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2004年12月14日
日本滞在日記
11月1日迄やってた撮影の仕事の続きで、急に日本に行く事が決まった僕は、
11月4日にチケットを手配し、11月6日、久しぶりの日本へと向う事になりました。
円も3000円しか持って無かったので、
チケットを購入しに行ったワイキキでついでに少し両替えもしました。
そこで始めて2000円札を貰いました。
カラフルなので、最初は、最近新しくなったアメリカの$20札かと思いました。
11月6日、ハワイでの滞在を楽しんだ、日本人観光客でテンコ盛りの飛行機で成田に着き、
無事入国審査を済ませると、僕は成田エキスプレスに乗り込みました。
この時はまだ、1週間後に自分がハワイに帰る為に乗るフライトの
6時間前まで仕事をする事になろうとは思いもしませんでした。
今回は東京駅で待ち合わせで、着いたのが午後6時頃。
久々の東京駅で、あちこちに急ぎ足で行き交う人々に、
フライトの疲れもあり、目が回りそうになりましたが、
改札までディレクターの「D」さんが迎えに来てくれ、約1週間ぶりの再会を喜びあいました。
東京駅からはDさんの運転する車に乗りこみ、道中、現在の状況などの軽い説明を受け、
プロデューサーのPさんの待つ会社へと向かいました。
ひさしぶりに見る東京の雑景は何もかもが新鮮でした。
会社に着くと、そこにはDさんから聞いてた以上の世界が広がっていました。
各テーブルに置かれた、タイヤのような大きな灰皿からは、
カウボーイに攻め込まれ、仲間にS.O.S信号を出す、
インディアンのノロシのような煙りが立ちこめており、
その煙りの雲の下で、地面や通路で仮眠してる人々。
合わせて60台以上は有ったであろうテレビとコンピューターの画面も、
全てつきっぱなしのその姿は、「不夜城」という名に相応しい面構えです。
廊下に置いてあった虫カゴで飼育されてたスズムシが昼夜問わず、
まるで社員全員の気持ちを代弁するかのように、
悲しく泣き続けてるのが印象的でした。
簡単な打ち合わせ後、
Pさんが、Dさん、そして今回の番組でアシスタントディレクターを担当してるTさんと僕の計4人を
焼肉屋に連れて行ってくれました。
フライトの疲れも有り、そこでひさしぶりに呑んだ日本の生ビールは濃く、
一気に夢の世界へとトリップしてしまいそうでした。
約1時間後、そこを後にし、僕は再びDさんの運転する車に乗り、
今回の滞在先で有るホテルへと向かいました。
ホテルに着き、チェックインを済ませると、僕は部屋へと向かいました。
この時点で既に午後11時過ぎで、意識も、もうろうとしてました。
そして部屋を開け、目に飛び込んで来た光景を見た時は、
自分が起きてるのか、寝てるのか本当に判らなくなりました。
部屋の様子が自分のイメージしてたのとは、随分かけ離れていたのです。
1人なのに何故か3つ並んでるシングルベット、
そして風呂やトイレが見当たらない、、、。
昔、友だちと、1泊2000円で宿泊した家具無し、
布団のみの清里のコテージを思い出しました。
しかし、後に浴場があると判り、「大浴場で温泉なんていいじゃないか、実に日本で」と、
僕は荷物を簡単に整理すると、フラフラの体を引きずり、その浴場へと向かいました。
廊下を歩き、浴室と書かれたドアを開けた時、
僕の体は、
崩れ落ちる2秒前のツインタワーのように
激しく震えてました。
そこに有ったのは大浴場では無く、
うちと同じサイズの、「ただの風呂」だったのです!
しかも先客付き!
まさしくそこは僕に取っての
グランドゼロでした!
先客は、2つ有ったうちの1つのスペースに既に腰掛けていたので、
僕はもう一つのスペースに腰掛けました。
辺りを見回すと、シャワーを浴びれるように、
鏡の上にシャワーホースを固定出来る金具があったけど、
立ち上がり、そこからシャワーを浴びると、
座って体を洗ってる隣の人におもいっきり自分の水がかかってしまう。
「どうしたら良いのだ?」、
僕は考えた末、「始めての経験」をしてしまったのだ。
そうです、
座ったままシャワーに入ったのです!
