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2010年03月06日

「終わった」

3月3日から雇用されてた追っかけ取材が4日目の今日何とか終わりました。同じ場所に長時間張り込む辛さ、そして頭を使い、チェスのように相手の動きを深く考える事を学んだ4日間でした。

初日以降全然成果が上がらず、もうダメかと思われたタイムリミット2時間前、奇跡的に取材に成功し、何とか形になりましたが、そこまでで蓄積した疲労感は凄まじく、明日は昼過ぎ迄起きれそうにありません。

12日から韓国テレビのロケが始まり、これが27日頃まで続くので、明日から12日迄の6日間が今月最後の休みに成りそう。

倉庫を探したり、車のオイル・チェンジをしたりと片付けないとイケナイ個人的な雑務も多いので、余りゆっくりは出来ないかもしれませんが、大事な休みを楽しみ、体力回復に務めたいです。

それではおやすみ〜

2010年03月05日

「本日もレインボー(張り込み中」

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2010年03月03日

「仕事中に見かけたレインボー」

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2010年03月02日

「落ち着かない」

なんだか全然落ち着けません。仕事が忙しいからなのですが、プライベートな雑務を全然消化出来ず、気持ち的落ち着けないのです。

そんな中、辛うじて日立サイト用の原稿は書き上げる事が出来ましたが、昨日は急遽13日から始まる現場の打ち合わせに呼ばれたりして、早く見つけないといけない新しい倉庫を観に行く時間も有りません。

当然ジムへ行く時間など取れるはずも無く、3月5日で丸一ヶ月間休んだ事に成ります。明日からも急に入った仕事で最低3〜4日は拘束され、その後は13日から別のロケなので、たぶん今月はジムへ行けたとしても1〜2回でしょうか、、。

それにしてもどうして仕事はこうも重なるのでしょうか?少し分散してくれたらどんなに助かるか(収入面でも肉体面でも)。忙しい時期は皆一緒なのだからしょうがないのかもしれませんが、スケジュールが一杯だから断る仕事はもったいなく感じてしかたありません。

まあ、取りあえず明日から仕事頑張って来ます。

2010年02月28日

「津波&アバター」

昨日(土曜日)の朝6時半、まだ殆どの家庭が寝静まってる中、大音量で津波警報がホノルル市内に響き渡りました。

警報は時々テストで鳴らされるので、その音自体には馴れっこなのですが、さすがに朝の6時に成る事は無いので、何か非常事態が起きた事は、まだ寝ぼけていましたが認識できました。

テレビをつけると南米で起きた地震の影響で津波がハワイ諸島を直撃するかもしれないとの事。ワイキキにも避難命令が出て、車の出入りも全て規制され、ワイキキに滞在する観光客もホテルの4階以上に避難させられました。

そんな訳で急な仕事が入りワイキキへ行くはずだったのですが、キャンセルに成り、昼過ぎ迄テレビでニュースを見ていました。

結果としてハワイに津波は来ませんでしたが、ガソリンスタンドやスーパーは買いだめする人達で溢れ返ったそうで、非常事態に免疫の薄いハワイらしい混乱ぶりでした。

で、今日。今頃ですが息子と嫁と映画「アバター」を見て来ました。一昔前の3D映画とはまるっきり次元が違います。どのカットも3Dを意識して作られており、撮影の規模も桁外れ。予算の違いを見せつけてくれました。

明日は日本領事館へ。今度こそはパスポートの申請を成功させたいです。その後は昨日キャンセルに成ったワイキキでの打ち合わせに出たりするので、夕方迄ずっと外回りです。

2010年02月26日

「倉庫撤収&祝777回目の更新」

20日ぶりに休み成った今日は、残り少なかった体力を一掃してくれた一日に成りました。

朝、20日ぶりに息子を幼稚園へ送り、一旦家へ帰り朝ご飯を食べ、日本領事館へ。少し前に戸籍謄本が無かった為、申請出来なかった僕自身の新しいパスポートの申請と今年の6月で切れる息子のパスポートを申請する為です。

日本領事館へ着くと係の人に申請の際には僕と息子のアメリカのパスポートが、現在アメリカに合法に在住してる証明として(米国籍だから滞在出来る)必要だと聞かされた。日本のパスポートを更新するのにアメリカのパスポートが必要だとは思わなかったので、この日も申請出来ず撃沈。月曜日に出直します。

2日前に3年程借りてる倉庫から電話があった。「会社が倒産したので、月末(28日の日曜日)迄に借りてる倉庫を空にし、完全撤収してください」との連絡でした。

今日は26日。まだ撤収日迄2日有るので、今日、明日で別の倉庫を探そうと思ってたのですが、何気にこれまで借りてた倉庫に寄ってみたら、既にオフィス部分は完全に撤収され、9割以上の倉庫が空に成ってた。

6人程のスタッフが夜逃げのように慌ただしく動いており、マネージャーらしき男性に「28日迄出れば良いんですよね?」と問い合わせた所、返って来た返事が「判りません。もし28日に来て、建物内に入れない様でしたら、新しくこの土地を管理する会社に電話してください」との事。

マネージャーは2〜3日間、殆ど寝れてないような雰囲気で、非常事態なのは一目瞭然。もしここで帰り、28日に戻って来た場合、建物が閉鎖され、中に入れない事も考えられる、、、、。

どうしょうか考えてる間もひっきりなしに倉庫の中の物を出しに来る人達が入り乱れており、僕も倉庫の中身を空にする事にした。

しかし、物が多く、中々全てをトラックに積みきれない。積みかたを何度も変え、40分程奮闘し、何とか全てを積み込んだ。
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車内にも目一杯詰め込み、ギリギリ運転出来る状態で3年間お世話になった倉庫を後にしたのですが、必死で荷物を詰め込んでる間、潰れゆくライバル会社の跡地に「ハゲ鷹」のように現れた近辺の倉庫4カ所からのセールスマンがそれぞれの倉庫のパンフを配ってた。僕もそれらを貰ったので来週の月曜日にそれぞれ、回ってみようと思う。

トラック満載の荷物は家に持って帰る訳にも行かず(置く所が無いので)、友人の家に置かせてもらう事に成りました。急なお願いなのに、即答で助けてくれた友人に感謝です。

その後は幼稚園へ息子を迎えに行き、結果としてはやる事リストを何一つ消化出来ずに終えた一日でした。

クタクタに成った所に午後4時に「明日一日だけ仕事出来ませんか?」との問い合わせが入った。明日は息子と遊べる休み(土曜日)ですし、気持ち的にはやりたく無かったのですが、仕事が今後いつ枯れるかも判らないので仕事に出る事にしました。

そんな訳で20日間無休の疲れは全然抜けず、少しでも気を抜くと、くたびれたオッさんのように「疲れた〜」とごく自然に声に出しそうな感じなのですが、仕事が有る事に感謝し、気持ちを切り替え、明日は楽しみながら仕事したいと思います。

2010年02月24日

「IDETA」

今日も長ーーーーーい話し合いばかりの一日でした。忙しく動き回るロケと違い体力的に疲れる事はありませんが、頭を使うので、違う意味で疲れます。

しかし!!

2月6日から休み無く働いてるのも明日で最後、26日は待望の休みです、うれしーーーーい!

目覚ましをかけなくて良いという事を考えるだけでにやけてしまいますです、ハイ。

でも月末締めの原稿にまったく手を付けてないので、それはやらないといけないので、本当に休めるのは3月1日からに成りそうです、、。

写真は今日ディナーを食べた寿司屋。初めて行きましたが美味しかったです。
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2010年02月23日

「本日のミーティング2/23」

今日も計5時間のミーティング。

と言っても同じ所ではなく、合計3カ所で。

3つ目のミーティングが始まる午後4時頃には強力な睡魔に襲われましたが、何とか乗り切りました。

外食が続いてるのでお腹も重い感じで、食欲が落ちた気がしますが後2日間なので頑張ります。
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2010年02月22日

「ミーティング2010」

昨日迄撮影してた雑誌のスタッフを空港へ送り出し、そのまま日本から到着したイベントのスタッフと空港で合流。簡単なランチを食べ、午後1時から会議に出席。

体を動かす現場と違い、頭を使う打ち合わせは疲れてる時は地獄です。頭を使えば使う程眠く成るので、、。

とりあえず、根性で4時間のミーティングを耐えぬき、ディナーを経て、午後9時に解散。いつもよりは早く家に帰れましたがかなりヘロヘロです。

明日も一日中打ち合わせ。現在午後10時前ですが、思考回路を良い状態に持って行くため、今から寝ます。それではおやすみ〜
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(日本からのお土産に消えるボールペンと蛍光ペンを頂き、早速会議で使用しました)

2010年02月21日

「雑誌撮影終了」

15日から請け負ってた雑誌の撮影が今日終わりました。撮影はのべ1週間で、オアフ島の隅々迄車で回りました。観光バスの運転手気分をにわかに味逢う事が出来た感じです。

色んな場所を訪れたのですが、一番楽しく、思ってたより感動的だったのはイルカの群れと泳いだ事。沖合数キロの地点で船から降りて海に潜ると肉眼で20メートル程の海底迄丸見え。水があんなに澄んでる事にも驚きました。

30匹程のイルカの群れを20メートル程離れた所でみたのですが、最高に楽しかった。又海底は岩盤が殆どで色鮮やかな珊瑚や海藻が全然無かったのは予想外でしたが、今度はプライベートで行ってみたいです。

イルカの群れる場所に行く前に突如現れたクジラ。既に何回も見ていますが、何度見ても感動するものです。
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さてさて、2月6日から雇用されてた追っかけ取材から休み無く働いており、明日も取材班を送った後にそのままその日にハワイ入りする別のスタッフと合流し(空港待ち合わせ)そのまま26日迄働き続けます。既にかなりガス欠気味ですが、のこり5日間さえ乗り切ればしばらくは休み=しばらく仕事が無い!ので最後の力を振り絞り頑張りたいと思っています。

それにしても今の時点で2週間以上毎日外食してるので、何だかお腹が重いです。みそ汁とタクアンとご飯というあっさりした物が食べたいのです、、、。

2010年02月18日

「今日はロイズでディナー」

依然雑誌のロケが続いています

かなり疲れも溜まって来ました。

明日はオアフ島を横断します。長いドライブになりそうです

後3日、がんばります。
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2010年02月14日

「まだ続いています」

まだ追っかけ取材が続いています。今日で丸9日目。取材陣の方々の粘りは凄いです。

しかし、明日からは雑誌の撮影が入ってるので、僕が出来るのは今日が最後。ココ迄来たら完全撤収迄見届けたいのですが、どう成るのか依然判りません。

明日から雑誌の撮影なのですが、雑誌の撮影なんてほんと久しぶり。今日何となくスケジュールを聞いたのですが、アクティビティーの取材がメインのようなのでした。撮影は1週間。その後は別の仕事が入ってるので27日迄休めません。体調管理をしっかり行い残りの2週間を乗り切りたいです。

2010年02月10日

「追っかけ取材の日々」

おはようございます。現在午前8時前のハワイです。

先週の土曜日から追っかけ取材の仕事をしています。ロケと違い、予定も未定で張り込みも多く、撮影というよりは刑事の捜査です。

撮った映像はすぐに衛星で日本に送るのですが、この作業が初めての経験で、新たに色々学ぶ事が出来ました。
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この現場も明日には終わると思われますので、後数日頑張りたいです。2010reporter.jpg

2010年02月01日

「ジムと原稿」

さてさて、ラナイ島ロケで使い果たした気力も回復したようなので今日は9日ぶりにジムへ。
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前回3週間近く明けた時は初めてジムへ行った時のようなパフォーマンスしか出来ませんでしたが、9日ぶりの今日は意外に体が動きました。9月末に入会したので、一応4ヶ月が過ぎた計算ですが、少しずつ体が慣れて来てるのかもしれません。

今日は初めてトレーナーの人にも声をかけられました。ほんの少し雑談しただけなのですが、トレーナーさんは「ジムでの成果を確認するには何か別のスポーツをすると良い」と教えて貰った。つまりジムでワークアウトする事により、基礎体力が上がるので、それまでやってたスポーツのレベルもアップすると言う事らしいです。あいにく僕はスポーツをやらないのですが、肉体の変化ばかりに気にしてちゃダメだなと思いました。

ジムから戻ってからはずーーっと原稿書き。現在午後9時なのですが、何とか原稿2本書き上げました。でもまだ明日の朝に取材が1本と原稿が2本残っています。何とか頑張ってこれらを明日には終わらせたいです!何故なら、、、これらの原稿は本来1月末に終わっていないといけなかった訳で、既に納期に間に合ってないのです(;_;)

2010年01月30日

「ラナイ島」

一昨日の夜、1週間ぶりに自宅(オアフ島)へ戻って来ました。

コマーシャル撮影の現場に出てたのですが、ロケ地が僕がまだこれまで一度も足を踏み入れた事の無い未知の島「ラナイ島」。今回のロケでその全貌を初めて目の当たりに出来、疲れましたが、収穫の多いロケに成りました。

ラナイ島迄はハワイアン航空が飛んでないし、機材、スタッフと大所帯の僕たちはホノルルからチャーター機でラナイ島へ向かいました。
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定員35人のプロペラ機に機材を積み込む際、一つ一つの機材を湛然に計り、飛行の妨げぬ様キャプテン自らバランス良くレイアウト。そんなに注意しないと飛べないのか?!との心配を他所に、機内はユートピアにでも向かうかのようなお祭りモード。
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余った席にも機材を縛り付けてるのが判りますでしょうか?今回初めてこのような小さな飛行機に乗ったのですが、機体が軽いせいか、離陸の早さ、着陸の速度は普通旅客機の倍以上の早さで、初着陸の時は墜落してんじゃないのか?と、かなりドキドキしました。

ラナイ島へ向かう前に、ホノルルでラナイ島の地図を手に入れ、上陸前のリサーチを行ったのですが、地図を見る限り、空港から滞在したホテル(フォーシーズンズ・リゾート・ロッジ・コエレ)迄にはラナイの町を通ると明記してあった。

空港から10分程はまったく人の気配が無い荒野が続き、その後民家が見えて来た。
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そろそろ町に入るのかなと思ってたら、民家が無くなり、クックパインが両側に並ぶ道の先にホテル見えて来た。
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どうやら先ほどの民家があった場所がラナイの町だったようです。

今年の年始にハワイ島のヒロでロケを行った際、お店やレストランの営業時間が短かったりしてかなり不便な思いをしましたが、ラナイ島は桁外れ。探してる物がある事を有り難く思わせる島です。

ラナイの町のメイン通り
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ラナイの町にあった銀行とマーケット
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唯一あった劇場では「風と共に去りぬ」を上映していました。
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ラナイで見る「風と共に去りぬ」はきっと味わい深いものでしょう。仕事で滞在してたので、観に行く時間は有ませんでしたが、プライベートで訪れてたら絶対に入ってたと思います。

ホテルは高級ホテル・チェーンの「フォー・シーズンズ」アメリカのフォー・シーズンズ・ホテルに今回初めて滞在したのですが、東京などのフォー・シーズンズに比べるとサービス、設備、細部のディテールは低く、少し残念でした。これはラナイ島だからというのも原因だと思いますが、、、。

ホテル内は大きな洋館をイメージしたみたいで、ロビーは大広間にような所に暖炉、そしてソファーや椅子などを並べてあり、ゲーム・ルームにはビリヤード・テーブルも完備。
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裏庭は果てしなく広いです。
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早朝や夜にはラナイ島に生息する野生の鹿や七面鳥などもやってくるそうです。

ロケのほうは天気に恵まれず、小雨の中、晴れ間を待つ我慢の撮影でした。途中、カメラが壊れ、修理して貰う為に日帰りでオアフ島にカメラを持ち帰ったり(オアフ島滞在時間3時間!)細かいドラマは書ききれない程ありました。最終的には撮影予備日も使い、何とか全カットを撮り終える事が出来たのですが、とにかく天気が安定しないので精神的に疲れるロケでした。

ロケが終了した28日の夕方、僕と他2名のコーディネーターは一足先にラナイ島を後にし、翌日の朝、日本行きのフライトに乗る為、オアフ島で乗り継ぎをするスタッフとその荷物を受ける為、オアフ島へ戻る事に。

連日の雨で泥だらけに成った靴を履き替える暇も無いまま、午後6時半、ロケ地から午後7時25分発の飛行機に乗る為ラナイ空港へ移動したのですが、最後の最後にここでも事件が!

★登場人物紹介★
*morty=僕

*ウィンチェル(仮名)/僕の息子と同じ学校に通う双子の息子を持つ陽気なハワイアン

*クーガー(仮名)/必要とあらば砂漠の真ん中でも宴会を開く事の出来るであろう夜の仕掛け人

最初に話を少し戻しますが、ウィンチェルはラナイ島入りする数日前に運転免許証を無くしました。飛行機に乗る際は必ず身分証明の提示を求められるので、ウィンチェルは慌てて運転免許証の再発行を試みたものの、その日が土曜日で、どうする事も出来ず、出発の月曜日を迎えた。すんなりチェック・イン出来ないだろうと予測したウィンチェルは、早朝6時に期限切れのパスポート、出世証明、そして社会保険カードを持って空港のチェックイン・カウンターへ向かったのです。

期限切れとはいえ、身分証明には変わりない。しかし、期限が切れてるという事は効力も切れてると言う事。当然チェックイン・カウンターではすんなりチェック・インさせて貰えなかったようですが、状況を説明し、何とか無事に飛行機に乗り込み、ラナイ島へ辿り着いたのです。

つまり、これから乗る「帰りの便」でも再び期限切れのパスポートを出し、それに伴う説明をしなければいけないのですよ。

チェック・インの列に並び、これから始まる攻防を頭の中でシュミレーションしてた所、僕の携帯電話が鳴った。明日の受け(スタッフの)に関する大事な話で、メモを取りながら応対してたのですが、この時クーガーが盛りのついた猿のように僕の回りを飛び回り始めた。

人が電話してるのになんやねん?!

しょうがないので通話を中断し、話しを聞いた所、「先ほど空港迄送ってくれた車の中に身分証明の入った財布を忘れた!」との事。

一人は期限切れの身分証明しか持ってなくて、もう一人は身分証明すら持ってないちゅうーて、ワシらどんなチームやねん!頑張れベアーズでもこれ以上まとまってたちゅーねん!

すぐに空港迄送ってくれた人に電話したけど、空港からホテルの間は携帯電話の電波が受信出来ないのか幾ら電話しても電話に出ない。15分程してようやく電話が繋がり、届けてくれる事に成った。

そうこうしてる間にチェック・インの列は進み、僕とウィンチェルの番に。この時ウィンチェルがお守りのように握りしめた期限切れのパスポートを見せて貰ったが、証明写真の髪型がロングヘアーの今と全然違ってオカッパだったのには思わず笑いそうに成った。

チェックイン・カウンターでそれを提示すると係の女性は困惑をあからさまに顔に表した。テロ行為が横行する現代、当たり前の対応だろう。女性は「上司に聞かないと判りません」とウィンチェルのパスポートを持って上司の元へ。

その間にクーガーの財布も戻り、無事チェック・イン。この時点で時刻は午後7時5分。離陸迄20分です。

しばらくするとウィンチェルのパスポート(何度も言うが「期限切れ」)を持って女性が戻って来た。「ボスからのokが出ました」と言ってくれた時の安堵感は戦地からようやく家へ帰れる戦士のようだったと言っても言い過ぎではないだろう。

3人とも無事にチェック・インを終え、手荷物検査へと向かった。3人の間から自然に溢れる笑み。クーガーに至っては今にも小躍りしそうな気配で溢れてた。

手荷物検査の金属探知機を通る為、靴を脱ぎ、ポケットの中の物を出してトレーに載せようとした僕はポケットに入れた手の指先に当たった物を何気に引っ張り出した、、、、、。

ラナイ島にはラナイの町にある小さなガソリン・スタンド内で営業する小さなレンタカー会社があるだけ。車も5〜6台しか無く、車種も悪路が多いのでジープが殆ど。そんな訳で今回僕達はロケで使う車を5台オアフ島からラナイ島へフェリーで送り、その5台を皆で使い回してたのですが、ポケットから出て来たのはそのうちの1台のキー。このキーが無ければ明日車が一台動かせない事に!大苦情が来るのは間違いない!(;_;)

老いた脳をNASAのスーパー・コンピューター並にフル稼働させ、この最大のピンチからの脱出を計る僕を横目に、既に自分はピンチから脱出し、他人事のように隣でほくそ笑むクーガー。もう絶望かと思われたその時、僕たちが乗る飛行機から降りて来る人達をホテルへ送るフォー・シーズンズのシャトル・バスを発見!!運転手にキーをフロントに届けてくれるようお願いし、離陸3分前に飛行機に飛び乗った。

飛行機が離陸した瞬間は先にも書きましたが、戦地を後にした兵士のような気分でした。言葉にすれば「やっと全てが終わった、、」って所でしょうか。

長々と書きましたが、ラナイ島滞在記楽しんで頂けたなら幸いです。今回は仕事で訪れたので、ラナイの町近辺しか見る事が出来ませんでしたが、何も無い所を楽しめる人なら楽しい所だと思います。古いプランテーション・ハウス(サトウキビ時代の家)も多く残っており、写真を撮る人には良い撮影対象が沢山ある島のような気がします。ラナイ島の様子は日立サイトにも原稿を書き、ここに載せていない写真も掲載する予定ですので、興味の有る方はそちらも覗いてみて下さい。

次回のロケは15日からなので、これから2週間ジムに行ったりと休みを楽しみたいと思います。

2010年01月22日

「キック・スクーター」

明日からロケ。

しかし、ロケはオアフ島では無く、これまでまだ僕が一度も行った事が無いハワイ諸島の島で行われます。

そんな訳で先ほどスーツケースをまとめました。

一応28日戻りの予定なので6日分の着替えをパッキング。

地図を見る限り、道路も数える程しか無いその島で果たして携帯電話が繋がるのか?など、小さな疑問は売る程ありますが、知らない所へ行く事は、常に有る程度のエキサイトメントを与えてくれますので、今は凄くワクワクしています。

ロケが始まる前なんで、余り詳しい事をここに書き、何らかのご迷惑をかけてはいけないので、今はこれ以上書きませんが、28日に戻ってから、写真などを交え、色々ご報告したいと思います。

明日から6日間程自宅を留守にするので、昼間、今週ずーっと息子にせがまれてたキックスケーターを買いにパールシティーにある「トイザラス」へ行って来ました。

先週の火曜日、保育園時代の友達二人と遊んだ息子は、彼等が持ってたキックスケーターを見て大興奮。その日は二人のを交互に貸して貰って遊んだのですが、やはり息子も自分専用のが欲しく成った様子で、それ以降ずっとねだられていました。

$20くらいか??と思ってたら$45もしたんでビックリしましたが、幼稚園から帰って来て、リビングに置いて有ったキック・スケーターを見つけた息子は大喜び。早速近所の公園内にあるバスケットボール・コートの中で猛練習です。僕がロケから帰って来たらもっと上手く成ってるのでしょうか、、。
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それでは行ってきます〜〜。

2010年01月21日

「更新はお早めに」

日本のパスポートが切れてる事に気が付き、日本領事館にパスポートの更新をする為行って来ました。

領事館内に入ると、すぐにスタッフが声をかけてくれたので、パスポートを更新したい事を伝えると、切れる前なら日本領事館で更新出来るが、一旦切れたら、戸籍謄本が一部無いと更新出来ない事が判明。

戸籍謄本の取り寄せを領事館で行えるか確認した所、出来ないが区役所に手紙を出して郵送してもらえるらしいとの情報を得た。

早速家に帰り、ウェブで確認したところ、郵送で取り寄せる事は出来ると明記してあるものの「返信分の切手を張った封筒と戸籍謄本代を郵便為替で送るように」と書いてあった。

郵便為替はアメリカの郵便局でも発行してるけど、金額がドル表示。又、返信用の封筒に張る日本の切手も何処で手に入れて良いか判らない、、、、

ダメもとで区役所のウェブサイトに出てたアドレスにメールしてみたら、なんとすぐに返事が来た!!しかも凄くて丁寧なメールが。ハワイの役所に比べたら音速の対応です!

