか電車に乗らないとイケナイ生活を毎日してる人間に、そのような気配り(マナー)が根付くのは無理なのかもしれない。

どこに言っても人、人、人で、並ぶ事などにも、混雑にも有る程度馴れてる日本人と、幾らガソリンが高い、空気が汚れると言っても、ハイブリッドカーに目もくれず、V8エンジン搭載の車に食いつくアメリカ人。それまでの歴史、現在の生活スタイルが大きく異なる両者に大きな違いが有ってこそ当たりまえなのかも知れない。

それこそ、生活スタイルが極端に違う、アフリカのマサイ族と、アメリカ人では全ての事において違いが有るのは当たり前だから。

それからアメリカは「世界のリーダー」という自信が、アメリカ国民一人一人に根付いてるような気がする。これを読んで頂いてる日本の皆様の中で「母国の日本が大好きだ」と声を大にして言える人は沢山いると思いますが「日本は世界をリードしてる」「自分たちは世界のリーダー的存在だ」と思ってる人は少ないのではないでしょうか、、。

アメリカ人の殆どは(たとえド田舎の百姓でも)自分たちが世界をリードしてると過信してるように思えます。

一度も日本に行った事が無い、一般アメリカ人に取って、日本はアジアの小さな島なのです。眼中に無いと言えば大袈裟過ぎますが、普通に日本で暮らす日本人がフィリピン諸島に有る、小さな島に大きな感心を抱かないのと同じような感覚を持ってるのではないかと思うのです。

今回ブッシュが大統領として再選したのをテレビで見て、今回の戦争を強引過ぎると思う人より、「アメリカは強いんだ!」「それでこそアメリカだ!」と思ってる人がアメリカには未だにホントに多いんだなと痛感したし驚いた。

やれる事を全てやり、最後の手段として、戦争などという大きな決断を出すのは良いだろう。実際2001年/9/11のテロ行為は許されるものでは無いし、あの後、すぐに「ビン・ラディン」の首を取りに行ったアメリカの行動力は「これぞアメリカ!」と思える物だった

国民が何人も拉致されてるのに「北朝鮮」の「猿でも判る嘘」に付き合ってる日本政府には絶対にマネ出来ない動きだと思う。

しかし、そこから「ビン・ラディン」を捕らえてもいないのに、「イラクに兵器が有る」と、一方的にイラクに喧嘩を売ったアメリカの判断には、僕は疑問を持っていますし、同じような気持ちを持ってる人達は、今回の大統領選でケリーに投票したのではないでしょうか。

「日本人とアメリカ人の違い」は、「アメリカと日本との違い」から生まれてるように思えます。アメリカが日本と同じように成る事も、日本がアメリカと同じように成る事もあり得ないので、この違いは永遠に続くのだろう。

日本は年々アメリカナイズされて来てるように思えますが、それに伴い、多くの日本良い所も失われてるのかも知れない。

今の日本の若い世代は、一昔前の人達にように「すいません」という言葉が素直に口から出るのだろうか、、、、。

投稿者 morty : 2004年12月14日 12:50

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