余計な神経を使ってしまい、疲れた体にこれはマブで効いた。
テレビで以前見たボクシングの試合で、めった打ちされたのに、
頑張ってダウンせず戻ったセコンドで、トレーナーから気合いのビンタを受け、
「セコンドにKOされそうになりました」と
試合後のインタビュー語ってたボクサーの事を思い出しました。
その後、部屋に戻り、寝たのですが、時差の関係も有り、
夜中1時、午前4時、午前6時と、ミルクをせがむ赤ん坊ように、
規則的に2時間置きに目が覚めてしまった。
トイレも部屋の外に有った為、
部屋番号がかかれたドデカイ棒のような物が付いた鍵を持って廊下に出ました。
朝方、喉が乾き、廊下に有った販売機の事を思い出した僕は、
120円を持ち、眠い目を擦りながら販売機の前に行きました。
水を見つけ、120円を入れ、ボタンを押しても何も出てこない、、、、
よくみると値段が150円のホテルプライス。
僕は120円を入れたままの自動販売機離れ、部屋に戻り30円を持って行き、
念願のミネラルウォーターを購入する事に成功します。
ちなみに翌日からはシャワーなどが完備された別の部屋に変えてもらいました。
翌日から、僕はホテルで仕事をし、ある程度溜ると、
それを会社に持って行く生活が始まりました。
時間も無駄に出来ないので、朝「部屋の掃除お願いします」の札をドアノブにかけ、
メイドさんが来て掃除してる間に、近くのコーヒーショップでコーヒー、
そしてコンビニで朝ゴハンを購入しに行きました。
ちなみにこの時買った焼そばパンの味は最高でした!
4日後の11月11日には、当初終わる予定だった仕事は全然終わらない、、、。
ホテルを延泊しようとしたのですが、満員で部屋が取れない。
僕は10時にチェックアウトし、ホテル迄迎えに来てくれたTさんの車に、
4日間愛用したテレビデオを積み込むと、会社へと移動し、
そのまま夕方まで働きました。
そして夕方、Pさんに嫁の実家迄送って貰い、翌日はそこで仕事をする事にしました。
夜8時頃突然現われたのに、義母さんは、カレーを作って歓迎してくれました。
その後お風呂に入り、落ち着いた夜10時頃、
明日やらないとイケナイ仕事の資料を会社に忘れて来た事に気がつきました!
重大なミスです!
すぐDさんに電話したのですが、
彼もすでに帰宅しており、Tさんに電話をかけてみましたが、彼もすでに会社を出てました。
困った僕は、そこで、それまで忙しくて会えなかった、友人のKOZYに電話をしました。
するとKOZYは
「よし、その会社の住所を教えてくれ、
今から取りに行き、そこまで届けてやる!」
と言い放ったのです!
こんなしんどい任務を二つ返事で受けてくれ、愛してるぞKOZY!
もしお前が女だったら、
その晩は抱いてたと思う!
KOZYは東京都内(麻布)に有る会社で資料を受け取ると、
それを1時間以上離れた神奈川県まで、寒い雨の中、バイクで!運んでくれた。
彼が来た時、時刻は既に夜中を回ってた。
久しぶりの再会を喜び合い、夜中3時頃まで話しあった。
KOZYとは現在一緒にやってる競作エッセイの件で
(もう少し形になったら皆様にも御紹介させて頂きたいと思っています)
色々打ち合わせておきたかったので、この時間は本当に楽しい時間だった。
そして彼が変わらず「良い奴」でいた事がたまらなく嬉しかった。
翌日の夜からは、海の近く(くげぬま海岸)に住む
Pさんの家で2日間お世話になる事が決まってたので、
朝起きてから、僕はすぐに仕事に取りかかりました。
義母さんの家のテレビとビデオを占領してしまい、本当に悪くてしょうがなかった。
仕事は何処でもでやろうと思えば出来るだろうし、
予期せぬ非常事態も有り、その場合は与えられた環境でベストを尽くすしか無いけど、
仕事をする上では、最低限の環境も必要だとこの時思った。
今回の仕事は色んな事を学べ、大きなプラスになり、
それらの知識は今後の自分に大きく役立っていくと信じてる。
夕方合流したPさんの車に乗り、Pさんの住むくげぬま海岸を移動しました。
夜は予約して頂いた、小料理屋で食事をしたのだが、
ここが凄く旨かった!
