« 2009年05月 | メイン | 2009年07月 »

2009年06月26日

「友人との数日」

24日から日本の友人が泊まり込んでおり、連日ロケより忙しい日々を過ごしています。

昨日は日帰りでハワイ島を訪れたのですが、コナからサドル・ロードを使って火山公園迄移動。その後は海沿いにホノカア、ワイメア、ワイコロアと8時間以上運転して午後8時にコナに帰って来て、そのまま午後8時50分初の飛行機に飛び乗り、オアフ島に着いたのが午後9時半、家に帰ったのは午後10時でした。

8時間に及ぶ運転のダメージからか、今朝は全然起きれず、午前10時にようやく活動開始。友人の為に最新型の-phone3GSを契約し、レンタカーを借りて、ノースショアへ行き、家に帰ったのは午後5時。2日連続のハード・スケジュールに疲れきり、この日の夜は外出せず、我が家でアヒポケを食べて終わり。
north32.JPG

友人は30日まで滞在するのですが、明後日(28日)から僕がロケでハワイ島へ移動し、7月2日まで帰ってこないので、(その間友人は我が家で一人暮らし)友人と一緒に過ごせるのは明日が最後。

そんな訳で明日一日もあちこち動き回りますが、最近結婚し、嫁が妊娠した為、今後しばらくハワイを訪れる事が難しく成るで有ろう友人がこの度の滞在を楽しんでくれればと思います。

2009年06月22日

「多くを学んだ現場」

18日から雇用されてた現場が今日で終わり、緊張が解けた今は抜け殻状態です。

ルックスのせいか、タレント付きに成る事は殆どなく、現場では制作回りの担当に成る事が多い僕にしてはめずらしく、今回の現場ではタレントさん担当のコーディネーターだったのですが、タレントさん(超大御所の俳優さん)が、とても、とても、とても良い人で、凄く楽しい時間を過ごせただけでは無く、連日の食事タイムや移動中での会話からは、一人の男として、多くの事を学ばせて頂く事が出来ました。

大人のエロスを絶妙な割合で持ち合わせてた俳優さんは、年を重ねるに辺り、「あの人のように成りたい」と目標に出来る人が居なく成ってた僕の大きな目標に成りました。ご一緒させて頂いた間にはプライベートの話も沢山させて頂き、自分がこれから年を食って行く過程で、どう処理(消化)して判らなかった幾つかの課題がクリアに成ったような気もします。

最終日、空港へ向かう途中、僕に子供が居ると知った彼は、別れ際の握手の際「これで子供に何か買ってあげて」と、半年分のオモチャが買える金額を持たせてくれた。街を歩いてても、レストランで食事してても、ファンに声をかけられたら、一人一人丁寧に対応し、笑顔で写真撮影にも応対してた俳優さんのフレンドリーなスタンスと懐のデカさは、仕事柄色んなタレントと接する機会の有る僕ですら、数年前に仕事をご一緒させて頂いた西川きよしさん以来見た事が無い物でした。

そんな人から「mortyは凄くいいよ、このままやってれば必ずこの世界で成功出来る」と言って貰えた事は、大きな励みに成ったし、自分に更なる自信を付ける事が出来た。これから目指せる物をくれた俳優さんに感謝すると同時に、今の気持ちを忘れず、少しずつ自分に磨きをかけ、良い感じのエロスを持ち合わせたオッさんに成りたいと思います。

2009年06月15日

「ウニ」

昨日の夜から日立用の原稿を書き始めたのですが、苦戦しています。

このサイトを読んでる方で、尚かつ日立のサイトに僕が毎月書いてる原稿を読んでる方が何人居るか判らないのですが、日立サイトでは毎月僕が取材を行い、原稿を書く「ハワイ・レポート」と毎月アップロードされる壁紙原稿写真に対するコメントも書いています。

