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2004年12月06日

第九回 エッセイ 「プロの世界」前編

子供の頃は、
仮面ライダー、アイドル歌手、のび太(ドラエモンが居るから)、
近所のお兄さん、お姉さんと、憧れる人も週イチで変動してましたが、
大人になり、様々な物に対し、知識が付くと
「この人はカッコイイ!この人のようになりたい」と思える人は随分減ってきました。

しかしそんな僕にも「この人には憧れた!」と言い切れる人が数人います。
その1人が
「O
君」です

始めてO君と逢ったのは,僕が22才位の時でした。
この時、僕の東京での生活は4年目に入っており、
すでに幾つかのバンドを渡り歩き、
当時は「S 」(仮名)というバンドにいました。

色んなアルバイトをしながら、月1ー2回、
都内のライブハウスでの演奏が主な活動でした。
O君と始めて逢ったのは、渋谷のセンター街に有った「屋根裏」というライブハウスでした。

当時の屋根裏はプロへの登竜門のようなライブハウスで、
ここに出演してた沢山のバンドがメジャーデビューしました。

この頃、僕の在籍してた「S」も、
時々ですが、屋根裏に出れるようになってたのです。
(その後屋根裏は入ってたビルが取り壊された時に1度無くなりました。
1998年位に渋谷の別の場所にリニューアルオープンしたそうです)

当時の屋根裏は古い雑居ビルの3階に有り、2階はキャバレーでした。
エレベーターは無った為、ここに出演する時、僕はバンドの皆と重い機材を
(ドラムセット、アンプなど)階段で3階迄で運びました。
O君と始めて逢ったこの日は、僕の在籍してた「S」が
O君のバンド「I.H」の前座として出演してたのです

夜11時頃、全てのバンドの演奏が終わると片付けが待っています
(当時は一晩で3バンド出演してた)

搬入の時は、午後3時で、まだ2階のキャバレーが営業してないのですが、
11時と言えば
ピーク!
赤いスモークガラス越しに見える、
映画「カリギュラ」を彷佛させるような店内。

古い雑居ビルが今にも崩れそうな爆音で店内に流れてる、
アラベスクの
「ハロー ミスター モンキー」。


2階の階段の踊り場には、そのビル専用のタバコの自動販売機が置いてあり、
機材を搬出してる僕らの目の前で、

熱海の裏通りに有るストリップ小屋の踊子ですら、
着るのをちゅうちょしそうな、逆に大屋雅子が着たら以外とハマりそうな
スケスケのネグリジェを来た店員さんと遭遇するのは恒例行事でした。

その日も全てのバンドの演奏が終わった後、
キャバレーの前を通り、機材の搬出を終えました。
最後は精算です。

僕はライブハウスに戻り、店長さんからその日のギャラを貰える迄、
同じバンドのK君と話してました。
僕は幼少の頃を(小3ー中1)日本では過ごして為、当時まだ標準語という物が喋れず、
広島弁と英語のバイリンガルでした。

K君に「今日はええ感じじゃったよのぉ〜〜〜」などと話してたら、
その日一緒に出演し、同じく精算を待ってた「I.H」のマネージャーさんが、
その会話を聞いてたらしく、
「あの〜〜広島の方ですか?」と聞いてきました。

僕が「は〜そうです」と答えると、

「私も「I.H」のギターのO君も広島なんですよ!」
ちょっと呼んできます」と立ち上がり、
しばらくするとO君と戻ってきました。

O君は僕より2つ年上の24歳で、当時は凄く大人に見えました。

O君との会話は
「わしの友だちも皆広島帰ってしもうてのぉ〜
、広島人が回りにおらんのんじゃいや〜、
友だちになってくれーや」で始まりました。

それからは、家も近かった事もあり、どんどん仲良くなって行きました。
O君はギターの腕もさる事ながら、ルックスも良く、ファンも沢山居て、
すでにアマチュアの世界では名のある人でした。

当時「ジーンズメイト(安い洋服を売ってたショップで今で言えばユニクロ)」で
買い揃えたような服を着てた僕とは違い、着てる服もカッコよく、華のある人でした。


O君はその後「I.H」を脱退し、自分のバンド「B.L」を結成し、活動を続けてました
O君と知り合ってから数年後、僕は幾つかのバンドを渡り歩いたもの、
どれも長続きせずにいました。すでにある程度のバンド経験は有ったので、
どういう物(要素)が売れるバンドに必要なのかは、漠然としてですが、
判り始めた頃でした。

しかし、
なかなか思うような結果が残せないイライラや、不安が、
東京に出てきて始めて膨らみ始めた頃でもありました。

次のステップを踏みたくても方向も判らない僕は、
しばらく連絡を取って無かったO君に電話をしてみました

久しぶりにO君電話し、現在の僕の状況と考え方などを話すと、
O君は色々アドバイスをくれ

「今年解散した、R.WのボーカルだったD.Yのバックで今は演奏してる。
明日、コンサートが有るので、気分転換に来いよ、
俺のゲストリストに名前入れておくから」

と言ってくれました。

R.Wと言えば日本武道館などでやってたバンドで、
僕もテレビで何度か観た事もあったので驚きました。

O君ならすぐプロになるだろうと思ってたのですが、
こんなに早くプロギタリストとして彼が上り詰めた事は、
嬉しかったと同時に、感動しました。
又、バイトもせず、月給を貰ってギターを弾いてるO君の状況に、
まだバイトをしてた僕は、彼と自分との間に有る大きな距離も感じました

投稿者 morty : 2004年12月06日 12:34

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