メールをくれた方に色々と相談した結果、広島に住む僕の友人に戸籍謄本を取り寄せれるように委任状を書く方法が一番簡単みたいです。そんな訳で昨日は友人にメールしたのですが、まだ返事がありません(田中さんコレみてたらメールください!)
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追記:今日久しぶりに髪を切りました。7ヶ月ぶり位、、?
   久しぶりに髪を長く伸ばしてたのですが、
   6センチ程切って、かなりスッキリしました。

2010年01月20日

「調子が出ない日@ジム」

1月半ばを過ぎてから携帯電話が良く鳴るように成りました。仕事の問い合わせです。例年4月頃迄ハワイ撮影業界は一番忙しい時期なので、今年もそれ迄かも知れませんが、仕事が入ってる時期は気持ちも楽なので、先々の不安はありますが、今はそんな事は一切考えず、この潤った時期を目一杯楽しもうと思っています。

そんな訳で、今日はジムに。ってなんでやねん!しかも午前と午後で計2回も。しかし、両方とイマイチ調子が出なかったので軽めのメニューで終えました。週3回ジムへ通った場合、2週間に一度位ぜんぜん調子が出ない日があります。

今日ジムでトレーナーを付けてワークアウトしてる女性が居て、僕が腹筋のマシンを使ってる時に隣のマシンで彼女はトレーナーの指示のもとワークアウトしてたのですが、トレーナーさんが「一つのマシンを終え、次のマシンに行く前には必ず今使った筋肉のストレッチをしてください」とアドバイスしてるのが耳に入った。

今迄僕はストレッチなど一度もした事が無かったので、感心したし、トレーナーを付ければ調子の悪い時はどうしたら良いか教えて貰えるだろうから、いつかトレーナーを付けてメニューを組んでもらうのも良いかも知れないと思いました。

写真は午後のジムからの帰りに見えた虹。回りが暗く成り始めてたんですが、丁度西からの日没の光が虹に当たり虹が光ってるように見えました。
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明日は7ヶ月ぶりに髪の毛を切りに行きます。

2010年01月18日

「ロケの打ち合わせ」

今日の午後3時からワイキキの外れに有る、ニュー・オオタニ・ホテルで今月23日から始まるロケの打ち合わせがありました。

打ち合わせには、久しぶりに逢うコーディネーターが数人居たのですが、皆程よく忙しそうで、去年の中頃に比べると、何だか生き生きしてるように見えました。長いトンネルをようやく出て、ゆっくりとですが、撮影業界が動き始めたようで嬉しいです。
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この日はカピオラニ公園で何かのイベントをやってたみたいで、ニュー・オオタニの近くに車を停める事が出来ず、カピオラニ公園の真反対側に車を停めて、カピオラニ公園を横断して打ち合わせ場所のニュー・オオタニに向かったのですが、天気も良く、ダイヤモンド・ヘッドを左手に眺めながら、良い感じで15分の散歩を楽しめました。

2010年01月17日

「今年やりたいことは、、」

現在我が家では真剣に引っ越しを考えています。

本当は去年引っ越そうと思ってたのですが、去年は仕事があまりにも少なかったので実行に移す事が出来ませんでした。しかし、今年は少なくとも前半(6月迄)は、有る程度の仕事量が有りそうなので、遅くても5月末には引っ越せる様、今から色々リサーチを始めました。

現在僕の住んでるアパートは3階建てで、各階4部屋の計12世帯が暮らしています。小さなアパートなので、他の住人とは皆とは顔なじみで、「ちょっと醤油貸して〜」と普通に隣のドアをノック出来る長屋状態。

そういう感じが気にいってたのですが、子供が大きく成り、手狭に成ったのが、引っ越しを考え始めたキッカケです。(倉庫も借りちゃってるし、、)

引っ越す際には家具類なども買い替えたいので、それ迄幾らかのお金も蓄えておかないといけませんが、何だかとても楽しみ。時間はまだまだあるので、自分達の条件に合う場所をじっくりと探したいと思っています。

2010年01月12日

「3週間ぶりのジム」

今日は約3週間ぶりにジムへ行きました。

しかも午前と午後と計2回。午前中に行った時は、初めてジムへ通った時のように何も出来ず、体も動かず、3週間のギャップを嫌というほど思い知らされました。

で、リベンジを兼ねて、午後4時頃再びジムへ向かった時は、午前中よりはマシでしたが、かなりキツく、リカバリーには時間がかかりそうな感じです。

9月末からジムへ通い初め、12月前半迄程よいペースで通ったので、2ヶ月半位通った後、3週間休んだ計算ですが、ようやく体が慣れ始めた時に長期で休んだので、一からやり直しですね。

午後7時現在、体力の全てを出し切ったって感じで、今すぐにでも寝れそうな感じです。

次回のロケは1月23日からなので、それまで、出来るだけジムへ通い、体力アップを目指したいと思います。

2010年01月10日

「今日から休み〜」

1月6日から雇用されてた現場が昨日の昼過ぎに終わりました。

大晦日にカリフォルニアから帰ってきた翌日(元旦)からハワイ島でのコマーシャル撮影に出てたので、計9日間働いてた事になりますが、疲れたというよりは体が訛ってるような変な感じがします。

カリフォルニアとハワイ島での滞在では、日本食を一切食べれなかったので、食生活の変化もあるのでしょうが、一番の原因はジムへ行ってないからだと思われます。メチャクチャ運動不足な感じなのです。次の現場は1月23日からなので、月曜日からは再びジム通いに勤しもうかと思っています。

例年の事ですが、ハワイでは1月〜4月は沢山の撮影が行われます。今年もいい感じでスタートし、僕のスケジュールも良い感じで埋まって来ました。今年は去年よりは景気が回復する事を願っています。
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写真は昨日終えた現場で連日通った「THE KAHALA/ザ・カハラ」のロビー。まもなくソニー・オープンなので正面玄関にはひっきりなしに車が出入りしていましたが、一番驚いたのは朝食を食べる為、レストランに行ったらビュッフェの列にオジー・オズボーンが並んでた事。アメリカのセレブは普通に振る舞える所が良いですね〜。

2010年01月09日

「後一日で休み」

え〜〜、疲れてます。

メールへの返答も全然出来ていません、すいません。

しかし、後一日で終わりです

根性で頑張ります。

画像は今回の仕事で訪れたアロハ・スタジアム。巨大です。
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2010年01月04日

「明日はオアフ島へ」

ようやく明日オアフ島へ帰ります。

カリフォルニアから戻ってきて、すぐにハワイ島に来た為、随分と家に帰ってないような気がします。

ハワイ島滞在最終日の今日はヒロにある動物園へ。

入園料無料で白い虎迄見せてくれるのは、世界広しともヒロ動物園位のもののでしょう。

この日、虎君は優雅に昼寝中。

何処に居るか判るかな〜〜っ?
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オアフ島に帰ってからも翌日から別の現場なのでまだ休めません。しかし、長〜〜い間休んでたのでまだまだ元気。贅沢を言えばジムに行く時間が欲しいのですが、1/9には一旦落ち着くのでそれまでは頑張ります。

それでは次回はオアフ島から〜〜

2010年01月03日

「ハワイ島ヒロから」

大晦日の午後10時、10日ぶりにハワイへ戻って来ました。

午前零時に近かった為、家に着く迄のタクシーの中からも、あちこちで上がる花火が見えた。無風だったせいか、それらの煙で辺り一面が濃霧のように成っており、家へ帰ってからも窓を開ける事が出来ませんでした。

クタクタの体をシャワーに入れ、翌日のハワイ島移動に備え、満タンのスーツケースを一つバラし、再びハワイ島仕様に荷造り。この時点で午前零時を回ったようで、辺りからずーっと花火があがる音が聞こえた。

で、6時間後は再び空港に。
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コナに着いてからは、車でヒロに移動(2時間の運転)と今日迄毎日3時間以上運転し、連日4時間弱しか寝れませんでしたが、今日ようやくロケを終え、明日の予備日のみを残すだけと成りましたが、それでも明日は5時半起床、、、。

もう一日だけなのでがんばります。
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2009年12月30日

「カリフォルニア滞在最終日」

南カリフォルニアには珍しく、今日は朝から一日中雨でした。

しかし、それでもココ迄の滞在で乾燥しきった指先はひび割れて痛く、夜はヒーターを一晩中入れてるせいか、朝起きた時などは喉が目一杯乾燥してる感じです。

今回の滞在で実家に置いて有るギター(計2本)のうち、最低一本はハワイへ持って帰ろうかと思ってたのですが、迷ったあげく、最終的には友人にギターを一本預け、妹にもう一本は持っていてもらう事にしました。

そんな訳で今日は友人宅へギターを届け、妹と寿司屋にランチを食べただけで後はずっと実家に居ました。

ハワイへ戻るは大晦日の午後9時前なのですが、急遽翌日(元旦)から5日間程ハワイ島での仕事が入ったので、元旦の朝5時半には自宅を出て、空港へ向かわねばいけません。

1月はその他にもロケがもう2本入ってるので、新年早々忙しく成りそうですが、2009年後半が余りにもスローだったので、嬉しい忙しさであります。

21日に来たので、今回は10日間の滞在。10日間もカリフォルニア滞在したのは、ココ10年間で最高の長さかもしれません。しかし、今度実家に来るときは実家を売る時だと思うので、それをふまえると有意義な滞在だったような気がします。

それでは次回はハワイから。2010年もよろしくお願いします。

HAPPY NEW YEAR!

2009年12月29日

「カリフォルニア滞在も残すところ後1日」

カリフォルニア滞在も残す所明日1日のみと成りました。

今日は午前中にロサンゼルスに居る嫁の仕事関係者を訪ねた後、近所のミニ・ゴルフ場で遊び、午後4時頃帰宅。

午後8時から嫁と妹と息子はインド料理を食べに出掛けたのですが、何だか疲れてた僕は家で犬達と留守番してました。

明日は近所に住む高校時代の友人を訪ねる以外は家でのんびり過ごす予定です。
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2009年12月28日

「ディズニー2009」

先ほどディズニーランドから帰って来ました。前日夜更かししたので、出発時間は予定より大幅に出遅れ、午前10時半に出発。

多少は混んでるだろうと覚悟はしてたのですが、ホリデー・シーズン真っ盛りの為か、もの凄い人の数で、フリーウェイを降りてから駐車場に車を停める迄1時間半。入り口でチケットを買うのに40分かかりました。

ようやく園内に入ったものの、ラッシュ・アワーを迎えた午後6時頃の新宿駅のような人出。最後にあんなに沢山の人が居る所に身を置いたのは、3年前に日本に帰った際、夕方に池袋駅近辺を歩いた時以来のような気がします。

園内に入って驚いたのは白人より、圧倒的にメキシコ人の家族が多かった事。あちこちからスペイン語が聞こえて来た。中学生の頃からこのディズニーに通ってますが、園内であれほどのメキシコ人を見たのは初めて。オレンジ・カウンティー内でのメキシコ人の人口が確実に増えてるのを実感した。

結局この日は午後7時前迄滞在したのですが、意外にも息子のテンションが低かったのが予想外でした。嫁曰く「ディズニーのキャラに対して興味が薄いからかも、、」との事。う〜〜ん、今一番のお気に入りはドランゴンボールだし、確かにそうかも。

午後8時過ぎに実家へ戻った時には息子は車の後部座席で撃沈。乗り物に乗る度に40分くらい並んだので、かなり疲れたのだと思いますが、午後11時現在もソファーで寝ており、たぶんこのまま朝迄寝るでしょう。

明日は嫁の用事を片付けるためロサンゼルスへ行く予定。

残り2日のカリフォルニア滞在を楽しみたいと思います
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2009年12月27日

「ゆるゆると年末を」

クリスマス翌日(26日)に従兄弟達は妹の旦那と共に旦那の実家テキサスへ。従兄弟(娘3人)が居なく成ってからは、4日間の騒々しさが嘘のように実家は静かです。

別れの朝、一人残される形の息子が寂しがるのではないかと思いましたが、意外とあっさりお別れが出来ました。

26日は家でダラダラと過ごし、今日(27日)はセール目当てに隣町のブレア(brea)にあるモールへ。

しかし、セールなのにそんなに安く無い、、、。取りあえず嫁が靴を一足買っただけで、モールを後にし、最近ハワイにもオープンしたターゲットへ移動。ここで息子が前々から欲しがってた野球帽などを購入してから帰路に着きました。

明日はいよいよディズニーランドへ乗り込みます。長い一日に成りそうですが、息子の楽しむ顔を見るのが楽しみです。

2009年12月24日

「納骨」

昨日はオヤジの遺灰を墓に入れ、最後のお別れをして来ました。

朝8時半に出発するつもりが、大幅に遅れ、午前10時の出発に成りましたが、随時時速120キロ以上で走行したせいか、到着予定の午後2時を20分程遅れただけでフレスノの霊園へ着きました。

最後に僕がこの霊園に来たのはたぶん中学生の頃。祖母(オヤジの母)の墓参りに来たのだと思うのですが、霊園の様子や回りの景色は鮮明に覚えていました。

霊園内にあるオヤジの家系の墓の上にはテントが立てられており、既にオヤジの遺灰を入れる為の穴が掘られてた。
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テントに近づくと、近くに居た霊園のスタッフが「ご準備が出来ましたら、いつでも声をかけてください」と言われた。

アメリカで納骨式に立ち会ったのがこの日初めてでしたが、神父が来た場合に備え、聖書を置く台や、椅子などが並べられてたものの、オヤジの遺言通り、この日は僕の家族と妹の家族だけだったので、遺灰と想い出の品々を用意された箱に入れると、霊園のスタッフが箱の蓋を接着し、穴に埋めてくれるという簡単なシステムでした。

箱の中には息子がオヤジに書いた手紙、オヤジが数年前迄買ってた犬(エイプリル)の首輪など、計7〜8点程想い出の品を入れたのですが、さすがにこの瞬間は色んな事が頭を過りました。オヤジの人生が終結した事を初めて鮮明に感じた。

家族のお別れが済むと、スタッフが馴れた手つきで箱を穴の中に入れ、砂をかけてくれた。まだ墓石は無いので、仮の墓石を設置し、納骨は終わりました。

霊園を後にし、再び4〜5時間のドライブでオレンジ・カウンティーを目指す。フレスノの町を抜ける迄僕たちを見送ってくれた綺麗なサンセットにオヤジの冥福を祈った。沢山の愛をありがとう。
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2009年12月22日

「明日はフレスノ」

実家滞在2日目。息子は朝から晩迄ずーーーーっと従兄弟達と遊んでいます。

ハワイでも友達と遊ぶ事はありますが、通常は長くても4時間程。朝から寝る直前迄遊べる事はないので、凄く楽しそう。

息子に「いっぱい遊べて良かったな」と声をかけたら、「おれ、カズン(従兄弟)が居て嬉しい!」と言われた。
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明日はオヤジとの最後の別れをする為、皆でフレスノ迄行きます。車1台では窮屈なので、2台で連なって行くのですが、オレンジ・カウンティーからフレスノ迄は片道4時間以上かかるし、途中越える山(予報では気温はマイナス2度!)では雪も降ってるようなので、結構しんどいドライブに成りそうです。

2009年12月21日

「カリフォルニア到着」

無事実家に着きました。息子は妹の娘達(計3名)とハイテンションで今も大騒ぎ。午前4時半に起床し、午前5時半に家を出て、ロサンゼルスまで5時間半のフライトでしたが、僕も思ってた程疲れておらず、久しぶりの家族の時間を楽しんでいます。

実家はリフォーム中って感じで、バスルームも1つ使えないし、リビングのカーペットも剥がされた状態で、当初僕が思ってた程は進行しておらず、まだ時間がかかりそうでしたが、良い感じで仕上がっており、完成が楽しみです。

実家に置いてたギターとも久しぶりに対面。レスポールをめったに弾かないので、凄く新鮮。
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妹と話したところ、やはり3月以降から実家を貸し出すみたいなので、現在実家に置いてる僕のギター2本を何とかしないといけません。しかし、一つ目の荷物からハンドリング・フィーを徴収される現在のエアラインのシステムでは2本とも持って帰ると$100は取られそう。fedexで送ったほうが安いかもしれません。

カリフォルニアの夜は寒く、現在の気温は10度。ハワイでは有り得ない寒さ。明日からにぎやかな毎日に成りそうです。

2009年12月19日

「12/19」

ホノルル・マラソン翌日から別の現場に入ってたのですが、昨日で終わり、今日は8日ぶりの休みでした。

今回の仕事は今迄やった事がないポジションで有ると同時に、コレ迄にその現場で起きた問題をクリアする過程もアシストしており、最終日の昨日は、弁護士事務所へ行ったりと、通常のロケでは無い様な事をしていたのですが、終わってみれば沢山の「初」を経験出来た興味深い現場でした。

そんな訳で今日は9日ぶりにジムへ。久しぶりなのでかなりキツいと思ってたのですが、意外に体が動き、程よいワークアウトが出来ました。

明後日から大晦日迄カリフォルニアへ行くので、明日はのんびりと過ごしながら、息子と旅の準備でもしたいと思っています。

2009年12月15日

「12/15/2009」

ホノルル・マラソンの翌日から別の現場に出ています。

今回の現場は今迄やった事の無いポジションであると同時に、長期に渡る仕事なので、初日に現場入りをする迄は、自分が果たしてそのポジションを全う出来るのか、多少の不安がありましたが、去年現場を少し手伝った事と、自分の機材に関する知識が自分で思ってた以上にあるようで、今の所スムーズに進んでいます。

今日はアラモアナ沿いにあるナウルタワーの屋上を視察。
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明日は一日中打ち合わせです。

2009年12月14日

「ホノルル・マラソン2009/終了」

ホノルル・マラソンの現場を終えました。

今回は撮影ではなく、ブースの設営と運営を手伝ったのですが、連日の馴れない大工仕事で今は握力ゼロ。昨日は手のひらが痛くて中々寝れませんでした。

しかし、昨日はゴール地点のみでの仕事だったので、スタート地点を取材する時のように午前2時に起きる事は無く、午前6時半ゴール地点集合だったので、睡眠時間は普通に取れました。

写真は早朝カピオラニ公園の回りを抜けて行くランナーの群れ。まだスタートから1時間なので皆比較的元気でした。
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今日から別の現場の仕事なのですが、スタートが午後2時からと遅いので助かりました。まだまだ体中が痛いのですが、とりあえず頑張って来ます。

2009年12月12日

「ホノルル・マラソン2009」

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連日ホノルル・マラソン用の設営で夜迄大工仕事をやらされており、握力ゼロ状態です。

明日は本番。今回はゴールエリアなので、午前6時半と遅めのスタート。(スタートから2時間以内は誰もゴールしないから)

去年は最悪の天気だしたが、ココ迄は晴天で、明日も予報は晴れ。良いレースに成るのではないかと思っています。

2009年12月10日

「明日から仕事」

明日からホノルル・マラソンの現場に出ます。

日曜日のレース迄の主な仕事はテントやブースの設営。午後7時には暗くなるので、明日、明後日はそんなに遅く成らないと思いますが、レース日は午前3時頃に家を出ないといけないだろうから、ハードな現場に成りそうです。

マラソン終了後は別の仕事が14日から入ってるのですが、今日トラックのブレーキが利かなくなり、運転出来ない状態に成りました。すぐに修理のアポを取ったのですが、予約が取れたのが18日。嫁は仕事と息子の送迎で車が必要なので14日以降の移動に関しては何か対策を考えないといけません。

明日から仕事が続くのでしばらくはジムにも行けないだろうと思い今日はジムへ。いつもより時間をかけワークアウトしました。疲れてましたが、体力を全て使い切るのが快感へと変わりつつ有る今日この頃です。

それでは明日、明後日は肉体労働頑張って来ます。

2009年12月07日

「ジムへ」

今日はジムへ行きました。

すでに入会してから2ヶ月が経ちましたが、まだ肉眼で確認出来る様な肉体変化は見る事は出来ません。プロティンを飲む事により、通常の倍のスピードで肉体が変化するのではないかと思ってたのですが、そんなに過激に肉体は変化しないようです。

ココ最近はワークアウトのメニューも決まって来た感じが有るので、今日はあえてメニューを変えてワークアウトしてみたら、良い感じでジムでの1時間を過ごす事が出来ました。

毎回同じパターンでワークアウトしてると、事務的に成り、気のせいか(肉体にも)刺激が無い気がする。トレーナーさんに付けば色々変化を与えてくれるのだろうけど、そんな人を雇う金はないので自分で工夫せねばです。

今週末からホノルル・マラソンの仕事で、その後も別の仕事が有り18日迄仕事、21日からはカリフォルニアなので、年末迄後何度ジムへ通えるか判りませんが、出来るだけ通いジム溜めしたいと思っています。
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2009年11月28日

「格安セール」

感謝祭が終わり、あちこちのショップやモールでセールが行われています。

並ぶ事が嫌いなので、基本的にはこの時期ショッピング・センターに近づかないのですが、息子がお気に入りの靴を履き潰し、大至急新しい靴を買わないといけなく成ったので、昨日は比較的人の少なそうにカハラ・モールへ行ってみた。

駐車場に入る事も苦戦するだろうと思ってたのですが、すぐに空きスペースを見つける事が出来、モール内へ潜入。しかし、4件程見て回ったのですが気に入った物が見つからず、この日は何も買わずに帰りました。

で、翌日の今日。午前中は幼稚園の同級生宅で遊び、昼からワイケレのアウトレットへ。軽〜〜い気持ちでワイケレ迄行ったのですが、さすがに人が多かったです。駐車場に入ったものの、空きスペースが見つけれないので、諦めて帰ろうと出口に向かってたら運良く空きスペースをゲット!ラッキーでした。

真っ先に靴屋へ向かい、息子用の靴を物色。今迄履いてたニューバランス製で同じ様な形のを探したのですが、サイズが無く断念。しかし似た様なデザイン(靴ひも部分がマジックテープ)のスケッチャーズ製の靴を見つけ、セール対象外でしたが、今の靴が限界なので購入。

車に戻る途中vansのショップを覗いてみたら、メイデンの靴がセールで$29!!vans愛好者、そしてメタル愛好者としては買うしか有るまい!
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いや〜〜〜〜〜、いい買い物が出来た一日でした。やっぱセールはええのぉ〜〜〜〜。

2009年11月27日

「THANKS GIVING DAY」

久しぶりに感謝祭を堪能したような気がします。何故だか判らないのですが正月気分で満喫できました。

午前中は原稿用の写真を撮る為ビッグウェーブが到来し始めたノースショアへ。幼稚園が休みだったので、息子も連れて行ったのですが、退屈すると思いきや、大きな波を見て、意外と喜んでた。

昼過ぎに家に帰り、ターキーが焼き上がる迄、息子と家の中や外で遊んだりしてあっと言う間に一日が終わりました。ターキーも最高に美味しく、大満足の一日でした。

明日はあちこちでバーゲン。アラモアナのgapなんて午前3時間からオープンってニュースで言ってたが、人ごみと並ぶのは避けたいので、昼頃カハラ・モールでも覗いてみようかと思っています。
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2009年11月24日

「キャンセルされた現場」

月末から予定してた大きなバラエティー番組の現場がキャンセルに成りました。仕事が無い時期だけにかなりのダメージですが、僕が理解してる限り、キャンセルに成った理由がこれまでのように豚ウィルスや予算の事ではなく、企画段階でのネタの弱さらしく、そうならそれはネガティブな結果の中でも少しだけポジティブな要素であり、少しずつ撮影が戻って来てる予兆なのかもしれません。

月末も近いので、明日からボチボチ原稿書きを始めようと思っています。

2009年11月21日

「HAPPY 5TH BIRTHDAY」

昨日は息子の誕生日。住んでるアパートの敷地内で、午後6時からごくみじかな人達だけを呼んでパーティーをしました。

初めてバーベキューを一人で仕切るのに不安のあった僕は、昼頃から肉をタレにつけ込んだりと早々に準備を開始し午後4時前には全ての準備が完了しました。そして午後5時から同じアパートに住むバーベキューの達人を助っ人として呼び、コーディネーターらししく完璧なコーディネートで初陣に挑んだ。

そして午後6時、ここからは(ほとんど助っ人のシェフが)ひたすら肉を焼きました。僕は焼き上がった肉を切って運んだり、飲み物などの補充など、小さなロケ並みに動き回ってたらあっという間に時間が経ち、気が付けば午後9時前でした。

最後にケーキが登場し、どの部分を食べるかで子供達がかなり白熱しましたが、誕生日ボーイの特権で息子は一番食べたかった部分を確保。皆から少し離れて勝ち取ったケーキを食すその様子は、群れで仕留めた獲物の分配を得て、離れた所でゆっくりと自分の取り分を味わうハイエナのようです。
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この日僕は終始ホスト側に徹した為、片付けを終えてうちに帰った時はかなりクタクタでしたが、来てくれた皆さんに「美味しかった」「楽しかった」と言って貰えたので、何とか無事にイベントは終える事が出来たようです。
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で、一夜明けた今日。家から車で15分程に所にあるビショップ・ミュージアムで恐竜展が行われてたので、5歳1日の息子を連れて行ってみた。

ハワイで行われるイベントだけに、日曜大工店で購入した材料で作ったインチキ恐竜達がゴロゴロ展示されてるのだろうと、余り期待せずに向かったのですが、展示会場前に居た巨大ティラノザウルスの大きさと、細部のディテール迄作り込んだ完成度に息子はあやわ失禁!
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展示会場内はそんなに広く有りませんでしたが、会場内には色んな恐竜の骨や、再現された恐竜が展示されてた。息子は今年日本に帰った際、上野で行われてた恐竜展に行ったらしいのですが、僕はこの日初めて恐竜の骨をまじかでみる事が出来た。意外だったのは実物代で展示してあったステゴザウルスが思ってたより小さかった事。
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恐竜展を出た後は、新しくオープンしてた火山関係のセクションへ。火山が噴火する仕組みからを大掛かりなセットで演出しており、ハワイ島の火山公園内に有るジャガー・ミュージアムより遥かに面白い。
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子供がハワイに住む生き物になれるコーナーもあり、5歳1日の息子は何故か魚をチョイス。
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ビショップ・ミュージアムを昼過ぎに後にし、そこから日本文化センターで先週撮った七五三の写真を受け取り、午後2時前には家に着き、その後は家でのんびりしました。

明日は日曜日、本当はゆっくりと休みたいのですが、そんな訳にはいかないでしょう。誕生日の余韻を残す息子のリクエストを聞き、何をするか決めたいと思っています。

2009年11月19日

「明日は誕生日」

さてさて、11月末から予定してたテレビ番組の撮影が危うく成って来ました。聞いた所によると、ロケのネタが弱いようで、急遽僕も幾つかネタ出しをしたのですが、日本でそれらをふまえて行われてる会議の結果がまだ出ないようで、ココ数日間はドキドキです。

で、話はガラッと変わっておめでたく、明日は息子の5歳の誕生日。極々みじかの人達を呼んで、アパートの敷地内でバーベキューを行う事にしたのですが、僕がバーベキューを仕切るのは多分初めて。しかし、ハワイに住み始めてバーベキューに呼ばれたのは数知れず。コレ迄みて来た人達のバーベキュー捌きを真似るしか無い!

そんな訳で、肉などの素材を買いに「sams club/サムズ・クラブ」へ。
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招待客は大人9人、子供6人で計15名。でもこの人数がどれだけ食べるのかまったく検討もつかなかったので、ぶなんにかなり多めに肉を購入。金欠時期にケーキ、お菓子、飲み物などと合わせたら、$200も使うハメに!

プレゼントを入れたら更に、、、、もう怖くて計算できん!

まあいい、めでたいイベントだ!

ブログには書かなかったけど、実は2週間程前知り合いの家族にワイキキでのバーベキューに誘われたのですが、その時は強風だった事もあるが、ライター液なども無く、炭火に火が点く迄1時間半もかかった。明日はゲストの皆さんを午後6時に御呼びしてるので、それまでにグリルを地獄のように熱々にせねば成らない。明日は午後4時から準備するぞ!

2009年11月18日

「ここんところ」

来月のカリフォルニア行き用の買い物を幾つかして、アラモアナ・ショッピング・センターの前を通りかかったら、既にサンタが登場してた。ハワイへ移り住んで、まもなく10年ですが、炎天下の中のクリスマスには未だに違和感がありますが、何時か馴れるのでしょうか?