「ハワイ・レポート」はネタ探しも自分で行うので、記事を書くのは比較的楽なのですが、毎月苦戦するのは壁紙原稿。まったく知識が無い物が題材として扱われてる事が多く、それらの題材を元に、話を広げ、規定文字数以上の興味深い原稿を書き上げるのは、プロのライターじゃ無い僕にはかなり高いハードルです。

過去の壁紙原稿では「カウボーイ」、「シダの森」、「溶岩石」、「蘭」、「看板」、「牧場」などが取り上げられ、その際はインタネットでその題材に関して調べれるだけ調べた後、自身のイマジネーションを駆使して何とか原稿を書き上げてクリアしてきたのですが、現在取り組んでる壁紙原稿が「ウニ」を題材にした物。

ウニを題材にし、何でも良いから原稿を書くのは出来ると思うのですが、日立サイトに掲載出来る内容に成るとすぐには出来ません。

しかし、ウニと聞いて、すぐに思い付くネタが有ったのは事実。ただこのネタはとても日立用として提出出来る物では無いので、取り上げるのを止めたのですが、自分のブログなら大丈夫だと思うので、ここで書かせてもらう事にします。

ウニと聞いて、僕が一番最初に思い出したのは、90年代中期にジャパンツアーを一緒に回った「PANTERA/パンテラ」というバンドのツアーです。パンテラはロックというよりはスラッシュ・メタルと呼ばれるジャンルのバンドで、かなりハードなサウンドを持つバンドでした。

当時まだ自分のバンドで生計を立てる事が出来てなかった僕は、生活費を稼ぐ為に海外から訪れるバンドのジャパン・ツアーに通訳権ツアー・マネージャー・アシスタントとして同行していました。

パンテラもその一つで、ディナーなども含め、滞在中の彼等の身の回りのケアをしてたのですが、東京の六本木プリンス・ホテルに泊まってた時、ディナーに寿司を食べに行こうと言う事に成り、バンド全員とスタッフ数名を連れて六本木の「びっくり寿司」という所へ出掛けた。

アメリカの南部テキサス州で育った彼等には、生で魚を食べる事自体が大きなチャレンジだったと思うのですが、好奇心旺盛な彼等は、多めのワサビと醤油で様々な寿司を次ぎから次へとクリアして行った。

初めて食べる寿司を戸惑いながらも楽しみ、ディナーが中盤を迎えた時、ウニの寿司を乗せた皿がベルトコンベアのレールに乗って現れた。

この時、オレンジ色のその物体がどんな魚のどの部分かも理解出来なかったテキサスからの荒くれ者達が蜂の巣を突いたような騒いだのは言う迄も有るまい。

そんな中、バンドのシンガーが自席から立ち上がり「あれを食った奴に$100やる!」と実際に$100札を宙に差し上げたのだ。

「えーっ!!ウニ食って$100?!俺が食うよ!」と、いち早く僕は手を上げたのですが「mortyはローカルだからダメ」と言われ、誰がウニを手に取るか期待しながら見てたのですが、誰も手を出す事が出来ず、ウニは我々の前をゆっくりとスルーして行った。

通過後「あれは何なんだ??」という質問を浴びせかけられた僕は、「ウニだよ」と説明したのだが、彼等にはウニの黒いイガイガの中がオレンジ色だという事が信じられないようで、結局その晩は誰もウニに手を出さなかった記憶がある。

とまあ、こんな話なのだが、パンテラの話が出たついでに、もう一つパンテラの話を。

僕がハワイへ移り住んで数年後のある日、この時のツアー・マネージャーから電話がかかってきた。

「パンテラのギタリストが公演中に射殺された、、」

すぐにインターネットで調べて見ると、その事件を見つける事が出来た。この頃既にパンテラは解散し、パンテラのギタリストは兄であったパンテラのドラマーと新しいバンドでツアー中だったのだが、犯人はパンテラの熱狂的なファンで、バンドの解散を不服として事件を起こしたらしいと報じられてた。