小さなお店で15人入ったら一杯になのだが、メニュー全部が旨いのだ!
それからローカルの集まるお店を2件程ハシゴしたが、
どの店も場所柄サーファーの人達で溢れており、
皆とても気さくで、よそ者の僕を歓迎してくれ、
楽しい時間を過ごせたし、新しい出会いも沢山あった。
翌日の11月13日は帰る前日。ここで終わらせないと大変だ。
僕は朝起きて、コーヒーを呑むと、ここでもテレビとビデオを独占し、仕事を始めた。
4時間位仕事をした時点で、なんとか終われそうだと思った僕は何かを食べる為、
コンビニを求めて、表に出た。
結局この時は道に迷い、コンビニを見つける事が出来なかったのだが、
くげぬま海岸付近に住んでる人達は、Pさんを含め、
本当にサーフィンが好きな人が多いのだなと思った。
沢山の家でサーフボードを見かけたし、
自転車にサーフボードのキャリアーを付けてる人、
ウェットスーツでサーフボード片手に海から帰って来る人を見かけた。
その後Pさん宅に帰り、再び仕事を始めたのだが、
最後の部分を今度は嫁に実家に忘れた事が発覚!
2度も同じようなミスを犯し、本当に自分が嫌になった。
しかし残りはほんの僅かだったので、明日の朝、空港に向かう前に嫁の実家に寄り、
そこで終わらせてから空港に向かう事にした。
その晩はPさんが沢山の友だちを呼んでくれ、自宅で鍋会を開いてくれた。
ここでも沢山の良い人達と出会え、楽しい時間を過ごせた。
翌朝Pさんに送って頂き、嫁の実家に午前9時半頃到着した僕は、
再びテレビとビデオを占領し、仕事を始め、
午前11時頃には全ての行程を終える事が出来た。
昼12時に友人のH君が成田まで送ってくれるというので、荷造りをし、
会えなかった友人達に幾つかの物を郵送する為、郵便局に行った。
昼少し前にH君は迎えに来てくれ、久しぶりの再会を喜びあった。
今回僕が帰るのに合わせてハワイに遊びに来る(同じ日だけど別便)、
某レコード会社勤務のN君と成田近辺で待ち合わせていたのだが、
H君は「イイヨ、このまま都内に有る、そのレコード会社に行こうよ」と言ってくれ、
カーナビを使い、僕達は移動を初めました。
(余談だが、このカーナビという、
アメリカで装備してたら2秒で盗まれるであろう物には驚いた。
レストランなどの位置も教えてくれるのだ。)
都内で無事N君に逢い、僕達は成田と目指した。
午後4時、ランチも食べて無った僕らは、成田市内でフリーウェイを降りると、
カーナビで「焼肉 ホルモン」で検索した。何軒か出たのだが、
全て5時オープンで開いてなかった。
しかしホルモンを諦め切れない我々は探し続け、
午後4時からオープンしてた「焼き肉:釜山(ぷさん)」を見つけ、
釜山のパーキングに車を乗り入れた。
空港にはフライトの2時間前の6時に着きたかったので、、時間は十分ある。
ビールで乾杯し、旨い肉を沢山食べた。
ここではホルモンの他にザック(牛の第2に腸らしいです)も食し、大満足出来た。
道中、そしてここでもH君と沢山話しが出来、最高の時間を過ごせた
5時半頃「釜山」を後にし、僕達は成田へ移動した。
6時頃チェックインを済ませ、H君と近くのコーヒーショップでコーヒーを呑み、
7時にはゲートへと向かい、そのまま飛行機に乗り、僕の4年ぶりの日本滞在は終わりました。
この場を借りて、ホテルから動けない僕に、忙しい中逢いに来てくれた友人達、
雨の中バイクを飛ばし、僕のミスを救ってくれたてKOZY、
泊めて頂いた義母さんと義姉さんにお礼を言いたい。
それから仕事を含め、プライベートでもお世話になったPさん、
そしてDさんとTさんにも、僕を呼んで頂きありがとう、
そして素晴らしい番組を作って下さいとメッセージを送りたい。
投稿者 morty : 2004年12月14日 11:29