しかし、今年のクリスマス時にはカリフォルニアに居るので、少しは寒いクリスマスを体験出来る。又、未だ雪をみた事無い息子に本物の雪を見せる事が出来ればと思っています。
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連日息子の幼稚園への送迎をやってるのですが、迎えの場所にはアメリカの国旗とハワイ州旗がなびいています。うちのほうで小雨が降ってても、ここはいつも晴れ。同じく子供を迎えに来てる顔なじみの親達とのどかに雑談を交わす時、不思議と「ハワイに住んでてよかった」と意味不明なほんわかモードになるのは何故だろう?
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古くからの友人(と言っても今も昔も一方的に僕がお世話に成ってばかりなのですが、、)が西麻布にスィート・エモーション」というお店を今月22日にオープンさせます。数年後にはハワイ支店をオープン出来る様、当サイトでも全力で応援します。僕も日本へ行く事があれば是非覗いてみたいと思っていますので、皆様も是非どうぞ足を運んでください。
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数日前、アラモアナのブックオフに行ったら、ワゴンセールの中にあったビデオの中に凄い物を見つけた!この写真の意味が判るのは極数人だと思いますが、、、
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2009年11月15日

「おめでとうございます!」

依然仕事は無く、定年後の生活をリアル体験続行中です。そんな中、今日はアルバイトで結婚式の送迎を。

アルバイトと言っても新婦さんは以前ロケでお世話に成った制作会社の方で、この日は1年半ぶりの懐かしい対面でした。

日本の不景気風をモロに食らい、2009年は良い話があまりなかったハワイ撮影業界ですが、この日、新しく夫婦としてスタートする二人からは、久しぶりにピュアでポジティブな力を感じる事が出来ました。

11月末から12月後半迄仕事のスケジュールも入って来てて、ようやく長いトンネルを抜ける様な気配がみえるハワイ。このまま良い方向へと向かう事を願うばかりです。
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2009年11月11日

「プロティン購入」

プロテインなる物を購入してみました。
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写真だと判りつらいかもしれませんが、3リットル程の容器で、中には粉末状のプロティンが入っており、水に溶かして飲む。

本当はワーク・アウト後に飲むのが良いらしいのですが、どんな味か知りたくて、家に帰ってすぐに飲んでみました。

商品には「飲みやすいフルーツ・パンチ味」と書いてあり、味は確かにフルーツ・パンチなのですが、何だか粉っぽくて、飲んだ後は妙に腹に溜まる感じがした。又、一度に500ミリ程飲むせいか、しばらくするとお腹が張る感じも有ったので、今後は一回の摂取を規定の半分(250ミリ)でやってみようと思います。

2009年11月10日

「ジム内盗撮」

今日は午後3時頃からジムへ。いつも行く時間帯とは違った為、ジム内でワークアウトしてる人達もみた事が無い人が多かったです。

ジムに通い始めてまもなく2ヶ月。一度はジム内を撮影し、皆さんに僕の奮闘ぶりをよりみじかに感じて貰いたいと思ってたのですが、ジムの壁2面が鏡なので、他の人にみられずにデジカメを構えるのは殆ど不可能。そこで今日はテキスト・メールを打ってる振りをしながら携帯電話のカメラでジム内を盗撮してみました。
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ジムのほんの一部なので何がなんだか判らないと思いますが、左に見えるがエアロ・バイクの一部。真ん前のは胸筋などを鍛えるマシン。このマシンはジム内に5台程有り、常にどれか空いてて、僕もジムを訪れた際は必ず使っています。

ワークアウトした日はまるで重労働をしたかのようにクタクタに疲れ、夜は底なし沼に沈んで行く様に凄く深い眠りに落ちます。そして翌日の朝は、荷物満載の佐川急便の2トントラックにはねられ、全身の骨が折れたような感じなのですが、それらが不快な気分では無く、むしろ完全燃焼した感じが心地良いのが続いてる要因みたいです。

そんな訳で今日も深い眠りにつきます、、、zzzzzz

2009年11月07日

「マジック・ソープは辛い」

少し前に嫁が「DOWN TO EARTH /ダウン・トゥー・アース」というオーギャニック商品のみを扱う店で液体石鹸を買ってきた。
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商品名は「DR BRONNER'S MAGIC SOAP PEPPERMINT /ドクター・ブロナーズ・マジック・スープ・ペパーミントの香り」。本体には辞典みたいに細かい文字でびっちりと商品の事が説明されておりますが、大きな傷口にも直接使える100%オーギャニックの石けんらしい。

早速息子を風呂に入れた際使ってみた。

体を洗い、

チンチンも洗ったら、、。

息子「ん?」
(チンチンを握ってる)

僕「どした?」

息子「チンチンが辛ーーーーーーい!」

「ペパーミントのせいでスースーする」ってのが言えなくて「辛ーーい」と表現した模様。

で、息子を風呂からだした後、今度は僕がマジック・ソープを使ってみた。

体を洗い、恥部へ、、、

ん?

「チンチンが辛ーーーーーーーーーーい!!!」 これじゃ4歳児はびっくりするわな。

マジック・ソープの破壊力を更に思い知ったのはお風呂から出た時。ミントのせいで全身がスースーして、冷凍庫の中を歩いてる様な感じなのだ。日本の冬にお年寄りがうっかりマジック・ソープ使ったら、風呂から出た瞬間に凍死するだろう!

本日の教訓:マジック・ソープ夏のみ使用しろ!

2009年11月06日

「マッスル・ミルク」

9月末から通い始めたジム。自分でも何時迄続くか判らずに通い始めたのですが、1ヶ月半が過ぎても依然続いています。ワークアウトの翌日は体の芯迄ヘトヘトに疲れ、一日中重労働をやり終えたような感じなのですが、その疲れが何故か心地良いのが続いてる要因かもしれません。

未だに試行錯誤状態ですが、インターネットで色んな肉体改造サイトを検索し、それらから得たインフォを元に自分也のメニューを組んるのですが、ワークアウトの仕方はジムに通い始めた当初よりは良く成ってるような気がします。

その他にインターネットで調べて判った事は、人間の筋肉はダメージを受けると2〜3日かけて回復するのですが、完全回復した時には依然より強く(大きく)成って回復する事。これは「超回復」と呼ばれてる様で、筋肉が大きくなる仕組みはこの「超回復」に有るそうです。

又、超回復を更に有効的に生かす為にはプロティンなどを飲むと更に良いらしいとの記述も幾つか見つけ、ジムの自動販売機で売ってる「マッスル・ミルク」成る物が最近凄く気になってて、一度買ってみようかなと思って何気に値段をみたら1瓶$4。

高過ぎる!

でも飲んだらこう成るんでしょうか?
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ここまで行くと筋肉中毒ですが、近所のスポーツ品店に1ギャロン(3.4リッター)入りの粉状の「マッスル・ミルク」を$30で売っており、それのほうが遥かに格安なので、味は判りませんが一度購入してみようと思っています。

2009年11月01日

「ハロウィン2009」

昨日はハロウィン。例年息子は友達とアラモアナ・ショッピング・センターを徘徊して、お菓子などを貰いに行くのですが、今年は長〜〜いハロウィンに成りました。

先ず午前中は近所の公園で行われたハロウィン・イベントに参加。今年は「白忍者」に仮装した息子でしたが、炎天下の中、長袖のコスチュームは熱すぎたようで、この後続く夜のイベントに備え、コスチュームの袖を取り除き、南国使用の「ノースリーブ忍者」に変身し、午後4時からは学校で行われたハロウィン・フェスへ。

このハロウィン・フェス、今回初めて行ったのですが、「無人島でのイベントか!」と思わせる程のハンドメイド感覚100%。この日のイベントを知らせるチラシに「巨大迷路」などと告知してあったのですが、その巨大迷路がコレ↓
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ダンボールをガムテープで繋ぎ合わせだけ。

イベント終了後はすぐにでもホームレスの集合住宅としても活用出来そうです。

子供達はトンネル状の段ボールの中へ入り、ゴールへと進んで行くのですが、途中段ボールのあちこちに空いた穴からスタッフの人が飴やお菓子を投げ入れてくれるので、それを拾いながら進んで行くのです。

息子はこれをいたく気に入り、20回近く入ってた。そして当然ここだけで大量のお菓子をゲット。

カフェテリアでは味の無いポップコーン、スロップの足りないかき氷などの軽食販売の他、フェイス・アートもあり、さっそく息子も書いてもらう事に。
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撮影後、「オレ忍者だから笑わないで怖い顔したぜ」とのコメントを4歳児から頂きました。トロピカル・フィッシュをほっぺにあつらいったド迫力な面構えですねニンニン。

午後6時頃。辺りが暗く成り始め、そろそろ帰ろうかなと思ってた時、友人から「午後7時から自宅でパーティーをしてるのでおいでよ」との連絡を貰ったので、午後6時半頃迄学校近辺の住宅街を徘徊し、年内では食いきれない程のお菓子を貰ってから車で移動した。

本日三つ目のパーティー会場はココ
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カリフォルニアからの人達が多く集まってるのでHaunted Hollywood(呪われたハリウッド)と題されており、パーティ会場内にはロコの姿は一切全くなく、本土からハワイへ移住して来たであろう白人ばかり居た。これはハワイでは凄く珍しい事!
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庭のオレンジの樹もすっかりハロウィン・モードの中、この日呼んでくれた友人が最近組んだバンドが演奏するのを見た。バンドの演奏レベルは驚くものではなかったが、ハワイで白人だけを集めてブルース・バンドを組めた事に驚いたと同時に凄く刺激になった。

演奏が終わった後、話しを聞いた所によると以前当サイトでもご紹介したクレイグス・リストのミュージシャン募集コラムからバンドに参加したそうで、このバンドに辿り着く迄に散々なオーディションなどもあったようですが、それらにめげず、諦めないで稼働できるバンドを組む所まで辿り着いた彼のパワーは見習わなければいけないと思った。

奇しくも明後日火曜日、僕は以前息子の通ってた保育園で知り合ったミュージシャン(僕より10歳年上)と逢う事に成ってるのですが、久しぶりに音楽をやってみたいと言う気持ちが少し芽生えて来ました。今から火曜日が楽しみです。

2009年10月29日

「悪口になるのかな、、まあいいけどね、本当の事だから」

ココ数日間は来月請け負うはずだったロケのやり取りでイライラしました。

綺麗ごとばかり並べる世渡り上手な連中は好きじゃないし、自分自身もそのジャンルの人間に成りたいとは思っていない。

しかし、人生を生きて行く上で、このような連中との接触は免れない。まあ、それなりに調子を合わせるのが世の中を賢く生きる術であり、同時にストレスを正面から受けずに生きて行く方法なのだろう。

それでも我慢出来ない連中が居る。本人が気が付かない程頭がイカれてるのか、綺麗ごとばかり言ってるだけなのが「みえみえなのに」、臆する事無く永遠と口先だけで話しを続け、締めには必ず自分を被害者的な立場に設定する奴。

このような人間は、回りに居る連中も薄っぺらい連中ばかりだと思うが、人間の質の薄さが見えない連中にはそんな事はどうでも良いのだろう。金を稼げるのは、日々真面目に働いてる連中じゃなく、金の儲けかたが上手い奴の今(現代)。こういう人間は増殖する一方なのかもね。

とまあ、そんな訳で久しぶりに激怒し、現場を蹴った。仕事がスローな時期だけど、余りにも魅力の無い連中とビジネスする位なら、日雇いで土方でもしたほうがいいからね〜。俺絶対に金持ちに成れんだろうな〜〜。

2009年10月27日

「送迎」

先週から今週一杯まで息子の通う幼稚園では親子面談が放課後に行われる為、終業時間が1時間繰り上げられ、今週一杯迄午後1時15分に終わります。

パートを始めたばかりの嫁は午後1時迄勤務なので、ギリギリ間に合わない。そんな訳で送り、そして迎えを僕が一人やってるのですが、息子との行きと帰りの車内の会話が凄く楽しい。こういうのを幸せと言うのだろうか、、。汚れてない人間と接すると自分がいかに汚れてるのか、又、汚れてない事(ピュアで有る事が)どれだけ凄いのかが判る。世界中の皆が4歳の頃の純粋さを無くさず成長出来たなら戦争なんて起きないのかも。

幼稚園から戦争へと信じられない飛距離で飛んでしまったが、明日も元気に送らせてもらいますです、はい。
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2009年10月24日

「ココヘッド・クレーター登頂」

水曜日のジムでのオーバーワークの疲れもようやく取れ、世界戦を前にハードなトレーニングからようやく解放されたボクサーのように万全な体調で今日はココ・クレーターに挑んできました。

この日の詳しい様子は日立サイトにて11月中に掲載されますので、そちらを見て頂きたいのですが、取りあえず写真を何点か。

昇り始めはここ。
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で、終わりはここ。
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アメリカ軍が’設置したケーブルカー用のレールを伝って頂上迄昇るのですが、ダイヤモンド・ヘッド登頂の3倍はキツかった!

ダイヤモンド・ヘッドなら僕は20分程で休まず昇れるのですが、ココ・クレーターは昇るのに1時間かかったし、途中で何回も休憩せざる得ない程ヘトヘトに成った。とにかくひたすら昇りなのがキツい!

又、この日は500ミリ入りのミネラルウォーターを一つだけ持って行ったのですが、頂上に近づけば近づく程、貿易風が無くなり、うだる様な暑さ。背中に背負ってたバックパックから汗がしたたる程汗をかいてしまい、500ミリぽっちの水では全然足りず、下山途中には完全に水無し状態に成った。

枯れ木のような状態で何とか下山し、車へ向かう途中に水飲み場を見つけた時の嬉しさは、砂漠の真ん中でオアシスを見つけた旅人の気分でした。
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この日は日課のようにココ・ヘッドに昇ってるらしき人達も何人かみたが、これを毎日やってるとしたら、凄い!わしは当分行かんぞーっ!あ〜〜疲れた。

2009年10月22日

「ジムジム」

え〜〜っ、タイトルのジムジムって何かと言いますと、昨日は一日に2回(朝と夕方)ジムへ行ったと言う事でして、これが更にどういう事に成ったかと言うと、翌日の今日は一日中信じられないくらい体がだるく、90歳の老人の体力をリアルで体験出来た気がします。

そんな状態なので、今日は何もする気に成らず、昼間はインターネットで筋トレに関するサイトを色々見て回り、トレーニング方法、トレーニングにかける時間、筋肉の育つ仕組みなど、今迄知らなかった事を学ぶ事が出来ました。

今日一日は最低な気分だったが、確実に体力が上がって来てる感はある(気のせい?)。そんな訳で強引な繋ぎだが、月末締めの原稿用に、来週は頂上迄の階段が1000段以上有ると言われるココ・クレーターを登頂しようと思う!

これ↓(出来るかな、、、)
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2009年10月19日

「誕生日パーティー@カピオラニ公園」

14日から働いてた日本のアーティストのファン・ツアーの現場が終わり、ようやく落ち着きました。現場は連日比較的スタート時間が遅かったものの、仕事終わりは毎日深夜。そんな中、毎朝息子の幼稚園への送りもこなしたので、先週は寝不足が積み重なりました。

現場最終日に至っては午前2時半帰宅。翌日は仕事も無いし、息子の幼稚園も休みなのでゆっくり寝れると思ってたのに、午前7時に起きた息子に起こされ、昼前にはカピオラニ公園で行われた息子の幼稚園の同級生の誕生日パーティーへ。

以前息子が保育園へ通ってた時にも同級生の誕生日会に招待して貰ったのですが、このようなパーティーでは日頃から遊んでる子供同士は仲が良いものの、親同士はお互いの顔を認識出来る程度で、話した事は無く、名前すら知らない場合が殆ど。

この日もそうで、誕生日を迎えた男の子の名前は息子から日頃聞いてたし、放課後二人で手をつないで出て来たりするので良く知ってたが、お友達のご両親と話すのはこの日が初めて。

子供達が遊んでる間、少し話す時間があったのですが、彼らの息子もうちの息子と同じように1週間連続幼稚園で問題を起こし先生に注意されてたと聞かされた。担任の対応などに関しては僕と少し違う意見も聞く事が出来、とても良い時間を過ごす事が出来ました。

パーティ会場では仕事で積み重なった寝不足と、炎天下の下で呑んだビールがフィニッシュ・ブローと成り、めまいを伴う強力な睡魔に襲われた。公園でサッカーボールを蹴ってる男が居るな〜っ、と思ってたら、実は良く見るとダルメシアン(101匹ワンちゃんの犬)を散歩させてるオッさんだったりと、激しい幻覚まで見始めたので午後3時半帰宅。

家に帰り、ようやく少し寝れると思ってたところ、嫁の実家から飼ってた猫(24歳)が亡くなったとの連絡を貰い、それを知った息子が大泣き。寝てる場合では無くなり、結局おちついたのは午後10時。倒れ込むようにベットに入り、目を閉じた瞬間、ノンストップで下がるエレベーターに乗ったかのように夢の世界へと向かいました。

そんな訳であっと言う間に先週1週間が過ぎました。今月はもうロケは有りませんが月末前には原稿を3本程書かねばイケナイので、ぼちぼちネタ探しでも始めようと思っています。誰かいいネタあったら教えて〜〜っ。
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2009年10月11日

「ハワイの温さ(ぬるさ)」

さてさて、昨日はパーティーの仕事でした。

パーティーと言っても、自宅に身内を招いて行う小さなパーティーでは無く、ホテルのボール・ルームを使って300人以上で賑わう大掛かりなパーティーでして、この日僕はパーティーの参加者が作った即席バンド回りのケアを任されました。

当ブログにもこの前書き込みましたが、当初、この日演奏したバンドが使用する機材も、僕がブックした機材屋から借りる予定だったのですが、その機材屋の動きが余りにも悪く、最終的にその機材屋は切られ、ホテル側のブックした機材屋が雇用されました。

ところが、ホテルがブックした機材屋も僕がブックした機材屋と同じ位動きが遅く、なんと本番前日迄どのような機材が用意されるのか判らず、最後の最後迄妙な緊張感を持たせ続けさせられた現場でした。

そんなんで迎えた本番当日。やな予感が的中し、リクエストしてたのに用意されてなかった機材が幾つもありました。僕が発注した機材屋では無かったので、唯一の救いは僕に避難の目が向けられなかった事ですが、当然現場は慌ただしく成った。しかし、スタッフ、出演者のご理解、ご協力の元、何とか無事に本番を終える事が出来ました。

今回の現場は仕込み段階から関わり、通常の日本のクライアントが望むスピードでビジネス出来るハワイの業者は、山の中でハイキング中にビッグフットを見つけるより難しいのを再確認した。Eメールがリアルタイムで電話に取り込める今の時代に、FAXしか無かった時代のスピードでビジネスが成り立つ事自体が信じられない。

ハワイの一番の魅力である「のんびり感」が隅々まで浸透してしまった結果なのだろうけど、今後自分がストレスを受けないようにするためには、ハワイで暮らす人達の「のんびり体質」に自ら骨の髄迄溺れるか、プロ・レベルのビジネスが出来る人達を見つけ、それら人材を確保して行くしか無いのだろう、、。

とまあ、色々考えさせられる現場でしたが、この日機材回りを担当してくれた男性が僕と同じように長い間バンドでギターを弾いてたそうで、仕事の合間にギターや音楽の話をしたのですが、彼は今でも何本か貴重なギターを所有してるそうで、ギターに関する知識もかなり豊富。いつかビールでも呑みながら二人でギターでもつま弾きたいと思った。

この日は機材の搬出も手伝ったので、開場を出たのは午後10時半を回っていました。久しぶりに出来たギター談義のお陰か仕込み部分のイライラも忘れ、心地よく会場を後に出来ました。

2009年10月09日

「メネフネ・マックへ」

今日はメネフネ・マックのオープニングへ行って来ました。

この日は嫁の誕生日でもあったので、アラモアナ・ショッピング・センター内で息子と誕生日用のプレゼントを購入し、最後にメネフネ・マックへ。

店内は高級ジュエリー店だった店をそのまま使用したのような中心部に何も無いレイアウトで、広〜〜い店内に展示されてる商品は実に少なめで高級感が漂います。売ってる物はチョコレートだけにとどまらず、ジュエリー、小物などありましたが、これら全て「MADE IN HAWAII(ハワイ産)」。値段も庶民的。

たまたまこの日、僕が依然取材させて頂いたオーギャニック石けん屋のオーナーさんが来ており、話を伺うとちかじか商品を置かせてもらうらしい。

メネフネ・マックがチョコレート屋さんなので、チョコレート関係の商品ばかり売ってるのかと思ったのですが、コンセプトは「MADE IN HAWAII」であり、ハワイ産の良い物を販売してるようです。

この日、僕は息子が試食していたく気に入ったマカデミアン・ナッツ・クッキーと僕のビール用にマグロのジャーキーを購入。

夕方にジムへ行き、家に帰りシャワーを浴びた後、ビールを飲みながらマグロ・ジャーキーを食したのですが、激旨!!!ビールが何本でも呑めるでーーぇ!

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2009年10月07日

「メネフネ・マック/アラモアナ・ショッピング・センター店オープン」

お世話に成った方の会社がアラモアナ・ショッピング・センターにお店をオープンさせる事になりました。

10月9日のオープンの日は僕も伺う予定です。100%地元生産、手作りのチョコレートを是非お土産にどうぞ。
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2009年10月06日

「10月6日」

息子が10月2日から10日間の秋休みに入りました。この期間を利用してカリフォルニアの実家へ帰ろうと思ったのですが、航空券の値段を調べてみたところ、一番安い航空券で一人$700(2人で$2100)。これでは日本へ帰るのとさほど変わらないので諦めました。

しかし、航空券を買うのが直前過ぎたから高いのかもと思い、12月の冬休み期間の値段を調べたらやはり全然安い!なので、早速予約。我が家は12月21日にカリフォルニアへ行き、大晦日の31日にハワイへ戻る予定です。

今迄、計画的な旅行をした事が無いので、何ヶ月も先の航空券を買った事が無いのですが、確実な楽しみが先に有るのは何だか良い感じです。
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ジムですが、依然続いています。今日は初めて夕方に行って来ました。当たり前ですが時間帯が変わるとメンバーのジャンルも違うようで、朝はリタイヤ組が多いのに対し、夕方は若い世代〜中年迄と幅広い人達が居ました。

夕方の時間帯は仕事を終えて来る人が多く、ジムがかなり混雑してるかもと思っていましたが、朝とあまり変わらずで、どのマシンも待たずに使う事が出来ました。

通い始めて間もなく2週間。目で見えるような体への変化は当然まだありませんが、基礎体力は確実に上がって来てる様な手応えがあります。
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最後は仕事。今月10日に自分で受けた小さなイベントの現場があったのですが、僕が機材を依頼した会社の動きが最高に悪く、それのフォローで先週末から気分は冴えません。世の中には色んな人が居るが、今回雇った機材屋のレベルの低さには「よくこれで普段食えてるな」と呆れる反面、こんな程度でのうのうと生きていけるハワイの温さ(ぬるさ)が骨身に迄染みた。今日、最終的にその会社は切られたが、奇跡的に僕は残されたので、10日は肩身の狭い思いをしながら現場に出てきます。

その後14日からもロケがあるのですが、依然ハワイの撮影業界はパッとしません。この業界の一番美味しい部分は既に先代コーディネーター達に吸い尽くされ、今の世代には残された旨味は殆ど無い事を確実に実感しています。脳をフル稼働させ、今後どうするのか考えなければ、沈没寸前の船から逃げる群衆の一部に成ってしまうのは確実。何とかしないと、、。

2009年10月02日

「クレイグス・リスト/R指定」

さてさて、これと言ってネタも無いので、今日は僕が日頃見てる「craigs list/クレイグス・リスト」ついて書こうと思う。

クレイグス・リストは”売ります買います情報”を軸に、様々なインフォを無料で掲示&回覧出来るサイト。日本ではまだ馴染みが薄いかもしれませんが、僕が現在乗ってるトラックもクレイグズ・リストにディラーが出してた広告を見て買ったもの。アメリカでは売り買いが出来るサイトとしてはebayやamazonよりポピュラーなのではないのかとさえ思います。

売り買い情報の他には、ボランティアの募集、仕事の募集、売り家物件など、多くの告知が細かくジャンル分けされて掲載されてるのですが、中には「女性と出会いたい男性」「男性と出会いたい女性」コーナーもある。

まあ、男女が出会う形は数多くあるので別に良いのだが、「男性と出会いたい男性」「女性と出会いたい女性」などの同性愛コーナーも有るのだ。好奇心からその禁断のコーナーを覗いてみたのだが、同性愛同士だからか、かなりストレートに「狙いの品」を告知してる者も多く、自分とは無縁の世界を垣間みてしまいました。

しかし、良い年こいた、人生の甘みと苦み、そして渋みを一通り味わったワシですら、驚いたのは「missed connection」と言うコーナー。説明するよりも取り合えず掲載されてるコメントをご覧頂きたい。
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(m4m/military)
昨日プールのロッカー・ルームで年配の男から階級を聞かれた君。今日又シャワー室で僕に遭った。君の股間には巨大なブツ。目一杯頬張りたい。興味があれば当時私の来てた海パンの色を明記しメールしてくれたまえ。
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え〜〜、先ずここで説明させてもらいますが、冒頭のm4mと言うのはmale for male。つまり「男から男へのメッセージ」という事。これがm4wだとmale for womanで「男から女へ」と成ります。militaryというのはアメリカ軍。ようはアメリカ軍基地内のプールでのエピソードらしい。

のっけから一番卑猥なコメントを掲載させてもらったが、こんなのざら。中には「m4f/昨日エレベーターで一緒に成った君。何度か目が遭ったね。これを見たら連絡下さい」というロマンチックなどもあるが、「missed connection」欄にメッセージを残してるのは圧倒的にホモが多い!そして更に、読み進んで行くうちに判ったショッキングな事は、ジムで見かけた相手へのメッセージが圧倒的に多い事!!