ギタリストの名前は「DARRELL ABBOTT/ダレル・アボット」ファンには「DIMEBAG DARRELL/ダイムバッグ・ダレル」としてひたしまれており、実際に僕がツアーに同行した時もバンドのメンバーにも「ダイム」と呼ばれてた。

ダイムと個人的な想い出は無いのですが、ツアー中の自分をローディーに終始ビデオ撮影させてた事。東京駅で見かけた乞食に100円玉を転がし、反応を見てた事。六本木のバーで酔っぱらって、椅子の背もたれに脇腹を打ち付け、「あばらが折れた!」と騒ぐので、深夜の救急病棟に連れて行った際、医者にシャツを脱ぐように言われ、上半身裸に成ったものの、胸にデカデカと彫ってあったロック・バンド「KISS/キッス」の入れ墨を見て、医者も看護婦も固まってた事などのツアー中の珍事を思い出した。

ダイムの葬儀には沢山のミュージシャンが参列したのですが、彼の才能の高さを裏付けるのは、葬儀に参列したエディー・ヴァン・ヘイレンが自身のセカンドアルバムのジャケットで実際に手にしてる黄色のストライプが入った黒いギターを棺桶の中に入れた逸話だろうか。

葬儀に参列したダイムの友人がテレビのインタビューで「高校生の頃、お前が死んだらヴァン・ヘイレンが黄色のストライプを棺桶に入れてくれるぞ!と当時のダイムに言ったら”いま俺を殺してくれ!”と笑顔で言っただろう」と語ってたのが印象的でした。

さて、ウニの話からパンテラへと、かなり話がそれてしまったが、ここら辺で真面目に原稿書きを頑張らないといつもでも終わらないので、ここらへんで。それじゃ、又ね〜

2009年06月12日

「GMCトラック購入記第28弾/オイル・チェンジ」

久しぶりのGMCトラックネタは地味なオイル・チェンジです。

トランス・ミッションからのオイル漏れを発見した前回のオイル交換時には、トランス・ミッション・オイルを約1リットル追加して貰ったのですが、それ以降はいつも停めてる駐車場の地面にオイル漏れが見当たらず、ここ1週間程前からようやく僅かなオイル漏れが見れるように成った。

前回ショップ入りした時にシーリング剤でも塗ってくれたのかなと思いながら、時々トランス・ミッション・オイルの残量も時々見てたのですが、ゲージを見る限り減ってる様子は無く、1ヶ月前に近所のドラッグストアで購入したトランス・ミッション・オイル漏れ止め添加剤も使わないでいました。

午前10時頃「オイル・チェンジ終わりました」との連絡を貰い、徒歩でトラックを取りに行ったのですが、「トランス・ミッション・オイルは前回程減ってはいませんでしたが、少し残量が落ちてたので、500ミリ程追加しました」との事。

ここ2週間はトランス・ミッション・オイルの残量を確認してなかったのですが、やはり少し漏れてるのでしょうか。車が日々動く事により燃焼されてる分も有ると思うのですが、これからも注意して様子を見ようと思っています。
oilchange612.JPG

2009年06月10日

「ミス・カリフォルニア2009」

今年のミスU.S.A候補だったミス・カリフォルニアのキャリー・プリジーンさんがミス・カリフォルニアのタイトルを剥奪されました。

キャリーさんは今年4月に行われたミスU.S.Aを決める最終選考会の質問コーナーで、ホモセクシャルである男性審査員に「同性愛の結婚についてどう思うか?」と質問され「アメリカは自由の国で有り、誰でも選択の自由を持つ事が出来る。しかし、私は結婚は異性間で行うべきだと思います」とコメントした。

このコメントが火種と成り、その後、彼女が17歳の頃に撮ったセミヌード写真、そしてミス・カリフォルニアに応募した1年前に撮ったトップレスの写真がネット上に流失し、キャリーさんは渦中の人と成ったのですが、質問された事に関し、自分の思う事を言っただけで、何故これだけの騒ぎに成ったのか、僕はまったく理解出来ませんでした。