「ジムに通い始めて間も無いあなたは長髪を後ろへ束ね、まだ馴れない手つきでマシンを使っています。ウェアはジム・ウェアというよりはただの短パンにTシャツ。ウォーミング・アップ程度の運動で連日ヒーヒー言ってますね。今日あなたがエアロ・バイクに乗ってた時、私はあなたの真後ろに有るエアロ・バイクに股がり、妄想の中でダンデム・ライドに酔いしれ、しゃかりきにペダリング、、」なんてメッセージが無かったのが幸いだった。

これらを読み、過去に何度かジムにはホモが多いと聞いた事があったのを思い出したと同時に、現在通うジムに居る一人のオッさんが頭に浮かんだ。そのオッさんはいつも「スパッツ」ちゅうの?あのピチッとした、エアロビクスなどをする時に履くズボンを履いてる。

それだけでも十分ミステリアスだと思うのだが、更に怪しいのはそのオッさんが着てるTシャツ。少し短めの為ケツ部分にTシャツ一切かぶって居らず、後ろから見るとスパッツにより綺麗にかたどられたケツ筋のシルエットが嫌みな位目を引くのだ。これは判る奴にしか判らない甘い秘密のシグナルを発してるのだろうか、、。考え深いぞ。

なにわともあれ、現在僕の通ってるジムは圧倒的に男が多いので今後はもう少し気をつけねば成るまい。と結局はジムの話し。
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追記:
掲載されてたジムでの遭遇コメント(ホモ編)の殆どは24時間営業で有名な大手フィットネス・ジムでの事。わしの通ってジム名が出てなかったのがせめてもの救い。

2009年09月27日

「週休3日に、、」

先週木曜日にハワイの教育費が大幅にカットされる事が決定したとニュースで放送されたのを見た。

翌日の金曜日、幼稚園を終えた息子が先生からの手紙を持って帰って来た。その内容は「予算削減により、これから毎月2回、金曜日を休みにします。年内に該当する金曜日には計17回。それらの日程には何らかのクラス(有料)を設置出来ないか検討中です」との事。つまり、これからハワイの全ての公立学校は月の半分が週休3日に成ると言う事である。

少し前迄ハワイ州は40億ドル(4000億円)近くもかかる電車の導入を何年も議論&検討してた。数年後に教育費を削るような自体に成る事が見えていながら、このような事をダラダラ議論してた事が信じられん。(もし数年後の教育費が削らねば成らない事が見えていなかったと言うなら、更に恐ろしい話しで有る)

教育現場の予算削減はハワイ州がかかえる20億ドル(2000億円)の赤字を埋める為の一環らしいのだが、他に方法は無かったのだろうか、、。州知事は「税金を上げるかわりに公務員の給料をカットした」との事だが、何時行ってもやる気の無い感じでダラダラ働いてる役所の人達の給料をカットしてくれても良いかもしれないが、未来のハワイを背負う子供達からそれら不足分を取り上げる事はハワイ州を運営してる人達の無能ぶりを丸出しにしてるようにしか思えない。ハワイの教育事情よどこへ行く。

2009年09月24日

「ワークアウト再始動」

今日は新規契約後の初ジムです。いま迄は無料体験期間だったので、ビジター的な遠慮がちな気持ちが有りましたが、ルーキーながら今日から正式メンバー。堂々と門をくぐれます。

過去2回の訪問で程よくマシンの使い方などを覚えたので、今日はスムーズにマシンを回れました。コレ迄の即席トレーニングで痛めた筋肉もすっかり良く成り、トレーニングをしてても、一切傷みは無く、凄く良い感じでした。

又、今日は初めてランニング・マシンを使いました。有る程度マシン・トレーニングすると、しばらくは腕が怠く、休まないと続けれないのですが、椅子に座って何もせずに休んでるよりは、ランニング・マシンで走ったほうが良いのではと思い付き、実行してみたところ、これが大正解。走ってる間に腕の筋力は回復するし、体も暖まり、熱が逃げない(体が冷えない)のです。

ランニング・マシンを使ってる間はジム内の他の人々を観察出来る事も発見した。この日、目の前でエアロ・バイク(自転車の形をしたマシンで足腰を鍛えるのに使用)を漕いでたオバさん2名が文庫本を読みながらのトレーニングしてたのですが、緩やかな坂道を下る早さで足を動かしながら、良く本が読めるなと感心した。僕なら本の内容は一切頭に残らないと思う。

レッグ・カールというマシン(マシンの椅子部分に座り足でウェイトを持ち上げる)では、かなり年配の爺さんがトレーニング開始直後、設定したウェイトが重すぎたのか、一発目で表情が苦痛に歪んだのをモロ目撃。膝の骨でも折れたかと思ったが、しばらくマシンに座って休んだ後、別のマシンへトボトボと移動した。

ジムでは一階部分と地下部分が有ります。殆どのトレーニングマシンは一階に有り、地下部分はエアロビニックや空手などをやる大きなマルチ・スペース部分がメインで、その他にはトイレ、ロッカールーム、シャワー、そして10個程のマシンもあります。

その一階と地下を繋ぐ階段部分にジムでの服装についての注意書きがあり、その中に下記の記述記述が。

「ジム内ではちゃんとした運動靴を履く事」

全然守られてなーーーーーい!!

エアロ・バイクに乗りながら文庫本を読んでたオバさんは、サンダルを履いてたし、フリー・リフティング(個人が好きな重さのバーベルを設定するトレーニング)のコーナーでは完全にゴム草履のロコ親父も見かけた。

何かの弾みでウェイトが足に落ちたら大けがに成りそうで、草履は危ない気がするが、長年の草履生活に染まりきったローカルのライフ・スタイルは簡単に変えられんのぉ〜と、ワークアウトを終え、出口に向かうと、ドアの前に立ってたトレーナーの足元も草履。ええ加減にせーーよ!

2009年09月23日

「SCHOOL SPIRIT WEEK &肉体改造計画新章」

今日は人生の新たなステージへのドアを開けて来ました。念願のジムへの入門です。取りあえず半年分先払いして来たので、明日から通い、年内には有る程度の筋力アップ&肉体改造を目指します。
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さて、今週1週間、息子の学校では「SCHOOL SPIRIT WEEK」という物が行われています。これは毎日決められたお題を皆でクリアしよう〜、という物らしいのですが、月曜日は「黒を着る日」。朝、登校すると80%位の生徒が黒いTシャツを着てた。最初は校長がポックリ死んで葬式でも行われてるのか思ったが、すぐに「SCHOOL SPIRIT WEEK」の一環だと気が付き、同時に不覚にも我が息子に黒を着せてこなかった事にも気が付いた。

息子のピンチを救うべく、老いた脳をフル稼働し、絵の具などの使う時に着る汚れても良い黒いシャツを教室に置きっぱなしにしてる事に気が付き、それに着替えさせ、辛うじて難を逃れた。

続く火曜日は「ぬいぐるみの日」。この日息子はお気に入りの象のぬいぐるみを持って登校。朝、教室内を見回した時、殆どの子が何らかのぬいぐるみを持ってた。

で、今日水曜日は「パジャマのまま登校する日」。

なんでパジャマやねん!

うちの息子は生まれた時からいつもTシャツにパンツで寝てるから、パジャマなんか持っとらん、どうしたらええんじゃい!しょうがないので、近所のディスカウント・ショップに新品を買いに行こうかと思ったら、嫁がそれらしい物を何とか揃えたので、今朝はそれを着て登校させた。

教室について辺りを見回すと、月曜日の黒を着る日と火曜日のぬいぐるみを持ってこようの日と比べると明らかに参加者は少ない。野郎の半数は普段着で、とちらかと言うと女の子達が可愛いパジャマを着てた。まあ、息子が喜んでたから良いんだけど、、、。ちなみに今日は先生の半数がパジャマを着てた。わざとらしく「あれ、いま起きたのですか?」と言おうとおもったが、止めといた。

crazyhair.JPGそんで、明日木曜日はクレイジー・ヘアーの日、ようは面白い髪型で登校しろって事なんだけど、髪の毛の短いうちの息子が出来るオモロい髪型なんて、殆どないんじゃい!取りあえずハードなスタイリング・ジェル買ったけど、ええ加減にしてくれーっ。

最終日はスクール・Tシャツの日。入学と同時にスクールTシャツ(無料ではなく、有料で、欲しい数だけ注文するシステム)をオーダーしたのに、全然手元に届かないので、どうなっただろうと思ってたら、今日ようやく貰えた。Tシャツは絶対購入する必要な無く、オプショナルなんだけど、こういうイベントを作って、買わざる得ない状況に持ち込む学校の力技はあっぱれである。

2009年09月21日

「初体験&肉体改造計画最終章」

durango918.JPGいや〜〜、なんだか、あっと言う間に過ぎた一日でした。息子を幼稚園へ送った後、一旦家へ帰り、壊れた窓のレギュレーター(窓を上げ下げする部品)を直すため、嫁の車を修理工場へ。ついでにオイルチェンジもお願いしました。


車を預け、徒歩で家に帰り、朝ご飯を食べた後、日立原稿用に午前10時半から友人の運営するアクティビティー「standup paddle /スタンダップ・パドル」を取材する予定だったのですが、昨日の夜、息子の幼稚園が秋休みに入る10月の第一週に実家(カリフォルニア)へ帰ろうかと言う事に成ったので、10時半の取材前に馴染みの旅行会社へ行き、航空券の値段や空き状況を確認しに行きました。

旅行会社で提示された金額は予想を遥かに上回る金額でビックリしたのですが、滞在中はレンタカーをせず、実家に有る親父の車を使うなどして、少しでも滞在費を浮かせれば何とか成りそう、、、かも。

で、旅行会社を出たのが午前10時15分。急いでアラモアナ・ビーチへ向かい、ギリギリ10時半に到着すると、偶然にも日頃から現場でご一緒させてもらってるベテラン・コーディネーターさんが!詳しくはこの日スタンダップ・パドルのいろはを教えて貰った「タカシ先生のサイト」に掲載してありますのでご覧下さい。

今回初めてスタンダップ・パドルを体験したのですが、結論は「面白い!!!」板が大きいので誰でも倒れる事無く乗れるし、サーフィンをしない僕は沖から遠く離れたビーチを眺めるだけで、魚の気分を味わえた。余りにも楽しくて、時間を忘れ、岸に戻ったら午後1時半。(3時間もやってた!)慌てて家に帰り、嫁を連れて、息子を迎えに幼稚園へ。

息子を迎え、幼稚園から帰ってくる途中、タイミング良く修理工場から「車直りました」の連絡を受けたので、そのまま修理工場へ行き、2台で連なって帰って来た。(修理代$370は思わぬ出費でした、、。)

これでようやく落ち着けるかと思ったのですが、嫁の車の窓が上がらずにいた期間、雨が車内に入ってはイケナイと思い、ゴミ袋をテープで止めてたのですが、3日間もそのままにしたせいで、テープの粘着部分が昼間の太陽の熱で溶けて、ボディーに強力に付着してしまい、全然取れない!=洗車するハメに。

しかし、既に車体の一部と化した説着剤は全然取れず、大苦戦!一時間半程頑張りましたが、それでも30%は残ってしまいました。しばらくしたら、取れるのかな、、???

駐車場から部屋を戻ると既に午後5時。朝のスタンダップ・パドルで海水に浸かり、いい加減シャワーに入りたいと思ってたのに、今度は急な仕事の電話が幾つかかかってきたりと全然落ち着けない。息子を風呂に入れ、ディナーを食べ、息子を寝かしつけ、あっという間に午後8時半。イベントの多かった一日がようやく終わりました。
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肉体改造計画ですが、頂いた1週間無料体験クーポンをズボンに入れたまま洗濯してしまい、the end。車の修理、カリフォルニアへの旅行など、ここんところ出費が多いので、諸々が落ち着いたら正式に会員に成りたいと思う。ちなみに今日3時間遊んだスタンダップ・パドルがかなりのトレーニングに成ったようで、今日も腕が筋肉痛です。

2009年09月19日

「肉体改造計画PART3」

肉体改造計画3日目。地獄です。両腕と胸板辺りに強烈な傷みが有り、腕を肩以上の高さに上げると激痛が走るので、今日は髪の毛をかき上げる事も大きな苦痛を伴う一日でした。

当然体は激だるで、ジムへ行く気にも成りませんでした。そんな訳で今日は何もする気にならず、午前中はネットで筋力トレーニングに関するサイトを見てたのですが、幾つかのサイトを見て判った事は、筋肉が痛いのは組織が破壊され、再生してると言う事。(筋肉が再生する時は以前より強く成って再生されるらしい)。

そして、筋肉が痛いのに休まず毎日やると筋肉が育つ期間が無く、最終的には筋肉を痛める事に成るそうです。上手く筋肉を育てるには、毎日トレーニングせず、1日〜2日おきにやるのが効果的みたいです。おーっ!良かった!この傷みには意味が有ったんだね〜っ。

又、トレーニング方法についても色々調べたのですが、軽いウェイトで何回もワークアウトするのは持久力、スタミナを高めるが、筋肉の肥大は余り無く、筋肉を大きくしたければ、限界手前のウェイトで短めのセットを6〜8回やるのが効果的だと書いてあった。

そんな訳で午前中は近所に買い物へ出たくらいで、のんびりと過ごし、午後3時からはハワイ・カイにあるスケートボード・パークで行われた知人の誕生日パーティーに行って来た。パーティーには2月以来会ってなかったコーディネーターも来てて、懐かしい再会も出来ました。

明日は日曜日で息子が休みなので、ジムに行くかどうか判りませんが、月曜日は必ず行きます!

2009年09月18日

「肉体改造計画PART2」

今朝はかなりのダメージが体に現れるのを覚悟の起床でしたが、体の芯に確かな筋肉痛を感じるもの、意外とダメージは無い。これはイケルかも!

息子を幼稚園へ送り、一旦家で朝ご飯を食べた後、僕は昨日と同様徒歩でジムへと向かった。受付にはこれまで見た事が無い人が居ましたが「体験期間中です」と説明すると、すぐにジム内へと通してもらえた。

昨日でマシンの使い方は有る程度覚えたので、今日はその中から気に入った6台程のマシンを使いワークアウト。

時間帯のせいか60才以上の定年退職者が多く見受けられた。彼等は毎日来てるのだろうけど、皆テンポ良く、マシンからマシンへ移動し、ワークアウトをしてた。

そんな中、べンチ・プレス・エリアでバーベルを持ち上げる60代後半の女性が目に入った。チワワのように意味なく小刻みに震える細腕で何度もバーベルを持ち上げるその姿は感動的でも有り、ジム内から自然と拍手喝采が沸き起こりそうな雰囲気すらあった。

ワークアウトを終え、ベンチ・ラックにバーベルを休ませた直後、緊張の糸が途切れたのか、老婆はベンチに寝たまま、両手をだらりと落とし、たった今成し遂げた前人未到の快挙を「マトリックス避け」の状態で酔いしれてたのが印象的でした。
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この日歴史的瞬間をジムで垣間みた僕は、見も心も開花されたような満足感でジムを後にした。 (肉体改造計画PART3へと続く、、)

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昨日の夕方、嫁の車のパワーウィンドーが上がらなく成った(なんと4回目!)直ぐに修理工場へアポ取りの電話を入れたのですが、月曜日まで空きがないとの事。雨などの侵入を防ぐ為に黒いゴミ袋を貼付けたのだが、その為サイド・ミラーなども見えないので、月曜日迄我が家はGMCトラック1台体制です。

2009年09月17日

「肉体改造計画開始」

近所の激安ジムで昨日から1週間の無料体験期間を頂いたのですが、仕事明けの昨日はクタクタで、とても鉄アレイなんか持つ気に成らず、その日は挫折したのですが、今日はだらけた体にムチを打ち、根性で初ジム決行してきました。

転校生が初めてクラスに行く様なちょっぴり緊張した面持ちで入り口を入ると受付には誰も居ない。そのままジム内に入って良いのか判らず、キョロキョロしてると、ジムのスタッフらしい人を見つけた。「昨日から1週間無料体験をさせてもらう約束だった者です」と伝えると「ok、どうぞ」と一切ジムの説明も無くイキナリ放し飼い。

しょうがないので、単独でジム内をウロウロしたのですが、ワークアウトをしてる人達はジャージにトレーナーといかにジムに来てます的なルックス。普段履く様な短パンにバックパックを背負ったのは僕のみ。当然好奇の目のターゲットと化し、ワークアウト前に一汗かいてしまいました。

先ずはバックパックをどうにかせねばと、先ほどのスタッフの人にロッカーが有るか聞くと、「地下にあるよ」との事。階段を降りて地下に降りて行くと、確かに有りました。が、空いてるロッカーには鍵が付いてない。

鍵のかかってるロッカーにはそれぞれ違う南京錠がかかってる所をみると、どうやら自分で南京錠を持って来るシステムらしい。初日だった為、当然そのような物を持ち合わせてなかった僕は終始荷物(バックパック)を持ち歩くハメに成りました。

ジム内には色んな筋力トレーニング・マシンが有ったのですが、一切の説明も無いので、それらマシンをどのように使って良いか判らず、熱狂的なアイドルのファンが、運良く目当てのタレントの楽屋に忍び込んだ以上に挙動不審な動きをしながら、何とか使い方が判るマシンに腰を落ち着け、悲願のワークアウト開始!

ワークアウト中は回りを観察し、各マシンの使い方を暗記。「頼むから初日くらいはトレーナー付けてくれよーーぅ!」。見よう見まねで何とか5〜6個のマシンを使いこなし約50分程でワークアウトを終了。

徒歩でジムから一旦帰宅し、次はトラックに乗り込みアラモアナ・ビーチへ向かいました。そう、次は水泳。今日は一人トライアスロンです!ビーチにはボディーボードを持って行き、意味なく何度も岸と沖をパドリングで往復。「おいらはパドラー、やくざなパドラ〜、」ドラマーじゃーい!!!!(一人ボケ&突っ込みbyアロハを呼ぶ男)

で、小一時間程ビーチでの自己満足トレーニングを終え帰宅。シャワーに入り、ようやく落ち着いたのが昼12時半。けっこう運動した割にはダメージは無く、明日から毎日このメニューをこなせるかも、、と思ってたのですが、現在午後9時。手が肩以上の高さに上げれません。腕に1キロ位の鉄アレイを付けてる様な感じです。明日の朝にはこの症状がどのような成ってるか判りませんが、明日も今日と同じメニューをこなすつもりです!やるぞーぅ!

2009年09月15日

「9/10〜9/15」

9月10日からアメリカ軍基地内で行われた日本のロックバンドのコンサートで働いていましたが、今日スタッフ&バンドを送り出し、現場を終えました。久しぶりの音楽の現場は楽しく、日本から持ち込まれた最新機材も興味深かったです。
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写真は基地内へと続く橋。この橋を渡る度に厳重なチェックを受けるのです。
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スタッフとバンドの送り出しが昼だったので、午後1時から日立用原稿用にアラモアナ・ビーチにて最近人気のスタンダップ・パドル(大きなサーフボードのような板に立ち、パドルで漕ぐマリン・スポーツ)の取材をしようと思ったのですが、時間が遅く成った事と、連日の睡眠不足で、とてもマリン・スポーツを堪能出来る状態では無かったので、キャンセルし、別の日に取材させて貰う事にした。
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8/8にタバコを止めてから明らかに体調が良い。よい機会なので年齢と共にたるみきったこの体にムチを打つべくジムへ行く事を決意。リサーチした結果、近所に激安の所を見つけたので、明日から1週間無料体験入門をさせて貰う事にした。
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仕事中、息子の幼稚園への送り迎えは全て嫁がやってたのですが、先週末に一度先生に注意されたが、ココ数日は何も言われてないとの事。息子は少しずつ学校のルールを理解し、対応出来てるのかもしれません。

2009年09月11日

「9/11」

今日は9月11日。2001年に起きたテロから丸8年目。

アメリカ内部説も沢山聞く、謎の多い事件ですが、命を落とした多くの人のご冥福を祈りたい。
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2009年09月09日

「幼稚園奮闘記」

幼稚園で息子が連日小さな問題を起こし、先週と今週は毎日放課後に先生に呼び止められて報告を受けています。

問題のレベルは大きな事から小さな事と様々ですが、僕個人の見解を言わせて貰えれば、今回息子がやった事はどれも大した事で無い。しかし、決められたルールの上で集団で学ぶ事を教える幼稚園ではどんな小さな事でも許される事はなく、それら問題を改善するために親も出来る事をやらねば成りません。

唯一の救いは息子が「毎日怒られるので幼稚園へいきたく無い」と言い出してない事だろうか。息子は怒られた事に対しては意外と気にしていないのか、放課後もいつも元気。

数日前に迎えに行った時などは「今日はね、そんなに怒られなかった!」と笑顔。当然この時も先生に呼び止められ、その日起こした問題を聞かされたのだが、この時の笑顔は本当に最高だった。

息子が起した問題は我が家では問題視されていない事ばかり。なのに幼稚園では禁止されてるので、きっと今は息子も困惑してると思うが、少しずつ直して、今の学校に馴染むように説明し続けるしかない。先生の言ってる事は細かい気もするが、冷静に考えるとあってるから。

2009年09月02日

「おっちゃんのちょっとええ話2009年/終夏」

今から2ヶ月程前に成るでしょうか、、。僕のサイトを通して一通のメールが届きました。メールは、アメリカの高校を卒業し、東京へ引っ越す前に一時期(半年程)広島で暮らしてた時代の僕を知る女性からでした。

当時彼女は僕の友人と付き合ってたようで、その友人と共に僕の家へも遊びに来たらしく、僕は彼女の事を思い出せなかったのですが、メールには当時の僕に直接会った人しか知り得ない事が幾つも明記してあった。

奇しくも半年程前、この女性が当時付き合ってた友人が実に20数年ぶりに連絡して来た。彼は20年程前からサンフランシスコに住んでるのですが、久しぶりに広島の実家へ帰った際、共通の友人から僕がハワイに居る事と、僕の携帯電話の番号を聞いたらしく、ハワイ島へ家族で旅行へ行った際に連絡して来たのです。

しかし、この時、彼等はハワイ島のみに滞在し、帰りもハワイ島からサンフランシスコへダイレクトで戻ったので、会う事は出来なかったのですが、向こうの携帯電話番号を聞き、次回の再会へと繋げた。

17歳の残像しか記憶に無い友人の電話の声が、すっかり普通のオッさんに成ってたのは、よく考えれば当たり前だけど不思議な感じがしたが、その3〜4ヶ月後に今度はその友人の昔のガールフレンドから連絡が来るのはそれ以上に不思議な何かを感じた。違う言い方をすると、二人は再会すべき二人だったのかもしれないと思った。

しかも、この話が更に面白いのはなんと彼女も既にアメリカの東海岸で20年近く暮らしており、10代の頃に広島の小さな村で会ってた3人全員がその後アメリカに渡り、今では「ハワイ」、「カリフォルニア」、「東海岸」と全米に広がり生息してたのです。絶命したと思ってたツチノコを一気に3匹も見つける様なミラクルではないだろうか。

さて、話しを戻すが、彼女からのメールを貰った後、僕は彼女が当日付き合ってた友人も少し前に連絡して来て、現在はアメリカに居る事と、友人のメールアドレスを教えた。

そして数週間後の昨日、サンフランシスコの友人からメールが来て「彼女と連絡が取れ、懐かしい話が沢山出来た、ありがとう!」という内容のメールが来た。短い文面だが、読みかけのまま無くした本をやっと見つけたような友人の気持ちを感じた。若かった時代を懐かしむ二人の楽しそうな姿を想像しながら今夜は乾杯したい。

cheers!

2009年08月31日

「病院へ」

少し前に咳が止まらなく成ったと書いたのを覚えていらっしゃるでしょうか?その時は乳児のように2日連続二桁睡眠を決め込んだお陰か、すぐに峠は越せたのですが、喉への傷みはまったく無いものの、未だに時々咳がでるので、今日は病院へ行って来ました。
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診察の結果は「何かに対するアレルギーかもしれない」との事。完全に直したいのでアレルギ−用の薬を出してもらう事にしました。

又、今年の2月、腹痛が治まらず、ロサンゼルスへ行く前に血液検査を受けた際、コレストロールも血圧も高めだったので、それらに関する質問もしたのですが、食生活と遺伝(親父が高血圧保持者)らしく、しばらくは塩分を抑える食生活と少し運動をするようにと言われました。

8月8日にタバコを止め、気のせいかそれだけで体力がアップしたような気がしてた今日この頃。よい機会ので今後はジムにでも通おうかと思っています。

2009年08月28日

「ロケ終了したんだけど、なんだかバタバタした休み初日」

24日から雇用されてたアイドルのDVD撮影が昨日(深夜)ようやく終わりました。移動(ロケーション)の多い現場でしたが、そのわりには大きな問題も無く、天気にも比較的恵まれ、予定通り無事全行程を撮り終える事が出来ました。

そんな訳で今日は5日ぶりの休みだったのですが、のんびり寝てる訳にも行きません。朝6時に起床し、息子を幼稚園へ。既に2週間通い、幼稚園に馴染んでるはずので息子ですが、到着してすぐ、クラスメイトと軽い言い合いに成り、そのまま人間ナイアガラ(号泣)。

どうして良いか判らなかったのですが、先生に「すぐ泣き止むと思います」と言われたので、全身で泣いてる息子を振り切り、学校を後にしました。

学校から一旦家へ帰り、朝ご飯も食べずに、トラックに乗り換え、月末締め原稿用の写真を撮る為にワイマナロへ。
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のんびり海沿いを走ったので、40分程かかりましたが、午前9時半にはワイマナロ(横綱曙の故郷)に有る広大な農地に到着できました。
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ロケ地に着いて、なにげにトラックを停めたのですが、妙に様に成っています。やはり「トラック=農地」なんでしょうか?

必要な写真を撮り、家に帰ったのは午前10時半。この時点で目が回る位お腹が減ってたので、朝ご飯を食べ、その後は昨日迄のロケの精算。ようやく落ち着けたのが昼12時でした。

本来ならその足で精算した経費を届けるべきなのですが、連日の4〜5時間睡眠からのダメージが蓄積された体は反抗期の中学生以上に言う事を聞いてくれず、そのまま余生を楽しむ爺さんのように昼寝タイムの突入〜っ。

ーーーー午後1時半起床ーーーーーー

午後2時15分に息子が幼稚園を終えるので、身支度を整え、幼稚園へ。

朝一で魅せた「ハードな男泣き」が嘘のように晴れやかでご機嫌な息子様を連れて一旦帰宅。しかし、今日はここで終わらん!午後5時から幼稚園で保護者と園児の親睦会があるので、余りのんびりしてられないのだ。

家に帰り、息子のポケモン遊びに1時間付き合わされた後、再び幼稚園へ。

親睦会は息子のクラスだけかと思ったら、新しく入園した園児全員が呼ばれてたみたいで、会場と成った学校のカフェテリアには園児&保護者で100人以上が居て、デパートの新春大売り出し状態。

園児と保護者合同でビンゴやボール投げなどの簡単なゲームで和んだ後は、息子が仲良くしてる友達の保護者達に直接逢い、ご挨拶とお話をさせて貰え、疲れたけど楽しい時間を過ごせました。

親睦会を終え、家に帰ったのは午後7時半。子守唄を聞かせたら歌前のイントロ部分で寝てしまいそうな息子を無理矢理風呂に入れ、午後9時ようやく息子様の就寝完了。

明日は精算した経費を届け、原稿用にワイキキのオーシャン・フェス(サーフィンの神様デューク・カハナモクを祝う祭典)を取材するつもりです。

それじゃおやすみ〜〜っ。

2009年08月23日

「今週末」

先週の月曜日から息子が新しい幼稚園に通う様に成り、新しい環境に馴染むのにどれだけの日数がかかるか心配してたのですが、ほとんどぐずる事なく無事に1週間を乗り切ってくれました。

幼稚園ではおやつタイムで飲むジュース代を自分で払ったり、トレイに載ったランチを園児自らバランスを取りながら自席迄運んだりと、絶対に家ではやらない事をやらされてるようですが、取りあえず一通り出来てるようです。

息子が幼稚園へ行ってる間に出来る6時間半の自由時間を有効に使うべく、僕は連日原稿を書いたりしています。明日からから4日間のロケがあるので、それまで全てを完成させたかったのですが、どうやら無理そうで、月末ギリギリ迄やらないとダメみたいです。
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息子は最近手に入れたボーリングのオモチャで遊ぶ際、コーヒー・テーブルの上にピンを並べるのですが、ボールが当たるとあちこちにピンが飛んで行き、後で探すのが面倒なので、写真のように手短かに有るものでバリケードを作り、ボールもピンもテーブルから落ちないように細工してた。(注:ピンをまだ綺麗に並べる事が出来ないので僕か嫁がアシストしています)
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クレバーに道具を使う事を覚え、知能レベルではチンパジーを越えたようです。

特筆したいのはナエトル(ポケット・モンスターに出て来るキャラクターで頭の上に苗のような物が付いてる亀。喋り声は「ナエ〜」)が壁の一部に使われた事。「何でナエトルなの?」と聞いてみた所、「体が固いから」だって。
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最近購入したネックレス。当ブログでもご紹介したので、覚えてる方も居ると思いますが、購入時は眩しい位ピカピカで直視するにはサングラスが必要だったネックレスが、今では写真のように真っ黒!
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しかもこんな色に成ったのは最近では無く、購入後2日目にはこの状態に成った。シルバーってこんなに早くムラなく黒ずんだっけ?まるで沈没船の中から見つけた錆び付いた金属製のチェーンのように見えるが、しょうがないのでこのまま使用。
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週末最終日の今日(日曜日)。午後3時頃、夕ご飯何にしようか嫁と考えてたら、先月末に納品した対訳原稿が編集された番組のdvdと共にウナギがFEDEXで届いた!
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今晩のディナーはウナギに決定〜〜〜っ。

2009年08月20日

「びっくりした瞬間」






知らん間に、、、、、


















自分が、、、、、、、


















バカボンのパパより年食ってる事に気が付いた時!!!!
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2009年08月18日

「幼稚園/風邪/原稿」

月曜日から息子が幼稚園へ通い始めました。6月末に保育園を卒業してから2ヶ月程遊んでたので、再び英語のみの環境にどう反応するか気がかりだったのですが、2日目を終えた今日、ぐずる事も無く幼稚園へ行くのでどうやら大丈夫そうです。
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息子が涙ぐましく頑張ってる中、親父の僕はトンでもない破壊力の風邪をひいてしまい、昨日の朝から咳が止まらなく成った!咳をする度に殻付きのウニを吐き出す様な傷みが喉を走り、一時は新型のインフルエンザかと思ったのですが、2日間程寝室にこもり(家族に移さないように)ビタミンと風邪薬の過剰摂取で無事復活。明日からは又息子の送迎に勤しみたいと思っております。
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月末も迫って来た=毎月の原稿の締め切りも迫って来た。25日からはロケなので、それまでに全てを終わらせたい。明日からネタ探し&原稿書きを頑張ろうと思っています。

2009年08月15日

「★ 祝700回目のエントリー」

8月3日から2本連続でロケに出てたのですが、どっちの現場も急な変更やリクエストが多く、タスク・レベルとしては、もの忘れのひどい老人ときっちり約束事を取り付ける以上に疲れました。

特に2本目のロケは、まったく言葉の通じない外国人スタッフとのロケで、それだけでも大変なのに、スケジュールの変更が信じられな程多く、又、撮影に関してまったく知識の無い通訳さんを間に置いてコミニュケーションせねば成らず、これらは糸電話で日本〜ハワイ間を繋げ、大事な用件を正確に伝える以上に難易度が高かったです。

異国の人達と現場では、根本的な考え方の違い、最低限のモラルやマナーの解釈の違いを目の当たりにした。良い事もあれば悪い事もあったが、全部含めて良い経験に成った気がします。
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月曜日から息子が新しい幼稚園に通い始めます。先日行われた説明会では「園児が新しい環境に馴染むのに1ヶ月程はかかると思います」と言われた。今年の6月末に保育園を卒業後1ヶ月間日本へ里帰りし、帰って来てからも、サマー・スクールにも行かず、日本語を話す友達とばかり遊んでる息子が再び100%英語の環境に適応するには1ヶ月で足りるか疑問ですが、少なくとも1年通った保育園での経験が彼を助けてくれるのではないかと思っています。
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夜は家族で盆踊りを見に行きました。
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下駄の代わりにゴム草履を履き、Tシャツの上から安旅館の浴衣のような物を羽織って踊るローカルの中途半端さを初めて見た時は笑って良いのか、悲しむべきなのか判らなかったのですが、ハワイに来て間もなく10年。今では普通〜に見れるようになりましたです。

2009年08月05日

「ロケ続いてます」

ロケが始まって3日目。連日スタート時間が比較的遅めなので、肉体的な疲れはありませんが、20年程前に神奈川県の安アパートから夜逃げした僕の知人にそっくりなディレクターさんからの急な変更やリクエストが多く、そういう部分では少し気を使っています。

今日、一番最初の撮影はイオラニ宮殿でした。過去に何度か撮影で訪れた事はありますが、ハワイに住んでまもなく10年に成るのに、未だに一度も中へ入った事がありません。

この日、撮影に関する質問に答えてくれたガイドさんから、色々興味深い話しを伺い、今度時間の有る時に家族で行ってみたいと思いました。
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ロケも後2日、頑張って来ますです。

+☆*:*++*☆ morty *++☆*:*++*☆

2009年07月30日

「アクセサリー」

長い間愛用してたココペリのネックレスの鎖部分を息子と遊んでる時に引きちぎられたのが2週間前。

ネックレスを購入したカイムキのインディアン・ジュエリーの店へ行き、同じ様な物が無いか問い合わせた所、在庫は無いがオーダーすれば2週間程で入ると言われたので、取り寄せてもらう事にした。

そして昨日ようやくネックレスが何本か入荷したとの連絡を貰い、新しいネックレスを購入した。普段ネックレスにサングラスなどを引っ掛けたりするので、一番丈夫そうで太めの物を選んだのだが、どうでしょう?新品なので、妙にピカピカしてるように見えますが、すぐに馴染むと思います。
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ついでにご紹介したいのは、最近購入した時計。ご覧の通りドクロをモチーフにしたハードロック使用。ドクロの顔部分が開き、中の時計が見れる仕組み。

サーフ系の物は多いのに、ロック系の物は無いに等しいハワイ。ずっとこのような厳つい時計を探してたのだが、見つからず、最後はロサンゼルスに有るロック用品の店が出してるサイトで購入した。

このドクロ時計、凄く気に入ってるんだけど、防水かどうか定かではないので、ロケに付けて行くのは止めようと思っていますがプライベートでは活躍してくれそうです。それにしてもインターネットってほんとに便利だよね〜〜。

2009年07月29日

「久しぶりのロケ」

先週の初めに大容量の対訳を終え、その後は比較的のんびりと暮らしてたのですが、今週から何だかにわかに忙しく成って来ました。

8月3日から2本連続でロケの仕事が入り、それらの仕込み部分も少し手伝う事に成った事と、日曜日(26日)に日本から友人が家族でハワイを訪れており、彼等と何度か会ったりしてるからなのですが、31日には息子を新しく通わせる保育園での面接も有るので、8月3日迄はあっと言う間に過ぎそうです。

長いロケに成りますが、長くつづいた休みで、体力も十分あるので、今はロケが始めるのが楽しみでもあります。

2009年07月21日

「これから」

長くやってた対訳の仕事が今日ようやく終わりました。思えば7月前半から着手してたので、2週間以上かかった計算になります。

英語に直訳すると、言い回しが変だったりした部分は、映像に合わせて自ら原稿を作らなければ成らない所も多かったのが時間がかかった一番の原因なのですが、取りあえず満足のゆく物が作れ、今はホッとしています。

連日キーボードを叩いてたので、一日の終わりにはサイトを更新する余力など無く、サイトを閉めようか考えてると発言してから3回しか更新出来ませんでしたが、色々考え、今後はもう少しだけ続けてみようと思います。

当時の書き込みでも言いましたが、当サイトを止めようと思った一番の原因は「せっかく友人が無料でサーバーを貸してくれてるのに、やる気が無く、ダラダラやってるのなら、止めるか、何処かの無料ブログで十分じゃないか」と思ったからです。

今回の件で沢山の方からメールやコメントを頂けたのは嬉しかったし、「あんた見てたんですか?」という人も居て、嬉しい驚きも有った。

今後もう少し続けてみて、やってて本当につまらなく成ったら、その時にもう一度判断したいと思っていますが、せっかくなので今日はそんな我がサイトを7年以上もスポンサーしてくれてる非常に有りがたい友人の事を少し語らせて頂こうと思う。

カリフォルニアの高校を卒業し、一旦広島で生活してた母親の所に身を寄せてた僕は、本格的にミュージシャンを目指すため、半年後には東京へ引っ越した。東高円寺という場所にアパートを借りて、生まれて初めての一人暮らしを始めたのです。

東京へ引っ越して3か月が経ったある日の午前1時過ぎ、、、

僕のアパートのドアをノックする音が。

当時まだ東京に一人も知り合いが居なかった僕は一瞬耳を疑ったが、しばらくすると、又ノックが、、、。

恐る恐るドアを開けると、そこには半年間の広島生活で知り合った同じくプロ・ミュージシャンを目指してた友人(のちに当サイトのメイン・スポンサーに成る男)がベース・ギターに小さなバックパック一つ背負って立ってた。

当時、金の無かった友人は、何と広島から長距離トラックを何台もヒッチハイクで乗り継ぎ、東京迄やってた来たのだ。

そんな訳でその日から二人の生活がスタートしたのだが、その後、彼は音楽の世界から去り、実業家への道を進んだ。ベースギターに着替え2着のみで東京へ来たその男は持ち前のハングリー精神で、会社を経営する所まで上り詰め、世で言う安定した生活を手に入れたのです。

それからさらに17年後の1999年。音楽業界で残りの人生を過ごすべきか、別の人生を探すべきか考えてた僕と同時期、友人も長年積もった仕事への情熱の内容低下を一掃するべく、完全に軌道に乗ってた会社をたたみ、新しいチャレンジに踏み出した。

友人は新しいビジネスの為の下見と準備を兼ねてアメリカへ。偶然にも同じ時期、南カリフォルニアの実家に滞在してた僕も通訳として彼に同行する事に成った。そこでの下見とミーティングで、ビジネスの手応えを感じた彼は、持ってた物全てを新会社に次つぎ込み、10年後の今、会社を軌道に乗せ、再び安定した生活を手に入れたのです。

同じ10年前に一からのスタート切った僕との差に、自分の技量をむなしく痛感する反面、友人の人生を切り開くパワーにはいつも感化されます。この場を借りて「いつもありがとう」と言いたい。

当サイト、リンク部分の一番下にひっそりと張られてるのがその彼の会社で、スケートボードの販売をしています。絶対に安心して勧められる会社なので、スケートボードの購入などを考えてる方は是非どうぞ。mortyhawaiiの紹介です!と言えば、何かオマケでもくれるかも、、、。

2009年07月19日

「原稿書きの日々」

皆様 お久しぶりです。いかがお過ごしでしょうか?

僕のほうは、果てしなく感じた大量の対訳原稿を7割程終わらせ、何とかゴールも見えて来て、ようやく気分的に少し楽に成った所です。

原稿に向かう日々の合間に、単発の仕事も2つこなしたのですが、2日前に依頼された仕事は完全な張り込みで、気分は新米デカ。

依頼されたターゲットの写真を撮る為、カメラマンと二人、息を殺して車の中で数時間張り込んだのですが、偶然にもいろんな要素が全て上手く噛み合い、良い写真が撮れたのは幸いでした。
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今週中に全ての原稿を書き上げないとイケナイので、今週も「原稿書き週間」に成りそうです。皆さんは今年の夏をどのように過ごされてるのでしょうか?

2009年07月13日

「ALOHA OE MY FRIEND」

昨日は先月末に亡くなったハワイ撮影関係者を偲ぶセレモニーに参加してきました。

午前6時半。会場と成った故人の家へ。多くの撮影関係者がボランティアで手伝った事と、前日に全ての椅子やテーブル、テントなどを運び込んでた為、午前10時前には会場の設営を終える事が出来ました。

亡くなった方は生前「パラ・グライディング」を趣味にしてたようで、この日の昼前には故人の遺灰の一部とレイがパラグライダー仲間の手によりハワイの空から海へと撒かれた。

遺灰を撒くパラグライダーが空へ上がる前、友人数名からの挨拶があったのですが、彼等の悲しみが伝わるスピーチは聞いててかなり辛かったです。

そして30分後、気流に乗り、少しずつ高度を上げ、ハワイの空へと舞い上ったパラグライダー。
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青い海の上へ辿り着いた時、地上のトランシーバーに「ALOHA OE MY FRIEND (愛する友よ、さようなら)」とのメッセージが届き、遺灰は撒かれ、レイの投下は肉眼でも確認出来ました。

僕は母親を15年以上も前に亡くしましたが、今でも遺灰の一部を持っています。今回の件で、生前ハワイが好きだった母親が「死んだらハワイに海に遺灰を撒いて欲しい」と言ってたのを思い出した。今度時間がある時に嫁と息子を連れて、15年間持ち続けて来た母親の遺灰をハワイの海に撒きに行きたいと思う。

2009年07月11日

「セレモニー」

嫁と息子が8日に帰って来てからは、一日が早く過ぎてる感じがします。

前回のハワイ島ロケ初日のディナーの席で、いつも現場で一緒に働いてるハワイの撮影スタッフが亡くなったと聞かされました。

明日、故人の家で、撮影関係者が集まり、最後のセレモニーを行う事に成り、今日は仕込み部分の設営を手伝いました。

明日は朝6時半から本格的な設営と、午後からはセレモニー、そして夕方から片付けを手伝うので、長い一日に成りそうです。

この年に成ると結婚式に呼ばれるより、葬式に参列する事のほうが多く成りますが、その都度自分の人生を振り返り、悔いなく毎日を行きて来たか自問します。

2009年07月05日

「今後、、、」

先週くらいからこのブログサイトを止めようかと考え始めています。長くやって来たのですが、思ってる様な成果も出ず、コンテンツを充実させる気力が自分に無くなって来てるような気がするからです。

このサイトを始めた当初の目標はこのブログサイトを何らかの仕事(特に出版関係)に繋げたかったからであり、実際にその目標は日立さんのサイトに原稿を書かせて頂く事により、取りあえず達成する事は出来ましたが、それ以上の展開を得るには、サイトの中にそのまま本や雑誌に丸ごと掲載出来る様な面白いコンテンツや企画が無いと何処にも行けないのが長くやって来て判りました。

このブログサイトを始める前にやってた僕の会社のサイトを含め、今日迄ずっと無料でサーバーを貸してくれてる友人に対しても申し訳ない気持ちが蓄積し、たまらず先日彼と連絡を取り、今の僕の気持ちを伝えたところ、「サーバーの事は気にしなくていい。好きなだけやってくれ」と言って貰え、少し気持ちは楽に成ったのですが、モチベーションは上がらず、どうして良いか判らないのが現状です。

そんな中、昨日は独立記念日でした。アラモアナでは花火も上がり、前日からの徹夜組も含め、多くの人が楽しんだ模様です。この日僕は何をしてたかと言うと、自宅で地味に対訳の仕事に勤しんでいました。ロケの仕事が激減してる今、このような仕事を貰えたのはラッキー極まりなく、結構な量もあるんですが、幸い時間も沢山あるので、じっくり取り込む事が出来そうです。

数日前に終えたロケで、又、オアフ島に帰って来てから話した何人かのコーディネーター達からは、依然と続く暗く終わりの見えない長いトンネルに対する不安の声しか聞く事が出来ず、ハワイ撮影業界の現状は2001年のテロ後と同じ位ドン底かも知れませんが、このような時でもチャンスは有ると思うので、それらに気づける自分で居たいと思います。

2009年07月03日

「オアフ島へ戻って来ました」

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6月28日から仕事でハワイ島へ行ってて、昨日の夕方帰って来ました。

毎度の事ですが、ハワイ島は島自体が大きいので、いつものロケの倍は運転する事になり、それだけで疲れてしまいます。今回もホテルからロケ地迄、片道1時間半の運転でした。(往復3時間)

しかし、天気は最高に良くて、全行程をスケジユール通りにこなす事が出来ました。その為、日焼け止めを塗ってたのに関わらず、顔面を黒こげにしてしまい、今は皮も剥がれ始めて凄く汚い感じです。

今日はこれからロケの「せいさん」をして、午後からは家でゆっくりするつもりです。

2009年06月26日

「友人との数日」

24日から日本の友人が泊まり込んでおり、連日ロケより忙しい日々を過ごしています。

昨日は日帰りでハワイ島を訪れたのですが、コナからサドル・ロードを使って火山公園迄移動。その後は海沿いにホノカア、ワイメア、ワイコロアと8時間以上運転して午後8時にコナに帰って来て、そのまま午後8時50分初の飛行機に飛び乗り、オアフ島に着いたのが午後9時半、家に帰ったのは午後10時でした。

8時間に及ぶ運転のダメージからか、今朝は全然起きれず、午前10時にようやく活動開始。友人の為に最新型の-phone3GSを契約し、レンタカーを借りて、ノースショアへ行き、家に帰ったのは午後5時。2日連続のハード・スケジュールに疲れきり、この日の夜は外出せず、我が家でアヒポケを食べて終わり。
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友人は30日まで滞在するのですが、明後日(28日)から僕がロケでハワイ島へ移動し、7月2日まで帰ってこないので、(その間友人は我が家で一人暮らし)友人と一緒に過ごせるのは明日が最後。

そんな訳で明日一日もあちこち動き回りますが、最近結婚し、嫁が妊娠した為、今後しばらくハワイを訪れる事が難しく成るで有ろう友人がこの度の滞在を楽しんでくれればと思います。

2009年06月22日

「多くを学んだ現場」

18日から雇用されてた現場が今日で終わり、緊張が解けた今は抜け殻状態です。

ルックスのせいか、タレント付きに成る事は殆どなく、現場では制作回りの担当に成る事が多い僕にしてはめずらしく、今回の現場ではタレントさん担当のコーディネーターだったのですが、タレントさん(超大御所の俳優さん)が、とても、とても、とても良い人で、凄く楽しい時間を過ごせただけでは無く、連日の食事タイムや移動中での会話からは、一人の男として、多くの事を学ばせて頂く事が出来ました。

大人のエロスを絶妙な割合で持ち合わせてた俳優さんは、年を重ねるに辺り、「あの人のように成りたい」と目標に出来る人が居なく成ってた僕の大きな目標に成りました。ご一緒させて頂いた間にはプライベートの話も沢山させて頂き、自分がこれから年を食って行く過程で、どう処理(消化)して判らなかった幾つかの課題がクリアに成ったような気もします。

最終日、空港へ向かう途中、僕に子供が居ると知った彼は、別れ際の握手の際「これで子供に何か買ってあげて」と、半年分のオモチャが買える金額を持たせてくれた。街を歩いてても、レストランで食事してても、ファンに声をかけられたら、一人一人丁寧に対応し、笑顔で写真撮影にも応対してた俳優さんのフレンドリーなスタンスと懐のデカさは、仕事柄色んなタレントと接する機会の有る僕ですら、数年前に仕事をご一緒させて頂いた西川きよしさん以来見た事が無い物でした。

そんな人から「mortyは凄くいいよ、このままやってれば必ずこの世界で成功出来る」と言って貰えた事は、大きな励みに成ったし、自分に更なる自信を付ける事が出来た。これから目指せる物をくれた俳優さんに感謝すると同時に、今の気持ちを忘れず、少しずつ自分に磨きをかけ、良い感じのエロスを持ち合わせたオッさんに成りたいと思います。

2009年06月15日

「ウニ」

昨日の夜から日立用の原稿を書き始めたのですが、苦戦しています。

このサイトを読んでる方で、尚かつ日立のサイトに僕が毎月書いてる原稿を読んでる方が何人居るか判らないのですが、日立サイトでは毎月僕が取材を行い、原稿を書く「ハワイ・レポート」と毎月アップロードされる壁紙原稿写真に対するコメントも書いています。

「ハワイ・レポート」はネタ探しも自分で行うので、記事を書くのは比較的楽なのですが、毎月苦戦するのは壁紙原稿。まったく知識が無い物が題材として扱われてる事が多く、それらの題材を元に、話を広げ、規定文字数以上の興味深い原稿を書き上げるのは、プロのライターじゃ無い僕にはかなり高いハードルです。

過去の壁紙原稿では「カウボーイ」、「シダの森」、「溶岩石」、「蘭」、「看板」、「牧場」などが取り上げられ、その際はインタネットでその題材に関して調べれるだけ調べた後、自身のイマジネーションを駆使して何とか原稿を書き上げてクリアしてきたのですが、現在取り組んでる壁紙原稿が「ウニ」を題材にした物。

ウニを題材にし、何でも良いから原稿を書くのは出来ると思うのですが、日立サイトに掲載出来る内容に成るとすぐには出来ません。

しかし、ウニと聞いて、すぐに思い付くネタが有ったのは事実。ただこのネタはとても日立用として提出出来る物では無いので、取り上げるのを止めたのですが、自分のブログなら大丈夫だと思うので、ここで書かせてもらう事にします。

ウニと聞いて、僕が一番最初に思い出したのは、90年代中期にジャパンツアーを一緒に回った「PANTERA/パンテラ」というバンドのツアーです。パンテラはロックというよりはスラッシュ・メタルと呼ばれるジャンルのバンドで、かなりハードなサウンドを持つバンドでした。

当時まだ自分のバンドで生計を立てる事が出来てなかった僕は、生活費を稼ぐ為に海外から訪れるバンドのジャパン・ツアーに通訳権ツアー・マネージャー・アシスタントとして同行していました。

パンテラもその一つで、ディナーなども含め、滞在中の彼等の身の回りのケアをしてたのですが、東京の六本木プリンス・ホテルに泊まってた時、ディナーに寿司を食べに行こうと言う事に成り、バンド全員とスタッフ数名を連れて六本木の「びっくり寿司」という所へ出掛けた。

アメリカの南部テキサス州で育った彼等には、生で魚を食べる事自体が大きなチャレンジだったと思うのですが、好奇心旺盛な彼等は、多めのワサビと醤油で様々な寿司を次ぎから次へとクリアして行った。

初めて食べる寿司を戸惑いながらも楽しみ、ディナーが中盤を迎えた時、ウニの寿司を乗せた皿がベルトコンベアのレールに乗って現れた。

この時、オレンジ色のその物体がどんな魚のどの部分かも理解出来なかったテキサスからの荒くれ者達が蜂の巣を突いたような騒いだのは言う迄も有るまい。

そんな中、バンドのシンガーが自席から立ち上がり「あれを食った奴に$100やる!」と実際に$100札を宙に差し上げたのだ。

「えーっ!!ウニ食って$100?!俺が食うよ!」と、いち早く僕は手を上げたのですが「mortyはローカルだからダメ」と言われ、誰がウニを手に取るか期待しながら見てたのですが、誰も手を出す事が出来ず、ウニは我々の前をゆっくりとスルーして行った。

通過後「あれは何なんだ??」という質問を浴びせかけられた僕は、「ウニだよ」と説明したのだが、彼等にはウニの黒いイガイガの中がオレンジ色だという事が信じられないようで、結局その晩は誰もウニに手を出さなかった記憶がある。

とまあ、こんな話なのだが、パンテラの話が出たついでに、もう一つパンテラの話を。

僕がハワイへ移り住んで数年後のある日、この時のツアー・マネージャーから電話がかかってきた。

「パンテラのギタリストが公演中に射殺された、、」

すぐにインターネットで調べて見ると、その事件を見つける事が出来た。この頃既にパンテラは解散し、パンテラのギタリストは兄であったパンテラのドラマーと新しいバンドでツアー中だったのだが、犯人はパンテラの熱狂的なファンで、バンドの解散を不服として事件を起こしたらしいと報じられてた。

ギタリストの名前は「DARRELL ABBOTT/ダレル・アボット」ファンには「DIMEBAG DARRELL/ダイムバッグ・ダレル」としてひたしまれており、実際に僕がツアーに同行した時もバンドのメンバーにも「ダイム」と呼ばれてた。

ダイムと個人的な想い出は無いのですが、ツアー中の自分をローディーに終始ビデオ撮影させてた事。東京駅で見かけた乞食に100円玉を転がし、反応を見てた事。六本木のバーで酔っぱらって、椅子の背もたれに脇腹を打ち付け、「あばらが折れた!」と騒ぐので、深夜の救急病棟に連れて行った際、医者にシャツを脱ぐように言われ、上半身裸に成ったものの、胸にデカデカと彫ってあったロック・バンド「KISS/キッス」の入れ墨を見て、医者も看護婦も固まってた事などのツアー中の珍事を思い出した。

ダイムの葬儀には沢山のミュージシャンが参列したのですが、彼の才能の高さを裏付けるのは、葬儀に参列したエディー・ヴァン・ヘイレンが自身のセカンドアルバムのジャケットで実際に手にしてる黄色のストライプが入った黒いギターを棺桶の中に入れた逸話だろうか。

葬儀に参列したダイムの友人がテレビのインタビューで「高校生の頃、お前が死んだらヴァン・ヘイレンが黄色のストライプを棺桶に入れてくれるぞ!と当時のダイムに言ったら”いま俺を殺してくれ!”と笑顔で言っただろう」と語ってたのが印象的でした。

さて、ウニの話からパンテラへと、かなり話がそれてしまったが、ここら辺で真面目に原稿書きを頑張らないといつもでも終わらないので、ここらへんで。それじゃ、又ね〜

2009年06月10日

「ミス・カリフォルニア2009」

今年のミスU.S.A候補だったミス・カリフォルニアのキャリー・プリジーンさんがミス・カリフォルニアのタイトルを剥奪されました。

キャリーさんは今年4月に行われたミスU.S.Aを決める最終選考会の質問コーナーで、ホモセクシャルである男性審査員に「同性愛の結婚についてどう思うか?」と質問され「アメリカは自由の国で有り、誰でも選択の自由を持つ事が出来る。しかし、私は結婚は異性間で行うべきだと思います」とコメントした。

このコメントが火種と成り、その後、彼女が17歳の頃に撮ったセミヌード写真、そしてミス・カリフォルニアに応募した1年前に撮ったトップレスの写真がネット上に流失し、キャリーさんは渦中の人と成ったのですが、質問された事に関し、自分の思う事を言っただけで、何故これだけの騒ぎに成ったのか、僕はまったく理解出来ませんでした。

ところが、色んな記事を読み進んで行くうちに、ミスU.S.Aに相応しい人というのはあらゆる物事を大きな尺度で判断出来、個人の意見や見解よりは、世論を意識した発言と行動が出来る人が適任であると判断されてるようで、ミスU.S.Aコンテストは個性と容姿のぶつかり合いの場だと思ってた僕は、この事実に驚いた反面、コンテストの主旨を大げさに言い換えれば「綺麗で優等生な振りが出来る人を選出する物」で有り、タイトルを保持してる間は個人の意見は二の次で有り、タイトルに伴う行動と発言に責任を持てない人はタイトルを維持するに相応しく無いのだと捉えました。

キャリーさんは、問題と成った発言をした直後、ニュース番組の出演し「私はクリスチャンで有り、結婚とは異性間で行う物だと教えられて育った。今回の一件で様々な事を言われましたが、今でも私の考えは変わらず、結婚は異性間で行うべき物だと信じてるいます」と発言した所を見ると、コンテスト主催者の歌うミスU.S.Aとしての「志」をふまえて応募したのでは無いのは瞭然。

アメリカではココ数年、同性愛者の結婚を認めるか認めないかが激しく議論されており、実際に幾つかの州では同性愛者同士の結婚を認める判決が出され、それらの州では同性愛者同士が結婚する事が可能なのです。

同性愛者では無い僕は、当初何故、同性愛者が結婚にこだわるのか判らなかったのですが、結婚出来る事により法的に家族と見なされ、通常の家族が行うように財産、クレジット・カード、医療保険などの共有と共に、カップルのどちらかのみが働いてる場合は扶養家族としての税金の申告も出来るようになるらしく、結婚と言う行為そのものに対してのこだわりもあるが、それ以外の結婚する事により得る事が出来る様々な特権が、同性愛者が強く結婚を願う裏に有るらしい。

既に幾つかの州で同性間の結婚が認められてるアメリカですが、先日ある番組に実際に結婚した女性同士のカップルが出ており、彼女達の生活ぶりが放送された。画面を直視出来なく成ったのは彼女達が養女として迎え入れた少女が画面に出た時。

女性カップルは「子供が欲しかったから養女を取った。家族の関係はとても上手く行ってる」と笑顔でカメラにコメントしてたが、物心ついたその少女が、親が同性愛者で有る事を受け入れる事が出来るのか、、。又、判りやすい題材である同性愛は子供同士のイジメの対象に成らないか?自分の子供を同じ立場に置いて考えるとかなり息苦しく成った。子供が消化するには余りにも大き過ぎる題材で有る事は明確過ぎるからだ。

キャリーさんがタイトルを剥奪されたのは、彼女の問題発言が原因では無く、その後の公式行事を無断で欠席したからとの事ですが、問題のコアと成った「同性愛同士の結婚への解釈」を問いただした人は芸能界のゴシップを連日自身のブログサイトにアップロードしてる人で、強いて言うなら芸能評論家。こんな人を審査員に置いたコンテスト側にも学ぶ事が有るのではないか思う。

華々しいミスU.S.Aコンテストも所詮「宣伝=金」という基盤が根底にあるからこんな事が起きるのだろうが、クリエイティブな者より、当たり障りの無い者を見て喜ぶ世の中はつまらなく成るだけのような気がします。

追記:(6/11)キャリーさんは本選前に豊胸手術を受け、それらの費用はミス・カリフォルニア選考会本部が支払った事が判明。ミス・カリフォルニア選考会代表者のコメントは「ミスU.S.A.では豊胸手術を受けてる女性は多いし、現代ではごくカジュアルに行われてる事かので、問題は無い」とコメントした。ミスU.S.A.コンテストはその女性の本来の「美」を判断するじゃないんかい!!

2009年06月08日

「HAPPY BIRTHDAY 」

昨日は僕の誕生日でした。朝9時に起き、昼前に近所のスーパーへ買い物に行っただけで終わった一日で、別に寂しいとは思わないのですが、今迄の人生の中で一番静かな誕生日だったと思う。

この日のハイライトは午後7時頃で、突然自宅のドアがノックされ、誰かと思って出てみると、仲良くさせて貰ってるご近所さんで、「これ今日のバーベキューで余ったんだけど、良かったら食べて」と2キロ程あるカルビをくれた!すげーっ、思いがけない誕生日プレゼントだよーーっ!明日から食べまくるよ!
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P.S 誕生日おめでとうメールをくれた友人達にはこの場を借りてお礼を言いたい。いつもありがとう!

2009年06月01日

「里帰り2009」

今日から嫁と息子が日本へ里帰りしました。いつもの事ですが二人が居なく成った我が家は凄く静か。一人暮らしってこんな感じだったかな、、?と思い出したりします。

帰国に備え、倉庫に入れてたスーツケースを取りに行ったのですが、スーツケースの意味を理解出来る様な成った4歳の息子は勝手に荷造りを初め、写真のような状態に。
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ちなみに入ってた服はTシャツ1枚に、半ズボン1枚で、後はオモチャばかり。マクドナルドのチャイルド・ミールで貰った猿のお面が何で入ってるのか判りませんが、本人に取っては大事な物なのでしょう。

先ほど(ハワイ時間午後7時)無事に着いたと連絡があったので、今頃は猿のお面を被ってると思います。

ココ数日は嫌な事が有り、気分的には冴えないのですが、良い事が有れば嫌な事も有るのが人生。時間をかけて消化していくしか無い。これから約1ヶ月に及ぶ一人の時間を有効に使いたいと思う。

2009年05月26日

「安全第一/ヘルメット編」

今月21日から、昨日(25日)迄、アラモアナ・ビーチで行われたイベントの仕事に出ていました。

連日野外での仕事だったので、毎朝しっかり日焼け止めを塗ってたのですが、5日間(1日平均9時間)外に居たので、顔が「ヨットで世界一周した人」みたいに成ってしまいました。

ハワイでの野外のイベントに出たのは今回が初めてだったのですが、貿易風が弱い中で行う炎天下での設営作業は、重機を使わず砂漠の中にピラミッドを作った古代エジプト人の心情を理解させてくれました。

特にキツかったのはステージの設営を行ってた最初の2日間で、ステージの組み立てが行われてる間は、安全の為、法律で全員にヘルメットの着用が義務付けられており、炎天下の下でのヘルメット着用はアラスカの氷山の上で扇風機にあたるよりしんどかった。

そんな中、日本から来てた舞台制作関係者から絶賛されてたのが、写真のカウボーイ・ハット型のヘルメット。
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ハワイ側の現場監督が被ってたのを見て、日本側のスタッフが欲しがったので、6個程購入したのですが。色はベージュ、白、黒、グレーとあり、一つ$37。広いツバは日差しも遮り、強度も然る事ながら、美肌自慢の方には心強い味方です。

日本では現場では、被るヘルメットには厳しい規制が有るらしく、果たしてこのヘルメットが日本の現場で被れるか判らないのですが、工事現場関係者の皆様、マカデミアン・ナッツなど土産にするよりはこのヘルメットを土産にするほうが受け狙いも含めて同僚に喜ばれるのではないでしょうか?

2009年05月21日

「注意書き」

25日にアラモアナ・ビーチで行われるイベントの設営に今日から参加しています。

設営段階の今日は必要な物の買い出し、打ち合わせ、各出演者のリハーサルで終わったのですが、この日打ち合わせで訪れた音響会社のトイレのドアに下記の注意書きが有ったので、紹介したい。
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「便器を再塗装するのなら、塗装前にきっちり便器をマスキングするか、塗り過ぎた部分は綺麗に片付けるように」

つまり「ストライクゾーンに入らない放水は自ら片付けろ!」ちゅう事ね。了解!

2009年05月20日

「日米テレビ比較」

突然ですが、皆さんは一日にどれ位の時間テレビを見ますか?

会社員の方々だと、帰宅してからじゃないとテレビは見れないと思うので、精々一日3時間程でしょうか?

それでは、その3時間のテレビを観るのに、「これから毎月$60(約6000円)払って下さい」と言われたらどうしますか?

テレビをタダで観れる日本の方々からすれば、「そんな金、誰が払うねん!」と思われるかもしれませんが、ここアメリカでは(もちろんハワイも)これが現実なのです。(注:契約するチャンネル数により値段は変動する。一番安いパッケージは$30ぐらいだと思うが、このベーシック・パッケージの契約をしてる人は凄く貧乏か、テレビを殆ど観ない人。普通の家族がケーブル・テレビに使う平均金額は$50〜$100だと思う)

毎月受信料を払ってるのに、コマーシャルの量も半端じゃなく、2時間の映画を3時間枠で放送したり(コマーシャルが1時間分は入ってる計算だぞ!)本編放送中にもひっきりなしに画面下に広告や、番組の予告テロップなどが入るのだ。

日本のNHKが民間から受信料を徴収し、更にスポンサーから広告料を貰い、コマーシャルを流してる様な物だと言えば実感として捉えてもらえるだろうか、、。

又、タダでさえうっとうしいテロップなのに、字幕などが有る映画でも、画面下にテロップが流され、肝心の字幕が見えなく成る事も少なく無く、「テロップ流すんなら、タイミングと位置考えろや!」と、毎晩ソファーからビール片手に吠えたく成ります。

「テレビは金を払って観るもの」という、売り手には有利な固定観念が一般のアメリカ人に既に根付いてる為、「コマーシャルを見せる為にテレビを魅せる」という作り手側の手の内が丸見えに成ってても、それに対して異論を唱える者も居ないのでしょう。

言い出したら、止まらないが、今日、何故アメリカのテレビ事情を取り上げたかと言うと、数日前、どんでも無い事が起きたからなのだ。

その日の夕方、何気にテレビをつけてチャンネルをスクロールしてたら、信じられん映画が放送されてた!

「豚ウィルス」の蔓延が世界中で懸念される中、某放送局が「OUTBREAK/アウト・ブレイク:ダスティン・ホフマン主演で謎の人殺しウィルスを題材にしたパニック・サスペンス」を放送してたのだ!

これって日本で言われてるKY?(空気読めてない)

いや、そんなレベルじゃないぞ、

これはSMDRF-KYだよーぅ!!!!

えっ?

何それって?

一応こういう解釈で、、↓
「SUPER MAGNUM DYNAMITE ROLLING F★★KIN- 空気読めてない」だよーぅ!

まあ、当サイトでも過去に何度か書いたが「アメリカは世界最高と世界最低が共存する国」で、それは一般人の生活レベルから国際レベル迄と幅広い。一ヶ月程前には大統領専用機を、撮影の為、ニューヨーク上で低空飛行させ、市民を半狂乱に陥れたのも記憶に新しい。(注:この一件は市民おろか、オバマ大統領もに知らされておらず、事実を知ったオバマ大統領は激怒した)

取りあえずテレビに関しては現時点でこのような事が放し飼いに成ってるのだから、今度も変わらないだろうね〜。

P。S
アメリカのテレビは各チャンネル間で設定されてる音量が全然違うので、チャンネルを変えると音量も変わる。コマーシャルに成るとボリュームが2目盛り程上がる事も多い。そんな訳でテレビを見てる最中は常にボリューム調整が必要で、リモコンが離せん。散々悪い所ばかり言ったが、最近のケーブルテレビの良い所は、生放送でもその場で巻き戻せる事。夕方のニュースの出だし(主にトップニュースを放送する時間)を逃した場合には重宝しています。

2009年05月17日

「イナズマン」

南からの風に乗り、ハワイ島からの火山灰がオアフ島に入って来てる様で、ココ数日は目が痒く、鼻水も止まらず、花粉症のような症状に悩まされています。

そんな中、今日はアラモアナ・ショッピング・センター内にある「shirokiya」に懐かしい変身ヒーロー達が勢揃いすると聞きつけ、息子を連れて行って来ました。

黒帯級のド素人がMCを務め、ローカル度100%でスタートしたイベントは、たまたまその辺を歩いてたような女の子(推定7歳)が歌う「キカイダー」の主題歌で幕を開けた。

イベント開始から15分後、怪人2名が登場し、続いて仮面ライダーV3,、ハカイダー、サナギマン、イナズマン、キカイダー01、キカイダーが登場。、居合わせた50名程の子供達の興奮はピークに達した。

しかし、コスチュームのディテール部分の詰めの甘さ、プロのスーツ・アクターでは無く、明らかに素人が入ってるで有ろう、各キャラクターの動きのぎこちなさから臭うB級バイブスは、有る程度の年齢に達してる子供達には判ったようで、この日、イナズマンとサナギマンに会いに行った我が息子も本能でパッチもんのイナズマンを嗅ぎ分けた!

登場後、空手の正拳突きを始めたイナズマンの胸筋部分がだらしなくブラブラ揺れるのを見て、息子はむせび泣くように「あの、イナズマンね、、服が動いた、、」。
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そうだよなーっ!、力強さの主張で有る胸筋が、動く度にヨダレかけみたいにプラプラだらしなく動くって事は、あれが体の一部じゃ無いってことだよなーっ!!

その後、各キャラクターは店内をウロウロしており、店内に居た子供達はそれぞれと自由に写真を撮る事が出来たのだが、この時、息子は仮面ライダーV3の後頭部から露出された頭髪がチラッと見えたらしく、「あのV3、中に人間が入ってるよ!」とトドメの一言が!

この時点でこれ以上夢が壊れないよう、息子の手を引き、早々にシロキヤを後にしました。

自分が子供の頃もこういうイベントに行ったのですが、中身がバイトの大学生だと判ったのは小学生位になってからだった記憶がある。一番ハッキリ覚えてるのは近所のスーパーでウルトラマンと怪獣ショーが行われた時で、テレビではビルより大きいウルトラマンと怪獣が普通の人間のサイズだったので、ピンと来た記憶が有る。

今回登場したヒーローは全員実物大だったにも関わらず、4歳児に疑惑を持たせる程、詰めが甘かった訳だが、まあ、所詮「島」のイベント、こんな物でしょう。

又、このイベントにはキカイダーに変身するジロー役を演じた俳優さんも来ておられた。30年以上前の番組なので、本人は50歳を越えてると思われるのですが、面影はハッキリ残っており、息子も認識出来たみたいだったけど、強いて言えば赤いギターを背負って登場してほしかったであります。

2009年05月13日

「サンライズ・レストラン」

昨日の夜は友人とディナーへ。

行った先はカパフルに有る、沖縄料理レストラン「サンライズ」

場所と名前は知ってたのですが、コレ迄一度も店内に足を踏み入れた事が無かったので、僕にとってはこの日が初サンライズと成りました。
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シラフで「暴力バー」に飛び込む以上の度胸が求められるその外観は、難易度の高さを嫌がおうにも感じさせてくれます。

サンライズではアルコール類の販売はしていないので、ビールなどのアルコールは来客それぞれが持ち込むシステム。アルコール持ち込みOKのレストランはハワイでは意外と多いので、このシステム自体はそんなに珍しく無いのですが、驚いたのはレジの横に持ち込みドリンクを冷やして置くためクーラーボックスが設置してあった事。この痒い所に手が届くきめ細やかなサービスは、荒野を自力生き抜いて来たような外見のルックスと大違い。外見で判断してはいけません!

店内は古い食堂と言う感じ。店員さんの動きも良く、すぐに席に案内してくれました。

席に付いた僕たちは先ず「氷」をオーダー。日本の方々には馴染みが無いかもしれませんが、ハワイではビールに氷を入れて呑む人が多いのです。この日僕たちもその為に「氷」をオーダーしたのですが、熱い時に呑む氷漬けビールは最高なので、この夏は是非日本の皆さんも試して下さい。

話が少し横道に逸れてしまったが、氷を頼み、数分後にウェイトレスさんが氷を持って来てくれた。
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氷は写真の右側に写ってる黄色いプラスチックのバケツに入って来たのだが、どうみてもうちの息子がビーチで遊んでるバケツである。(尚このバケツは問答無用で全テーブルに置いて有った)

午後7時には常連客らしき人々で店内は満席状態に成り、この頃から全然知らない隣のテーブルの人が話しかけて来たり、ちょっとだけ顔見知りの人からワインが回って来たりと、店内は「出会いパーティー状態」。と化した。

凄かったのは、タバコを吸いに表に出て戻ると、知らない人が自分の席に座り、別テーブルの人と話してたりするのだ。

この日は刺身や寿司、そして沖縄名物のゴーヤ・チャンプルなどを食べたが、どの料理も美味しく、特に刺身は圧巻であれだけ脂の乗ってるマグロを食べたのは久しぶりでした。値段も安く、気取らず行けそうなので、次回は家族とチャレンジしてみたいと思う。「マタヤーサイ!!」(沖縄の方言で「またね」ちゅう意味らしい)
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2009年05月05日

「オッさんの戯言/ゴールデンウィーク編」

皆様コンニチハ、まもなくゴールデンウィークが終わりますが、今年のゴールデンウィークはいかが過ごされたでしょうか?

ゴールデンウィーク直前に突如現れた豚ウィルスにより、予定が大幅に狂った人、そのまま予定通り過ごした人と、色んな方々が居られると思いますが、ここハワイでは、今日(5/5)初の感染者(3名)が見つかったとニュースで報道されました。

感染してた3名はカリフォルニアに旅行へ出掛けた際に感染した模様ですが、既に完治してるとの事。地元の人達も必要以上には心配していないようですが、逆にこの騒ぎにより今後の日本人観光客の落ち込みを心配する声を多く聞きます。

今回のような事が起きると多くの日本人は甘党の人が20倍カレーを食った時以上に過剰な反応をするように思えます。しばらく前に狂牛病が発見された時もそうでしたが、狂牛病、豚ウィルスより遥かに怖く、30年以上も前に日本に上陸したエイズに対し、豚ウィルス以上の騒ぎが続投して無い所を見ると、日本人は「初」に敏感で、長い間目の当たりにすると余り気にしなく成るのでしょうか?

国柄故か考え方の違いなどは有る様ですが、せっかくなので、今日は「日本では有り得ないが、ハワイ(アメリカ)では以外と普通な事」を幾つか述べてみよう思う。

ちなみにウィルスから一気に軽〜い話題になるので、そこん所よろしくお願いします。

先ずはレストランでの座りかた。4人家族の場合だと、取り立て日本とハワイで違いは無いと思うのですが、4人掛けのテーブルに男女のカップルが座った場合、ハワイだと2人とも同じ側に並んで座り、対面の2席に誰も座ってない状態を比較的良く見かけます。

思わず、「相席よろしいですか?」と声をかけてしまいそうなこのシチュエーションは、若いカップルに限らず、年配のカップルにも多く見かける。

僕の個人観を言わせて貰えれば、4人掛けのテーブルの片側に2人で座った場合、いちいち横を向かないと相手の顔が見えないし、テーブルの片側にオーダーした物が集まりテーブルも手狭に成る。とにかく不自然。

どう考えてマイナス要因しか頭に浮かばないが、目一杯イマジネーションを働かせ、隣に並ぶ事により得られるポジティブ・ファクターと言えばテーブルの下でイケナイ事をする位しか思い付かない、すまん。

次もカップル・ネタ。これはハワイでというよりはアメリカ全般で見かけるのだが、テレビで二人並んでインタビューされる時、喋ってない方はカメラを見ずに、ずーーっと喋ってる相方を直視してる。

もちろんこれは素人限定で、プロ(テレビ番組のホストなど)は、喋ってる相方を時々見る事は有ってもカメラ目線は忘れない。

それにしても喋ってる相方を時々チラっと見るのは判るが、完全にカメラの存在を無視したかのように、ずーっと相方の横顔を直視してるその様子は余りにも実生活からかけ離れていないだろうか?

普通は自分の対面に居る相手に目線が向いてると思うのだが、テレビだとカメラを直視するのが恥ずかしいのかな、、。うん、そうかもしれん。書いててそう思い始めた。きっと素人だから目線の置き場に困るのだ。納得。

次は名前編。日本には漢字という物が有り、同じ名前でも使用する漢字により、その名前の持つ意味が全然変わりますが、親父が息子に自分と同じ名前を付ける事は有り得ないと断言出来るのではないだろうか。

ところが、ここハワイ&アメリカでは、親父が息子に同じ名前を付ける事は意外にポピュラーで、その為「JR(ジュニア)」という形容詞が日本よりも遥かにニーズが高いのです。

有名な所では2001年に他界したレーサーのデール・アンハートで、彼は息子に自分と同じ名前を付けた。父の名を受け継いだ息子デール・アンハートJRは現在プロレーサーとして活躍中である。

このレベルなら「偉大な名前を受け継いだ」との解釈が出来ると思うが、この「JR(ジュニア)制度」は何の芸も持たない、そこいらの百姓達の間でも実にフランクに行われており、彼等は「偉大な俺の名前を引き継がせる!」という意志よりは、「その名前が気に入ってるから」又は自分の子供だけに「自分の生まれ変わりだ」などの気持ちから付けてるのではないかと予想される。

中には3代続けて同じ名前を使う輩もおり、例えば初代の名前がビル・スミスなら、その息子はビル・スミス・JRに成り、ビル・スミスJRの息子はビル・スミス・THE THIRD(ザ・サード)と成る。そっか!ルパンは三代同じ名前だったんだ!!ってココで納得してる場合じゃないんだが、、、。(ちなみに以前知り合いの知り合いに「ビル」と呼ばれてた女が居たのだが、何故ビルと呼ばれてるのかは実際に逢って判った。唇が以上に分厚い女だったのだ/覚えてるかkozy?)

かなり長々と書いてしまったが、今日はこの辺で。ゴールデンウィークに何か面白い事が有った人は是非コメント欄にてお知らせ下さい。

えっ、なんでかって? いや別に、、ただ知りたいだけっす。

2009年05月01日

「集い」

昨日はホノルル市内某所で開かれたとある集いに参加した。当日の参加者は全員コーディネーターで、誰もが僕より大きな仕事をしてる人達ばかり。

このような場に積極的に顔を出す事は大事な事だと判っていても、本来が出不精の僕はこれまでこのような集まりには殆ど顔を出した事がありませんでした。

しかし、昨日の参加メンバーは皆仕事では一緒に成る事はあるが、彼等のプライベートの事は全然しらないレベルの人達だったので、親交を深める事が出来ればと、重い腰を上げて参加して来ました。

約4時間半に及んだ宴では、予想外にも今後の撮影業界に付いては殆ど語られず、雑談がメインと成りましたが、普段現場でゆっくり話す事の出来ない人達との時間は意味の有る時間だったはず。
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依然先行きの暗い撮影業界ですが、このしんどい時期こそ、各々の真価が試されるのではないと思う。

2009年04月26日

「久しぶりのビーチ」

好天と成った今日の日曜日は久しぶりにアラモアナ・ビーチへ。
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最後に海に入ったのは何時だったかも思い出せないが、今日、海に飛び込んだ事により。体の表面にまとわり付いてたネガティブな粒子を全て取り除けたような気がした。サーファーが海の虜に成るのはこの感覚だろうか、、と勝手に解釈。

月末恒例で、明日から数日は原稿書きをしなければいけませんが、暇な時期だけに、良い題材をみつけ、中身の濃いレポートを書ければと思う。
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余談:最近PCで作業をする時は、音楽ジャンルを選べるインタネット・ラジオを聞きながら作業をしています。当然コマーシャルも流れるのですが、数有る音楽ジャンルから「ハードロック」と選択すると、必ず一発目に育毛剤のコマーシャルが流れる。これはこのジャンルのリスナーが髪の毛に対して、人並み以上のこだわりを持ってると解釈してのマーケティング術だと思う。

2009年04月24日

「この時期故考える事」

22日から2日程コマーシャル撮影の現場に出ていました。

ようやく晴れ間が続くように成ったハワイだったので、ロケ中は終始好天に恵まれると安心してたのですが、撮影2日目が一日中雨と成り、未だ安定しないハワイの天気事情を思い知らされました。
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今回のロケでは半年ぶりに逢う撮影関係者も居た。懐かしい再会を喜び、休憩時間に、お互いの近況などを話しあったのですが、それぞれの口から真っ先に出るのはやはり撮影業界の不況ぶりについて。長く暗いトンネルの先に有るはずの光が未だ見えない今の状態は、この業界で生きる皆に取っては本当にしんどい時期です。

しかし、この日話した一人に「いつも羽振りが良いと物事に対する感謝が薄れる、いつものような生活は出来ないかも知れないが、今は節約してこのビジネスがスローなこの時期を乗り切り、何よりもこの美しい島(ハワイ)に住んでる事を感謝しなければいけない、ここの美しいビーチはどんな不況下の中でも輝いてるし、いつでも私たちを無条件で迎え入れてくれるのだから」と言われ、絶句、、おっしゃる通りです!!お陰で目が覚めました!

明日から月末迄に原稿を数本書き上げないといけないのですが、これらは自分のペースで出来る仕事なので、天気が良い日はビーチに出掛け、贅沢なハワイの光を浴び、気持ちをデイトックスしようと思います。

2009年04月18日

「オーディション」

前回の更新で報告しましたが、今日は小さなイベントがありました。そのイベントとは息子の初オーディション。

5月にハワイで撮影される予定のコマーシャル用なのですが、写真はプロフィール写真を撮影されてる息子。
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プロフィール写真撮影後はオーディション会場内へ移動し、ビデオ撮影が有ったのですが、予想通り息子は照れてしまい、殆ど何も出来ず、、。

予想外だったのは、このオーディションが本物の親子エキストラを募集してた事で、最終的に僕も参加するハメに!まあ、受かるはずもありませんが、嫁と息子には良い経験に成ったと思います。

明日、息子と嫁は友達とノースショアへ出掛けます。僕は5月に雇用されてるコンベンションのプロデューサーさんと打ち合わせ。ロケが終わり、忙しさのピークは過ぎましたが、来週もロケが数日と原稿の締めもあるので、程よく忙しく成りそうです。

2009年04月17日

「久しぶりのロケ&久しぶりの好天」

14日から雇用されてたコマーシャル撮影の現場が昨日で終わり、今日は片付け、そして明日はスタッフを空港へ送り出すだけに成りました。

長い間ぐずついた天気が続いたハワイですが、ロケ中は比較的良い天気に恵まれ、ロケが終わった今も晴れ間が多いので、ようやく長かったハワイの雨期が終わったのかもしれません。

今回のロケは終日ビーチでのロケだったので、顔や手足をかなり日焼けしてしまいました。しかし、本当に久しぶりに浴びた太陽は気持ちよく、ヒリヒリする顔も痛気持ちよい所です。

今週末は小さなイベントがあります。それらは明日以降お知らせしたいと思います。それじゃ皆さんも良い週末を〜。
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2009年04月09日

「ハワイ育児日記/4歳児編続報/遠足日記」

春休み明けから、保育園へ行く事にイマイチ乗り気でなかった息子も、今週は少し落ち着いた感が見受けられます。2年前迄ハワイに住んでたお友達が、今週から短期入学で同じ保育園に入って来た事で気持ちが明るく成ったのかも知れません。

そんな息子の通う保育園では、年に4〜5回程遠足が有るのですが、昨日(木曜日)が4回目の遠足日でした。行き先は「SEA LIFE PARK/シーライフパーク」。親の参加も自由だったので、僕も嫁と一緒に参加して来ました。

ランチの時間に成ると、親子で参加してる園児(約8組)はそれぞれの親と食事をしていたのですが、仕事の都合等で親が参加出来なかった園児20名以上は、それぞれの親が用意してくれたランチをまだまだおぼつかない手つきで先生達と食べていました。

平日故、親が来れないほうが当たり前の事なのだろうけど、見てて少し可愛そうな気がしましたが、それは僕の一歩的な解釈で実際の子供達は、もしかしてそんなに悲観的に成ってないのかもしれませんが、、、。

ランチ中に親子で参加してた一人の園児が、弁当箱を開けた瞬間に弁当の中身を全て地面に落とす場面を目撃した。直ぐに僕達は持って来てたオニギリなどを彼等に分け与えたのですが、落とした子供はそれでも寂しさを拭えず、しばらく泣いてた。

幸いその子は親と一緒に来てたので、最悪の場合はその子の親が園内に有る売店で何かを買って来る事が出来たが、もしこの時弁当を落としたのが親と参加していない子供だったら、、、、

又、その子が弁当を落とした事を先生が見てなかったら、その子はどうしただろう、、、

落としたのを知られるのが恥ずかしくて、慌てて弁当箱に戻し、嫌々食べたのだろうか、、。

必要も無いのにネガティブな方向へドンドン掘り進むのは決してよく無い事ですが、色々と考えさせられたこの日の出来事でした。後味はイマイチでしたが(遠足に)行って良かったです。
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来週火曜日から急な仕事(ロケ)が入り、明日の午後1時からそのロケに関するミーティングに出ます。撮影業界がスローな時期なだけに嬉しい現場です。頑張って来るぞ〜っ。

2009年04月03日

「ハワイ育児日記/4歳児編」

久しぶりの息子ネタです。

先週1週間は春休みだった息子ですが、今週から又保育園が始まりました。

春休みが明けた今週月曜日、保育園に行けるのを心待ちにしてた息子だったのですが、月曜日に張り切って保育園へ行くと、仲良くしてた3人の子供達が誰一人来てなくて、凄く寂しそうな顔をしてた。

先生に不在の子供達の事を問い合わせて見ると、2人は春休みを延長しており、残りの1人は何らかの理由で休んでるとの事。

久しぶりに保育園の友達と目一杯遊ぶ事を考えてた息子の予定は大幅に狂い、かなり寂しそうにしていましたが、息子は今年の夏から新しい幼稚園に行くし、その時は又、友達が一人も居ない学校に馴染まなくてはイケナイ。この場を良いリハーサルだと思う事にした。

そんな感じで始まった今期の保育園ですが、その後、休んでた友達の一人が戻って来たものの、同時期にその子の仲の良い友達が別の保育園から息子達の通う保育園に転園して来た為、それをキッカケにその子はうちの息子とあまり遊ばなく成り、息子は試練の場に立たされました。

寂しそうにする息子の状況を親としては見るに耐えれないが、唯一の救いは保育園が通い馴れた所だという事。息子は先生達を良く知ってるし、遊びはしなくとも、他の生徒の顔と名前は知ってる。何とか耐え抜いてくれるのではないかと思い、休ませずに保育園に通わせました。

今週最後(金)の登校日の今日は、僕が保育園へ送って行ったのですが、春休みを延長してる二人は依然来て居らず。今日も寂しそうだったが、「頑張るんだよ」というと「うん」と、うなずいた。

息子の通う保育園では、駐車場に面したフェンスが有る。時々息子はこのフェンス迄来て、最後の「バイバイ」を言いに来るのですが、このフェンスはプレイ・グラウンドから少し離れてる為、保育園の敷地内に有るにも関わらず、そのフェンスの所まで子供が来る場合は必ず先生が1人アテンドします。
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アテンドしてくれる先生が居る時は(1)の所迄来れるのですが、今朝はまだ先生が2人しかおらず、メインのプレイ・グラウンドに居る子供達から目が離せないので、「フェンス迄は行かず、駐車場が見えるギリギリの位置(2)でお願いします」と言われた。

僕の書いた図では判り辛いかもしれないが、(1)と(2)では8メートル以上離れており、(1)の位置だとフェンスの間から手を出したり出来るのに、(2)の位置では顔を見るのが精一杯。

友達が誰も居ない保育園で今週1週間奮闘した息子にはこの8メートルは果てしなく感じただろうし、見てて僕も僕も辛かったが、必要以上に感情移入すると良く無いと思い、「じゃ後でね」と淡白に別れた。明日(土曜日)から2日間は休みだし、月曜日からは以前ハワイに住んでた同年代の子が1ヶ月間と短い期間だけど、息子と同じ保育園に通う事に成った。今日さえ乗り切れば来週からは新しい展開が有る。息子よ頑張れ!

保育園ネタで随分引っ張ってしまったが、もう一つ息子ネタを。

ココ4−5ヶ月間、息子は日本の「爆丸(ばくがん)」というアニメが気に入っており、連日保育園から帰ると爆丸グッズで遊んでいます。日本では2006年頃に放送されたアニメ番組らしいのだが、アメリカでは現在放映中で「爆丸」は大人気。人気を裏付けるように爆丸グッズはハワイの至る所で売られています。

近所で仲良くしてる1歳上の男の子(息子とは違う保育園に通ってる)が居るのですが、彼も爆丸の虜に成った1人。彼の家へ遊びに行く時は当然爆丸での遊びがメインなのですが、その子は爆丸に限らず常に新しいオモチャを買って貰うみたいで、いつも新しい爆丸を持ってるし、先日遊びに行った際には「爆丸ベルト」成らぬ物を持ってらしく、当然息子もそれを欲しがった。

ちなみにコレがその爆丸ベルト。
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バックルに誇らしく光るのは爆丸のロゴ。そしてベルトの横には爆丸を3つ収納出来るホルスターが有る。

うちでは「与えすぎず、与えなすぎず」を基本にしてるので、誕生日やクリスマスでは無い限り、欲しがってもすぐに買い与えないようにしてます。そんな訳で嫁が取りあえず手製の爆丸ベルトを作って与えてみたのだが、それがコレ↓
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普通のベルトにイースターで使ったプラスチックの卵をぶら下げただけの100%ハンドメイド。(卵はホルスターの変わりで、卵の中に爆丸を収納する仕組み)

普通なら「何やねんこれ!」と思うだろうし、僕もこれでは余りにも可愛そうだと思ったのですが、これを見た息子は「爆丸ベルトだ!」と大喜び!!数日後に再び本物の爆丸ベルトを持つお友達の家へ遊びに行く時には腰に撒いて意気揚々と出掛けて行った。

友達の家に着き、「何それ?卵じゃん」と、友達にしらけ顔で冷たく言われても「違うよ!これ爆丸ベルトだよ!」と言い放ち、怯まず「遊ぼうよ!」と言い放った息子の「すれてない感覚」は、大人に成った現在の自分の感覚がいかに汚染され、ピュア・レベルが薄いのかを痛感する。

長く成りましたが、今週、状況の変わった保育園で目一杯頑張った息子に、昨日僕は爆丸ベルトをプレゼントした。

息子はいつも保育園から帰ると直ぐに「ダジー、爆丸で遊ぼ」と言います。昨日も家に帰ったらすぐにその台詞が出たので、「いいよ、でもベルトが無いと遊べないじゃん」と言うと息子は「あっ!そうだ!!」と「自家製卵ベルト」を出そうとしたので、「あれ、ここにも爆丸ベルト有るぞ!」と、箱に入った新品のベルトセットを差しだした。息子は凄く喜んでくれ、その日は一日「爆丸ベルト」をしてくれていました
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息子よ、愛してるぞ! お前の日々の成長をこれからも応援させてもらう。来週も保育園があるが、家に帰ったら爆丸ゴッコだぞーっ!

2009年03月31日

「新たなコンテンツ」

2日間参加したアイドルのDVD撮影が昨日で終わり、再びのんびりとした生活に戻りました。今の所、原稿書きの仕事以外では4月末に一本コマーシャル撮影の現場が入ってるだけなので、この暇な期間を使い、年頭から考えてたサイトの充実化が出来ないか真剣に模索しています。要はサイトの内容を日々の日記では無く、何かシリーズ物が作れないかと、、、。

ココ1ヶ月位色々考えてたのですが、未だに良いアイディアも浮かばず、なんの進展もないのですが、これはイケルんじゃないか!と思う企画も幾つか有り、その中で唯一現実化出来そうだった企画が「オアフ島自転車1周旅行記」。

こんな馬鹿な事は誰もやってないだろうと思ったのですが、一応インターネットで調べて見ると。何と1日でオアフ島を自転車で回られた方を発見!

しかし、その人が取ったルートは通常観光バスがオアフ島1周をする時に走るルートで、東回りでオアフ島を回り、ワイヒアワから南下してワイキキへ戻るルート。つまりオアフ島の西側を一切通らないので、正式にはオアフ島一周では無いルート。

どうせやるならオアフ島を完全に1周したい。そう、カエナ岬を越え、ナナクリ、マカハも通ってこそ島一周に成るではないだろうか。そんな馬鹿な事をやる奴なんて居ないだろうな〜っ、と更にインタネットを検索すると、何とこのルートでオアフ島を一周してる人を発見!しかもたったの2日で!

その人は早朝ワイキキからスタートし、初日で既にカエナ岬を自転車を抱えて越え、マクア・ビーチ迄辿り着いており、その日はマクアで野宿し、翌日にはマクアからワイキキへと戻ってるのです。凄い、凄い、凄過ぎる!

まったくトレーニングもしておらず、何処でも買える$100程度の自転車で僕がオアフ島を自転車で一周したら、4日間はかかるだろうし、当然それなりの装備も必要に成る。道中を全野宿する場合は季節も選ばないといけない。例えば今の季節だとまだ夜が寒くて、有る程度しっかりした寝袋が無いと野宿4連チャン辛いだろう。

僕の自転車には荷物を載せる所も無いので、オアフ島1周を行う場合はバックパックに毛布一枚を入れて、毎夜公園のベンチで寝ようかと思ってたのですが、道中は多少の現金も持たないとイケナイので、何処で寝るかも真剣に考えないと、朝起きたら身ぐるみ全てはぎ取られてる事もあるかも、、、。う〜〜〜〜〜ん、この企画は無理が有るのかな〜〜っ。

ちなみにこの企画の延長で、「ハワイ自給自足チャレンジ」も考えた。この企画は何処かでキャンプを張り、水以外の食料は自力で探す無人島シュミレーション企画。しかし、思い付いた食料調達方法が魚釣りと山でフルーツを見つける方法だけで、ただの釣果日記に成りそうなので、、、、、。

誰か面白い企画があったら教えてくれよーっ!!

2009年03月27日

「2009年ハワイ国際オートショー」

明日からアイドル・グループの撮影が始まります。長かった休み最後の今日は2009年ハワイ国際オートショーへ行って来ました。

目当ては今年の春から販売を開始したと噂の2010年型「カマロ」。まだ町中を走ってるのも見た事ないので会場に近づくにつれ期待は膨らむばかり。

ところが、会場内に入ってすぐがシボレーのコーナーだったのですが、カマロが無い!なんでーっ!2002年に生産を中止したもの、2010に復活&フルモデルチェンジをしたカマロはシボレーの目玉のはず、なのに、、、?

イキナリ出鼻をくじかれたが、萎える間も無く、すぐ横のフォードのブースへ移動。マイナーチェンジをした2010のムスタングが展示してあった。

1964年に華々しいデビューを飾ったものの、オイルショックのせいか1974年以降から90年代迄は何処にでも居る様な「華」の無い車に成り下がった感の有ったムスタングでしたが、2005年には初期のフォルムを軸にした新たなデザインの6代目ムスタングが登場し、ハワイでも一躍人気レンタカー・ナンバーワンに成ったのも記憶に新しい。

しかし、6台目ムスタングのデザインは素晴らしかったものの、個人的には、お面のようにでかいテールランプだけは気に要りませんでした。6台目ムスタング発売後、追って発売されたシェルビー製の6代目マスタングには一回り小さいテールランプが装備されてるのを見かけ、「さすがシェルビー!フォードも同じテールランプを標準装備すれば良いのに」と思った事を覚えてる。

さて、前置きが長く成ったが、2010年型ムスタングのテールランプを見てくれたまえ。
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小さくなってるぞ!以前見かけたシェルビーモデルよりも更に小さいし、デザインも良い感じ。このテールランプが変更されたのはムスタング愛好者や消費者からも「でか過ぎる」との指摘が有ったからだと思うんだけど、実際はどうなんでしょうかね?又、写真には撮ってませんが、グリル部分の立て幅も少し短く成り、シャープな感じがした。

ムスタングを見た後は、マツダのロードスターや(実はGMCトラックを購入する際、ロードスターも自分の中では候補に上がってたのだが、嫁から「何の役にもたたん」との猛反対を受け、却下に成ったのだ)ベンツのブースを見たりしたのですが、この日一番購買欲をそそられたのは「TOYOTA TUNDRA/トヨタ・タンドラ」。
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大きさはDODGE RAM級で、車高も2メートル近く有り、動物に例えるならまさしくバッファロー。日本車なのに、日本では絶対に見かける事も無いだろうアメリカン・サイズ。

一番僕を驚かせたのはレギュラーキャブのトラックにしては信じられない程席がリクライニングする事。先月ロサンゼルスへ出張した際に乗ったアメリカン航空のエコノミー席の倍近くリクライニングするシートにはビックリ!
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これは席の後ろに50センチ程のラゲッジ・スペースが設けて有ったからなのですが、フォードのF150やダッジRAMのレギュラーキャブに無い計らいだと思う。(ちなみに僕のトラックはベンチシートなのでまったくリクライニングしない!)

タンドラを見た後はDODGEのコーナーへ行き、直ぐにDODGE RAMに乗り込んでタンドラと比べてみた。運転席はタンドラより遥かに狭いし、席のリクライニング角度も比べ物に成らない。
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ルックスの好き嫌いは有るだろうけど、タンドラの基礎料金が2万3千ドルでラムの基礎料金が2万4千ドル。絶対にタンドラのほうが買いだと思うのは僕だけでしょうか?

DODGEコーナーでは「VIPER/ヴァイパー」も展示されてたが、相変わらず凄い威圧感です。
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その後、順路に沿って歩いたのですが、ミニ、ランボルギーニ、フェラーリなどの近くにアウディーのスポーツカーが有った。
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このアウディーはR8というモデルらしいのだが、先月のロサンゼルス出張中、町中を走るR8を4−5台は見た。その時は名前もメーカーも判らなかったが、この日提示されてた値段は1千2百万〜。ロスの金持ちレベルは天井知らずのようです。

と、まあこの日は色んな車を見たり、乗り込んだりしたが、家に帰ってからも「今すぐ欲しい!!」という車は無かったような気がする。タンドラは良かったが、今はボロいがGMCトラックでそこそこ満足してるので、当分我が家では車を買う事は無さそう。沢山のメーカーの車を一度に一カ所で見れるのは楽しかった。来年も時間があれば足を運びたいと思います。

2009年03月24日

「更新/3/25」

今月13日で終えたロケ以降は仕事も無く、早過ぎる夏休み並みにのんびり出来る日々を過ごす事に成るだろうと思ってたのですが、先週は色んな事があり、程よく動いた週でした。

先ず先週の月曜日は日立用の原稿1本目(4月の壁紙写真原稿)に着手し、水曜日はハワイ州生誕50周年記念祭の取材、そして土曜日はカラカウア橋で行われた第22回ラバー・ダッキー・レースを取材した。

ラバー・ダッキー・レースは脳髄麻痺の子供達への寄付を集める為、ゴムで出来たアヒルをアラワイ運河に流すレースで、誰でも参加可能。参加者は$5でアヒルを購入し、レースに参戦。レースの優勝者と上位50名&最下位にはラスベガス旅行からコールド・ストーン・アイスクリーム1年間食い放題など様々な景品が用意されています。

ハワイ州立50周年とラバー・ダッキー・レース。共に取材後からちょろちょろと原稿を書いたりしてたので、先週は原稿書き週間のようでした。(両方のイベントの事をもっと詳しく知りたい方は、日立の樹サイトに4月頃掲載される僕のレポートをご覧下さい)

その他では家族ぐるみでお付き合いしてた一つの家族が日本に帰る事に成り、先週は可能な限りその家族との時間を取るようにした。親同士も仲が良かったがそれよりも子供同士が仲が良かったので彼等の帰国は凄く残念ですが、又、日本もしくはハワイでの再会を楽しみにし、コレ迄仲良くして貰った時間を大切な想い出にしたい。

あと、我が家で起きたイベントと言えば、数日前に掲載したトラックのパンクだろうか、、、。

そうそう!
2月中旬〜2月末迄仕事でロサンゼルスに行ってたのですが、その時撮影したミュージック・ビデオが完成したらしく、昨日の夜「youtube」で検索したら、アップロードされてた。

映像を観る数日前に、たまたまビデオのディレクターと話し、編集の段階で起きた課題を聞かされてたので、仕上がった実際の映像を見た時は色々考え深かったが、とにかく曲が良いので絶対にヒットするはず!自分が何らかの形で関わった作品がこれから人々にどのように受け入れられるのかとても楽しみです、

あと何かあったかな、、、、そうだ!!!
AIGから世間を騒がせたボーナス問題に関するお詫びの手紙が来た!

今回のAIGのボーナス問題で、「AIG HAWAII」では沢山のハワイ契約者から問い合わせがあったらしく、手紙には「AIG HAWAII」はAIG本体とは完全に別な経営で、「AIG HAWAIIの従業員で今回のボーナス問題に絡んでる者は居ませんし、2009年は昇級もボーナス支給も無しで運営する事を年頭に発表しています、、」などの事が書いてあった。

この手紙を読み、AIGと契約した6年前の事を思い出した。

当時僕は大手の「GEICO/ガイコ」と車の保険契約を交わしてたのですが、2年間契約してた間に(保険は半年更新)3回も金額を間違われ、その都度電話し訂正して貰わねば成らず、GEICOが3回目のミスを犯した時にGEICOとの契約を止め、AIGに移ったのです。

AIGに新規の見積もりを出してもらう際、僕がコレ迄GEICOと契約してた事を伝えると、担当してくれた人が「大手に我が社が何処迄頑張れるか判りませんが、頑張ります」と言った記憶が鮮明に残ってる。この会話が真実なら、先日AIGから貰った手紙の通り、「AIG HAWAII」は本体から独立した営業をしてるのかしれない。

僕の落とす(支払う)お金なんて僅かですが、ハワイの経済に何ら関係無い本土の会社に落とすよりは、地元の会社に落としたい。そんな訳でもうしばらくAIGと付き合おうと思っています。

最後に、急な仕事が月末に数日程入りました。暇な時期なので数日でも嬉しい。仕事も無く、毎日暇な日を過ごすはずだった3月後半でしたが、最終的には良い間隔で動きがあり、良い感じで3月末を過ごす事が出来た気がします。

2009年03月17日

「AIG」

テレビでは連日、全米大手の保険会社「AIG」が行った信じがたい行為に関するニュースで持ち切りです。知らない人の為に簡単に内容を言うと、国からの1800億ドル(円にすると17兆円)の公的援助金を経て、会社の立て直しを始めたAIGが、援助されたお金の内の1億6千5百万ドル(165億円)を一部の重役に退職金として支払うらしいのです。

今日見たニュースでは1億近い退職金を貰った人が11名、4億以上貰った従業員は7名居たと放送してた。この一件に関してはオバマ大統領もカンカンで、「取れる法的行為は全て取り、何としても退職金の引き渡しを阻止する!」と言ってましたが、どうやらどうする事も出来ないようで、予定通り、このお金は退職金として一部の重役に配られるらしい。この件に関してAIG側の言い分は「この退職金は破綻が決まる前の事なので、、」との事。

このニュースを聞いた時、アメリカはヒーローイズムの旗をコレ見ようがしに振りかざしてるものの、実在は金に犯されたジョークに見えた。今回のAIG問題はアメリカの恥部を世界中にさらけ出し、アメリカの真の正体を見せたと言っても良いのではないだろうか、、。

この件に関して何処かの衆議院議員が「ボーナスは良い事をして貰うものじゃなかったっけ?会社を破綻に追い込んだ連中に何故ボーナスが出るのか判らん!」というコメントをニュース番組内で語ってたが、まさしくその通り。ボーナスを出す理由の「この退職金は破綻が決まる前の事なので、、」の意味が判らん。

例えば、もし僕が1年後のボーナスで新車を買う予定を立ててたとしよう。ところが、1年後に会社がつぶれ、仕事を失ったら、「倒産が決まる前から購入は決めてたので、、」とは行かず、新車は諦め、再び経済的な余裕が出来た時に買うのが極々普通じゃないだろうか?

億単位の退職金がもらえる人間なら、とっくに金銭的な安全は確保出来てるはず。会社が火の車で国民の血税から出た金(ボーナス)を何で貰うほうも断らないのかが判らない。金は幾ら有っても、もっと欲しいのだろうか、、。それが金持ち心理なのかもしれない、、。

僕は10年近くAIGの自動車保険を使ってる。そして折しも今月は保険更新の月。他の保険屋で見積もりを取り、良い金額だったら保険会社を変えようと思うこの頃です。

2009年03月15日

「社長のブログ」

現在深夜の零時半。一度ベットに入ったものの、何だか寝付かれず起きてしまいました。外は大雨で、早々な量の雨水が雨樋を流れ落ちる音が部屋の中迄聞こえます。

風邪のほうですが、まだ完全には直っておらず、時々猛烈に咳や鼻水が出たりするのですが、極まれで、体調は随分良く、風邪薬を飲むのを止めた事により、頭がボーッとしたり、昼間に強烈な睡魔に襲われる事も無くなった気がします。

13日の午後からようやく休みに入ったのですが、以外とチョロチョロと動き回ってて、14日は午後からハワイを訪れてた友人家族と会い、そのまま焼き肉トラジでディナー、今日は5月と6月に予定してるコンベンションの仕事でご一緒させて頂く、ディレクターとプロデューサーさんとランチを食べた。共に久しぶりに逢ったのでお互いの近況などを話し合い、楽しい時間を過ごせました。

夕方からテレビを息子に独占された為、インタネットで色々検索してたらある企業の社長のブログを見つけた。ブログの内容は仕事に関する事が主で、大きな事業を運営した事の無い僕が実感として何処かで捉えれたかどうかは判りませんが、常に仕事を意識してるスタンスには考えさせられる物がありました。

その社長のブログに「今日社員にキツく”新しい企画を考えろ!出来ない場合は人事異動もする!”と言いました」との書き込みがあり、正確な言葉は忘れましたが、その社長は「言い過ぎたかも知れないが、人間は追い込まれてこそ出る発想がある、社員に危機感を与えなければイケナイ気がした」と、その言葉の裏に有った自分の気持ちに触れてた。

僕は常日頃からコーディネーター業以外に何かもっとクリエイティブな事は出来ないだろうか考えてるものの、未だにその「何かを」見つけれていない。どんな環境でも発想は生まれるが、追いつめられた人間は脳を更にフルで活用する/つまり極限下のほうが鋭い発想が出るのが普通と考えると、僕ももっと自分を追い込んで考えなければこのまま「色々考えてたんだけど、、、」で終わってしまうだろうと実感した。

先月2週間程腹痛が治まらない時期があった。その時はそのまま病死するんじゃないかと思ったりもした。そう考え始めると一日一日がとても大事に思え、この時は色んな事を考えた。つまりいつもよりは感性が鋭く成ってた気がする。今日僕が読んだ社長さんのブログに共感出来たのはこのような背景が有ったからかもしれない。

その社長のブログの中で、昇進した社員へのアドバイスが幾つか明記されてたのですが、その中に「社長の目線で会社を見ろ」と言うのがあった。同じ会社に居ても会社の社長と社員では目線が全然違うはず。例えるなら平社員が地面から世の中を見渡してるのに対して社長は10階建てのビルの屋上から世の中を見渡してるのかも知れない。これは言葉で言うのは簡単だが、実践出来る人間は凄く少なく、実際に実践出来る人間はどんどん会社の中で戦力と成って行くか、自立して自分で企業を起こせる力を持つ者だろう。

ココ迄人生の殆どを音楽の世界で過ごして来た僕が今更どう頑張ってもビジネスを仕切る能力では平均以下で終わるかもしれないが、一日一日を大事にし、少しずつでも前進したいと考えさせられたブログでした。

そんなこんなでもう午前1時半なのでもう寝ます、ジジイの戯言に付き合って頂きありがとうです。それじゃおやすみ〜〜っ。

2009年03月12日

「ようやく休みに成りました」

3月6日から受けてたプロ・サーファーの撮影が昨日で終わり、今日ようやくゆっくりと寝る事が出来ました。まだ喉と鼻がすっきりしない状態ですが、これからしばらくはゆっくり出来るので、少しずつ回復に向かう事でしょう。

今回のロケでは天気と「波」に恵まれず、かなり苦戦したロケと成りました。自然相手なので仕方が無いのですが、風邪で頭がボーッとする中、波を追い、連日朝からノースショア迄運転するのも決して楽ではありませんでしたが、少しはサーファーの心理が理解出来たようにも思います。
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又、今回はノースショアで沢山の日本人に逢った事はある種驚きでした。ノースショアに住んでる人、長期滞在してる人、サーファー、カメラマンと様々なジャンルの人がおり、僕がサーフィンをやらないので、このようなサーフィンの仕事を通してじゃないと逢わなかった人達ばかり。少しだけ人脈が広がったような気がします。

そんな中、今回のロケ一番の収穫は、去年の7月に売り飛ばした嫁の車との再会!ハレイワのビーチで撮影後、車に戻ると、偶然隣に駐車してあったのです。
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かなり汚れてたし、売った当時新品だったタイヤは完全にすり切れ、溝がまったく無い状態。かなりハードに乗られてる様だったが、元気な姿を見れたのは嬉しかった。

ロケ中は雨に悩まされたが、最後の2日は晴れ間も出るようになり、何とかハワイらしい絵も撮れた。写真は最終日に公園で撮影した時に現れたレインボー。
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このように晴れ間が出ても小雨が降る毎日で、ロケ中は気分的にもジメジメしてしまったのだが、最後には少しだけ気持ちが晴れたような気がする。

明日から休みなのですが、8日からハワイを訪れてる友人が明後日帰るので、明日の晩にでも少し時間が取れればと思う。体調が良く成ったら早めに日立用原稿にも着手し、月末はのんびり過ごしたいと思っています。疲れたが、ようやく落ち着いた。

2009年03月08日

「風邪の症状が今度は喉に来たぜ!」

依然風邪と戦っています。昨日の夜は熱が出たのか、ティーシャツが汗でベトベトに成り朝迄3回も目が覚めました。目が覚める度に着替えたのですが、2回目に起きた時には咳がノンストップで出始め、咳をする度に喉の内側が引きちぎれそうな痛みが走るように成った。

そんな状態だったので、当然ぐっすりと寝る事が出来ず、寝不足のせいか風邪のせいか判らない怠さを引きづりながら午前6時の起床時間を迎えた。寝てる間に喉が渇いたのもあるのでしょうが、起き掛けは喉が焼けるようにヒリヒリと痛く、咳をする度に背骨に激痛が走った。

「今日だけは休ませて欲しい!!!!」と、コーディネーターにはあるまじきリクエストをプロデューサーにお願いしそうに成ったが、根性で着替え、車に乗り込みノースショアへと向かった。

ノースショアでのロケは水中カメラを使ったロケだったので、本番中はやる事が無く、そのお陰で1〜2時間程休む事が出来たが、依然頭はボーッとしてるし、咳が出る度に喉も痛い。そしてこの状態は午後5時頃迄続いた。

今日もディナーのアシストは要らないとの事だったので、ロケ終了後は直ぐに帰宅したのですが、家に帰り、安心したのか、今は少しは楽に成ったような気がする。気のせいかもしれないが、、、、、。

明日は午前8時に家を出ます。少し遅めのスタートなのでホッとしてると同時に、今晩で風邪を完全に直し、明日からは体力全開で残りのロケを乗り切りたいです。

2009年03月07日

「風邪が直らん!」

昨日いきなり風邪に犯されたものの、12時間近く寝て完治したと思われましたが、今日の昼過ぎから強烈な体力の低下&だるさに襲われ、午後9時の今は頭もボーッとしてフラフラです。明日は午前6時起床でノースショアでのロケ。少しでも寝て、体力を回復せねば!

p.s今日のディナーは焼き肉。狂ったように食べたニンニクが明日には聞いてくれる事を祈りつつ、おやすみ〜〜っ。

「ハワイ連日最低天気記録更新中」

3月5日は一日だけテレビ番組の撮影を請け負い、翌6日からは別のdvd撮影に合流しました。

昨日はそのdvd撮影の初日だったのですが、天気が最悪。ちゅうーか昨日に限らず、ここ1週間以上ハワイはずーっと曇り&雨の寒い日が続いており、空模様は冬のロンドン。ワイキキで沢山見かける卒業旅行らしきグループなどは可愛そうな滞在になってしまっています。

そんな気候と続く仕事が老体に応えたのか、昨日の昼過ぎから急に鼻水がナイアガラの滝のように出始めた。ティッシュを箱ごと小脇に抱えて仕事をしてたのですが、午後5時頃には頭もボーッとし始め、完全に風邪の症状全開。この日のディナーのアシストは休ませて貰い、帰宅。

直ぐに熱い風呂に入り、薬とビタミンをがぶ飲み。久しぶりに早く帰って来た僕に「遊んで欲しい」とせがむ息子とフラフラの状態ながら根性で30分程遊び、午後7時にベッドに入った。

で、現在は午前8時。鼻が詰まって夜中に何度も起きたが、今は少しは楽に成った、、、、、ような気がする。ロケは12日まで続くので、ここは気合いで風邪を克服せねば!このロケさえ乗り切れば長期の休み(つまり仕事が無い!)が待ってるのだ!

2009年03月03日

「老眼鏡デビュー」

ココ数年、年のせいか視力が急激に落ちた。その為半年ほど前から老眼鏡を探してたのですが、普通のオッさんがかけるような老眼鏡には抵抗があったので、フレーム部分に炎の柄が入ってたり、ガイコツをモチーフにしたロックな老眼鏡を探してたんですが、探す事が出来ず、結局スタンダードな黒ぶちの物をロサンゼルスへ行く前にインターネットで購入しました。

で、とどいたのがコレ↓
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何故かケースはピンク、、、。

ケースの色指定は無かったと思うので、これしかなかったのだろうか?

で、かけてみたらこんな感じ
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なんか年老いたアジアの苦学生ぽいのですが、しょうがないので、しばらくはこれで通しますです、はい。

2009年03月02日

「一日だけ休んで又仕事、、」

なんか口癖のように成ってきた感がありますが、疲れてるよーっ!

カリフォルニアから帰って来た翌日(2/28)は休みだったのですが、この日は日立用原稿の締め日。メルローズ滞在中は殆ど寝れず、飛行機の中で一睡も出来なかったので、この日の朝起きた時は強力な時差ボケ感覚が体に有り、やる気ゼロ。奇しくもその日の午前中は大雨で激寒。戦意喪失で何も出来ず、ボケ老人のように一日寝て過ごしました。

で、一夜明けた昨日は雑誌の撮影。一日だけの現場でしたが、だらけた体を奮い立たせ、何とか一日を乗り切る事が出来ました。ディナーのアシストを終え、家に着いたのは午後11時。倒れるようにベッドに入り、朝迄熟眠。(ちなみにこの日の撮影はモデルの俳優さんがとても良い人でした。本当は名前を公開したいのですが、当ブログの性質上自粛させて頂きます)

で、今日。既に締め日を2日過ぎた日立用原稿を上げるため、朝からモアナルア・ガーデンへ。諸々の撮影を行い、郵便局でカリフォルニアでの現場のインボイスをロサンゼルスのプロダクション会社へ送り、家に帰ったのが午前11時。ランチを食べ、ようやく原稿を送信出来たのが午後4時。終わったよーっ!疲れたよーーっ!!!

しかし、これで3月5日迄は休めるので、気持ちは随分楽に成りました。明日から3日間は正月のようにダラダラとテレビでも見て過ごしたいっす。

2009年02月28日

「ロサンゼルス滞在ダイジェスト」

長いロサンゼルス滞在を終え、昨日の夜10時前にようやくホノルルへ戻って来ました。今回の仕事はミュージック・ビデオの撮影だったのですが、コレ迄僕が携わって来たどのロケよりも規模が大きい現場で、普段自分がハワイでやってるロケの小ささ、ローカル度などを思い知らされた現場でした。

今日は滞在中に撮った写真などを交え、滞在中の様子をお知らせしたいと思います。

先ずは、今回滞在したホテル。ホテルの名前は今後何があるか判らないので明記する事は出来ませんが僕の部屋はこんな感じでした。
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部屋のラナイから見た光景。
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ご覧の通り、普通の住宅街に有るのです。ホテルの入り口に大きな車寄せも無く、車道に停めるだけ。外からではホテルと判らない作りが人気のようです。

そして部屋からみたサンセット
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滞在中は何度もルームサービスで食事をしたのですが、毎回このような感じで運ばれて来た。
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ホテルには9日間も滞在したので、ルームサービスのメニューを全て食い尽くした。味は普通で余りお進め出来ない。又、滞在中にも書いたのですがルームサービスには何度もオーダーを間違えられた。写真はマネージャーから差し入れられたお詫びのフルーツと手紙だが、個人的には二度と泊まりたく無い5つ星ホテルです。
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ハリウッドに有った日本のコンビニ・チェーン「FAMIMA(ファミマ)/ファミリーマートを略した物がアメリカでの名称」。
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店のレイアウトは日本のファミリーマートとは全然違うが、おにぎりやポッキーなど日本の商品も置いて有った。

続いてはロケの様子を。ロケ地は3つ有ったのですが、写真はロサンゼルスから北へ2時間弱の所にある砂漠地帯。
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この永遠に続く一本道で幾つかのカットを撮影したのですが、朝は最高に寒く、遠くに見える山に雪が積もってた。ちなみにこの土地は売り出し中です。興味の有る方はどうぞ。
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このような場所ではトイレなども無い為、当然プロダクション側で用意されるのですが、ハワイのロケで見るプラスチック製の安いトイレ・ブースは無く、写真のような豪華トレーラー内蔵のトイレが用意されてた。
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トイレもプラスチック製ではなく本物のセラミックでもちろんこれはスタッフ用。出演者さん用のはさらに豪華なモーターホーム内に内蔵されており、ハワイでは有り得ないハイエンドな設備です。

軽食や飲み物が用意されるクラフト・サービスもディテールが違う!ビタミンも用意されてるし、ピーナッツなどは食べやすい様、盛りつける為の小さめのコップとサジが用意されてた。レイアウトも綺麗で見やすい。これはハワイのクラフト・サービスにも学んで欲しいと思った。
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出来立てのコーヒーも常に用意。朝食用にその場で卵やベーコンをお好みで焼いてくれるハワイでは有り得ないサービスも有り、常に暖かい朝食が食べれる状態でした。
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朝買ったコーヒーが保温されずに置いて有るハワイのロケとは気配り度が違います。又クラフト・サービスで一番驚いたのは、クラフト・サービスの人が暇な時間にマフラーを編んでて、それをその場で売ってた事。
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ハワイでクラフト・サービスの人が暇な時にでもこんな事をしてたら、怒られるかも知れないが、アイディアは良いのでは。結構いい感じだったので、買わなかった事を今頃後悔しています。

今回のロケでは空撮も沢山行った。ハワイでも空撮は行うのですが、本土では何もかも規模がデカく、一番驚いたのはヘリの燃料を積んだタンクローリーが現場に常に待機してた事。空港へ戻って燃料の補給する移動時間のロスを減らす為に用意されてるのですが、ハワイのように燃料補給をする為にイチイチ空港へ帰らない事に感動〜っ。
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又、毎回ヘリが飛び立つ度に舞い上がる砂煙を抑えるため、放水車が随時待機し、ヘリが飛び立つ度に着地点に水を撒いてた。ハワイでは考えられない配慮とサービスです。ヘリのパイロットも映画を専門に受けてる人で、ヘリの操縦は普段観光客を乗せて島を飛んでるだけのハワイのパイロットと桁違いの上手さ。

撮影中はビデオで撮れた映像を確認(プレイバック)するのですが、ビデオ・エンジニアの機材が凄くシンプルでカッコ良かった。
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これはハワイのコーディネーターにしか判らないかもしれないが、アナログのテレビを数台所狭しとマグライナーに乗せて、コードもどこに繋がってるか判らない「小汚い野郎の一間暮らし状態」のようなモニター機材で毎回現場に現れるハワイのエンジニアどもに見せてやりたい。

PCも2台スッキリと設営出来、移動も簡単。動く度に何かがマグライナーからこぼれる落ちるハワイのエンジニアとは雲泥の差。何とかしろ、ハワイのビデオ・エンジニア!

ロケ最後の写真はコレ↓
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砂漠の真ん中でイキナリ現れた撮影現場に興味をしめしたドライバーが前方から目を離し、スタッフ全員が見守る中、道路を飛び出し路肩に突っ込んだ。幸い現場に多くの警察官が居たので、直ぐに調書が取られ、レッカーで移動されたが、バンは配達会社の物らしくドアの所には「絶対に時間通り配達します」の文字が、、、。ちなみにこの日は間に合わなかっただろうね、、。

砂漠のロケ以外にもロケの候補地として大きなスタジオを見学させて貰った。写真のスタジオは映画のサントラなどをレコーディングするスタジオで、ブース内には大きなスクリーンが有り、そこに映し出された映像に合わせて演奏した物をレコーディングする方式。

この日もフル・オーケストラのレコーディング中で、ブースの中はそれぞれのセクションに分かれて仕切られていた。
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指揮者の所には巨大なストップ・ウオッチがあり、これを見ながら演奏の映像に合わせて行く模様。従来のクリック・トラックを使うバンドのレコーディングとは全く違う映像重視のレコーディングです。
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別のロケ地で登場し僕を驚かせたのはコレ↓
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正式名称は忘れたが、月明かり効果を出す照明機器で、巨大な飛行船のように空中で浮いており、完璧な月明かりを演出してた。夜のロケが殆どないハワイでは一生見る事が出来ないかもしれないが、本土では当たり前に使われてるらしい。

長い滞在中、半分以上の食事はルームサービスで済ませたが、何度か出掛けた時は常に高級店へと出掛けた。特に寿司屋はハワイより遥かにレベルが高い印象を受けた。写真はダウンタウン・ロサンゼルスに有るしゃぶしゃぶ店「かがや」。ここでも特上和牛を食えなく成る程食らった。
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さてさて早送り的にお届けしたロサンゼルス滞在ですが、楽しんで頂けたなら幸いですし、これを読んだ皆さんが今後ロサンゼルスに行く事があり、何らかの参考になれば幸いです。

明日は一日テレビのロケがありますが、明後日から3/5迄3日間休めます。しかし、その間に日立用原稿を仕上げねば成らず(本来の納期は2/28)3月5日からのロケが終わる3月13日まではゆっくり休めそうに有りませんが、それ以降は何も無いので、3月後半はゆっくりと過ごせそうです。

2009年02月25日

「えっ 、カリフォルニアに来てもう12日目!?」

まったく道が判らない町で運転してて、早8日目が過ぎて行こうとしています。

昨日は都心から2時間近く離れた「砂漠」。今日は1時間半程は馴れた海沿いのハイウェイでロケを行いましたが、ロケハンの時にたった一度行っただけにも関わらず、何とか道を間違えずに現場に辿り着き、戻って来る事が出来ました。人間にも帰省本能があるのでしょうか?

ロサンゼルスに着いた時、ホテルが素晴らしいと書いたのですが、素晴らしいのは作りだけで、サービスの失敗が余りにも多く、ココ3日間は毎日ホテルの人に文句を言いました。

2日前にマネージャーさんが直々に僕の部屋に電話をくれ、諸々の事を誤ってくれたものの、翌日の朝再び同じミスをルームサービスが犯し、発狂しそうに成りました。

又、その日の晩はベル・デスクともモメ、どうやらこのホテルで働く人は、僕たちのようにホテルでも仕事をする人間を過去に受け入れた事が無く、対応出来ない。観光、もしくは寝るだけの為にホテルへ買える人達を問題なく持て成す技量しかないように感じました。こんな素晴らしいホテルなのに残念です。

昔、日本で来日アーティストの通訳の仕事をしてた頃にも同じ様な事を経験しました。例えば当時東京で僕たちが滞在してたホテルは僕たちの出すリクエストに的確に答える事が出来たのですが、地方に行くと、ホテルは立派なのに、従業員が観光客程度しか扱えない、もしくは扱った事の無い所が多く、僕たちのリクエストに的確に答えれなかったり、動きが観光客相手のスピードだったした記憶がある。

こればかりは教えてもらったり、経験するしかないのですが、お願いする側にはストレスが重くのしかかります。

明日が撮影最終日、ここ迄右も左も判らない町で頑張って来たので、最後迄ノーミステークで終えれるよう集中して行きたい。ハワイを出て12日目、早くハワイに(家に)帰りたいです。

2009年02月23日

6日目の朝/グッド・モーニ〜ン」

ロサンゼルス滞在6日目の朝です。日本の皆様もニュースでご存知だと思いますが、昨日はアカデミー賞の授賞式でしたが、ここハリウッドでは朝から上空をヘリコプターが渡り鳥の群れのように飛んでおり、僕にはその絵自体が映画のようでした。

昨日は午前2時半に就寝し、今朝は午前8時半に起きました。今は午前10時、ルームサービスでオーダーしたモーニング・コーヒーを飲みながら、朝ご飯の到着(これももちろんルーム・サービス)を待ってる所です。

今日から26日迄がはかなり過密なスケジュールに成りそうですが、毎日6時間位は寝れてるので、今のところ体力も十分あり、このまま27日迄テンションを落とさず頑張れそうな感じです。

幸いメールをチェック出来てるので、必要な人達とはコンタクトが取れてるのですが、ハワイに帰ってから数日間の休みを経てからすぐに仕事が始まり、それが3月半ば迄続きます。疲れるが、不景気だと言われてるこの時期に仕事が有る有り難さを忘れず、一つ一つの仕事を大事にしたい。
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追記:昨日の夜、日本の友人から電話が有り、今年中に彼が父親に成る事を聞かされました。この嬉しいニュースはこの日のストレスを一気に吹き飛ばしてくれた。この場を借りておめでとうを言いたい。

2009年02月22日

「滞在4日目」

現在朝10時。のんびりしてる訳ではありません、今朝は5時半に起こされ、1時間半程仕事をした後、再び9時迄寝て、いま再び起きた所で、時差ボケみたいな感じです。

今日から27日迄は食事を部屋で(ルームサービスで)取る事も多く成るだろうと言われたのですが、今日はイキナリ朝食からルームサービスです。ホテルで最後にルームサービスで食事したのって何時だろうか、、考えて見たのですが、思い出せません。たぶん15年以上も前だと思う。

昨日は高級ブランド店が立ち並ぶロデオ・ドライブへ行ったのですが、ここではベンツしか居なかったといっても良い程ベンツで溢れてた。現地のコーディネーターに聞いた所、ビバリーヒルズのベンツ・ディラーの販売数はアラブと並んでトップらしい。

さて、今日も息の抜けない一日が始まりますが、必要以上に気張らず、落ち着いて一つ一つの課題をクリアにしたいと思います。

2009年02月20日

「凄い町」

メルローズ滞在、3日目が終わりに差し掛かりましたが、この町に居る金持ちの数には本当に驚く。道路を走ってるのはベンツとBMWばかり。

その他にもランボルギーニやフェラーリなどがごくごく普通に走ってたり、路駐されてたりで、信じられない光景が普通に通り過ぎて行きます。

ちなみに今日、車を洗車に行ったら、僕の前にガンズ&ローゼスのドラマー(確か名前はマット?)が普通に並んでいました。もちろん最高級のベンツを洗車して貰っていましたが、とにかく凄い町ですここは。

今日も高級寿司屋でディナーを食らい、この現場が終わったら普通の生活に戻れるのか(感覚が)心配すらしてしまいます。

2009年02月19日

「ロサンゼルス/2日目」

現在深夜零時半。メルローズ暮らし2日目の夜が更けて来ました。ベンツやBMWがカローラのように走ってる町で、毎日高級レストランでディナーを食べ、にわかセレブ気分を満喫しています。滞在してるホテルも5つ星ホテルで、何もかもが凄いです。これが5つ星かって感じです。

今回の滞在は得る物が多い滞在に成りそうです。毎日運転してるので、道も少しずつ覚えて来ました。知らない所での仕事は何が何処にあるかがまったく判らないので、ストレスもありますが、その反面こんなに刺激のある現場は初めてです。まだ滞在は残り長いのですが、一日一日を楽しみながら行きたいと思っています。

2009年02月18日

「ロス入り」

昨日の夕方、「18日の早朝からロケハンに出掛けるので、今晩からロスに入って欲しい」と言われた僕は、夜9時には荷物を全てまとめ、ロサンゼルス入りしました。

昨日はスタッフとの打ち合わせ、諸々の説明などを受けてホテルにチェックイン出来たのは午後11時半。疲れてたのですぐに寝ましたが、凄いホテルに滞在する事に成りました。5つ星ホテルです。

現在午前5時半、今日はこれからロス郊外の地をロケハンに向かいます。明日から寝れるんだろうか、、、。

2009年02月16日

「カリフォルニアからこんにちは」

カリフォルニアに到着し、早2日目。昨日の夜、寝室でインターネットを繋げてみたら、オープンに成ってたアカウントに繋がった!

ちゅー事なので、ココ数日の事をざっと書いてみようと思う。

14日午後4時の飛行機でロサンゼルスへと飛んだ僕は、同日午後11時半にロサンゼルス国際空港に到着した。飛行機の席は13番とかなり前のほうでしたが、席が殆どリクライニングせず、まったく寝れなかったので、ロスに着いた時点ではかなり疲れてたし、眠かった。

荷物をバゲージ・クレームで受け取ると、直ぐにレンタカーのシャトル・バスに乗る事が出き、深夜零時にはレンタカー会社のカウンター前に到着。ここまではとてもスムーズだったのですが、レンタカー会社では受付をしてる人が一人しか居らず、20分程待たされ、最終的に車に乗り込んだのは零時半。

40分程深夜のフリーウェイを走り、自宅近くの24時間スーパーにビールと食料を買いに寄ったのだが、そのスーパーが無くなってた。僕が子供の頃からあったので、20年は営業してたはず。人も増えてる地域なのに、何故だろう、、?しかたがないので実家の近所にあるセブン・イレブンで僅かばかりの食料を購入した。

実家は1ヶ月以上も空き屋に成ってるせいか、冷えきっており、ヒーターを全開でかけ、シャワーなどに入り1時間半後に就寝。

翌朝、妹に電話をかけ、親父の居る老人ホームの場所を聞いた後、面会へと向かった。親父はダウン・タウン・ロサンゼルスにある、日系アメリカ人の多い老人ホームに居るらしく、実家からだと40分程かかる。昨日来た道を戻る感じでロスへと向かった。

午前11時半。ちょうどこれからランチを食べる所だった親父と合流。せっかくだからとダウン・タウンに有る「リトル東京」で和食を食べる事に成った。

親父が余り長く歩けないので、この日は車を停めた駐車場から一番近い食堂に入ったのですが、味はハワイのプレートランチ並みで、日本語の通じる店員は一人は居なかった。ここら辺がこのリトル東京がイマイチ盛り上がりきれない部分なのだろう、、。歩いてる人達も殆どが日本人以外。唯一最近ハワイにもオープンした「NIJIYA MARKET」があり、そこで親父は漬け物など、そして僕は息子のお土産用にオモチャ付きの駄菓子を購入した。

老人ホームに戻ると、受付で担当の人に伝えれば、親父をそのまま外泊させる事も出来る判り、その日は親父を連れて帰る事にした。親父もまだ家に残して来た幾つかの物をピックアップしたい言うので、ちょうどよかった。午後3時頃に親父を連れて帰宅。親父も久しぶりの我が家ですっかりくつろぎムード。夜は二人で吉野家の牛丼を食した。

で、一夜明けて今日。外は大雨。南カリフォルニアでこんなに雨が降るのは珍しい。僕が最後にカリフォルニアでこんな大雨に遭遇したのは2001年にアナハイム・コンベンション・センターで仕事をした時以来のような気がする。その時も豪雨で、最終日に実家へ戻る事を許された僕は(仕事中は会場近くのホテルに滞在した)フリーウェイを制限速度以下の40マイルで恐る恐る走行した記憶がある。

午前10時に親父を連れて老人ホームへ。何だか毎日ロサンゼルスに行ってる様な気がする。ラッシュ時を避けてるので45分位で着くが、これがラッシュアワーだと2時間はかかる。毎日ロサンゼルスに通勤してる人は大変です!

昼前に親父と別れ、再び実家の有るアナハイムへ。家へ帰る前に近所のショップで長袖Tシャツを何枚か買おうと思ったら、既に春物が売られており、冬物は僅か1枚のみ。無いよりはマシだろうと、迷わず購入。

18日から始まる仕事では酷寒の砂漠での撮影も有るらしいので、明日もう一日有る休みを使い、何軒かのお店を回りハワイでは絶対着ないだろう長袖をもう数枚購入しようと思う。

2009年02月14日

「出発前の検査」

昨日一日落ち着いてたお腹ですが、夜に再び痛み出したので、今朝病院に行きました。診察の結果、腸が弱ってる様なので整腸剤をしばらく飲んでみる事を進められたと同時に、念のため血液検査もしてもらいました。

明日からのカリフォルニア生活では好きな物を好きな時に食べれない生活が続くと思われるので、体調を気にしながら、日々を過ごしたいと思う。

現在昼の12時。フライトは午後4時なので後2時間程で空港へ向かいます。
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2009年02月13日

「急な仕事で明日からカリフォルニアへ」

急な仕事で明日からカリフォルニアへ行く事に成りました。仕事は18日からの予定なのですが、老人ホームへ入り、環境の変わった親父を訪問する為と、空き屋に成ってる実家の様子を見る為、4日程早めに現地入りする事にしました。

18日迄は実家に居ると思うのでインタネット環境は無く、メールなども確認出来ない可能性が高いのですが、18日〜27日迄は有る程度のホテルに滞在するようなので、この期間はメールなどを確認出来ると思われます。メールを頂いた場合、返答が遅れるかもしれません事をご了承ください。

そんな訳で昨日、今日は何だかバタバタしました。今日は朝10時から保育園で行われた親子面談に参加。普段見る事の出来ない保育園での息子の様子を聞く事が出来たと同時に、色々気になってた事を質問出来、少し不安だった息子の保育園に対し安心感を持つ事が出来た。

その後、スーツケースを取りに倉庫へ出向き、2週間に及ぶ旅に必要な物を購入する為ウォールマートへ。ウォールマートで買い物を終えたのが昼前だったので、キング・ストリートに出来た定食屋(hinone mizunone)でランチ。メンチカツ定食を食べたのですが、凄く美味しかった。日本の定食屋と同じ味と言っても良い位。又時間があれば訪れたいと思う。

明日からは和食おろか、米すら食べれない生活が2週間は続くと予想されるのだが、いまいちスッキリしなかったお腹も今日は落ち着いており、このまま回復に向かう事を願うばかり。

次回の更新は何時に成るか判りませんが、チャンスがあればカリフォルニアから更新したいと思っていますので、暇な時にでも覗きに来てください。

2009年02月11日

「パスポート更新手続き成功」

やってきました、パスポートの更新。更新所窓口は午前8時半から空いてるとウェブサイトに書いてあったので、午前9時に自転車で自宅を出発。更新所はアロハタワーの近くにあり、自宅から20分程で到着出来ました。

ウェブサイトには「14日以内に国外に出る人以外は窓口ではなく、パスポートを郵送して更新するように」と書いてあったのですが、膨大な個人情報を持つパスポートを普通郵便で送るのは躊躇いがあった為、ダメもとで今回更新所を訪れたのです。

手荷物検査を受け、建物内に入ると、少し迷いましたが、パスポート更新所を見つける事が出来た。ドアを開けると両腕にびっちり入れ墨が入った受付の人に来意を聞かれたので「パスポートを更新に着ました」と告げた。

すると、予想通り「2週間以内に国外へ出る予定ですか?」と聞かれたので、「いえ、しかし、パスポートが今月24日で切れるので、その前に更新したいと思いまして、、」と告げると、「判りました」と快く写真2枚、申込書、コレ迄使ってたパスポートと小切手$75を受け取ってくれた。

更に受付の入れ墨さんは「ウェブには4週間と書いてあるが、通常は2週間で届くはずです」と教えてくれた。今月中には新しいパスポートが来るはずだ!

今回のパスポート更新にあたり、政府のウェブサイトを入念に読んだのですが、「直接更新所に来る人は14日以内に国外へ出る人のみ」と何度も書いてあるにも関わらず、窓口で受付貰えた。昨日写真屋の親父に聞いた通りでした。僕のように何となくパスポートを郵送する事に不安を抱えてる人は直接窓口に行った方が良いかもしれません。

brickhouse.JPG帰り道は普段車では通らない裏通りをのんびりと自転車で走ったのですがカカアコ消防署横に絵に成る赤煉瓦の古いビルを見つけた。バリエーションの欲しい雑誌の撮影に使えそうな気がするがどうでしょうか?

家に帰り遅い朝ご