ところが、色んな記事を読み進んで行くうちに、ミスU.S.Aに相応しい人というのはあらゆる物事を大きな尺度で判断出来、個人の意見や見解よりは、世論を意識した発言と行動が出来る人が適任であると判断されてるようで、ミスU.S.Aコンテストは個性と容姿のぶつかり合いの場だと思ってた僕は、この事実に驚いた反面、コンテストの主旨を大げさに言い換えれば「綺麗で優等生な振りが出来る人を選出する物」で有り、タイトルを保持してる間は個人の意見は二の次で有り、タイトルに伴う行動と発言に責任を持てない人はタイトルを維持するに相応しく無いのだと捉えました。

キャリーさんは、問題と成った発言をした直後、ニュース番組の出演し「私はクリスチャンで有り、結婚とは異性間で行う物だと教えられて育った。今回の一件で様々な事を言われましたが、今でも私の考えは変わらず、結婚は異性間で行うべき物だと信じてるいます」と発言した所を見ると、コンテスト主催者の歌うミスU.S.Aとしての「志」をふまえて応募したのでは無いのは瞭然。

アメリカではココ数年、同性愛者の結婚を認めるか認めないかが激しく議論されており、実際に幾つかの州では同性愛者同士の結婚を認める判決が出され、それらの州では同性愛者同士が結婚する事が可能なのです。

同性愛者では無い僕は、当初何故、同性愛者が結婚にこだわるのか判らなかったのですが、結婚出来る事により法的に家族と見なされ、通常の家族が行うように財産、クレジット・カード、医療保険などの共有と共に、カップルのどちらかのみが働いてる場合は扶養家族としての税金の申告も出来るようになるらしく、結婚と言う行為そのものに対してのこだわりもあるが、それ以外の結婚する事により得る事が出来る様々な特権が、同性愛者が強く結婚を願う裏に有るらしい。

既に幾つかの州で同性間の結婚が認められてるアメリカですが、先日ある番組に実際に結婚した女性同士のカップルが出ており、彼女達の生活ぶりが放送された。画面を直視出来なく成ったのは彼女達が養女として迎え入れた少女が画面に出た時。

女性カップルは「子供が欲しかったから養女を取った。家族の関係はとても上手く行ってる」と笑顔でカメラにコメントしてたが、物心ついたその少女が、親が同性愛者で有る事を受け入れる事が出来るのか、、。又、判りやすい題材である同性愛は子供同士のイジメの対象に成らないか?自分の子供を同じ立場に置いて考えるとかなり息苦しく成った。子供が消化するには余りにも大き過ぎる題材で有る事は明確過ぎるからだ。

キャリーさんがタイトルを剥奪されたのは、彼女の問題発言が原因では無く、その後の公式行事を無断で欠席したからとの事ですが、問題のコアと成った「同性愛同士の結婚への解釈」を問いただした人は芸能界のゴシップを連日自身のブログサイトにアップロードしてる人で、強いて言うなら芸能評論家。こんな人を審査員に置いたコンテスト側にも学ぶ事が有るのではないか思う。

華々しいミスU.S.Aコンテストも所詮「宣伝=金」という基盤が根底にあるからこんな事が起きるのだろうが、クリエイティブな者より、当たり障りの無い者を見て喜ぶ世の中はつまらなく成るだけのような気がします。

追記:(6/11)キャリーさんは本選前に豊胸手術を受け、それらの費用はミス・カリフォルニア選考会本部が支払った事が判明。ミス・カリフォルニア選考会代表者のコメントは「ミスU.S.A.では豊胸手術を受けてる女性は多いし、現代ではごくカジュアルに行われてる事かので、問題は無い」とコメントした。ミスU.S.A.コンテストはその女性の本来の「美」を判断するじゃないんかい!!

2009年06月08日

「HAPPY BIRTHDAY 」

昨日は僕の誕生日でした。朝9時に起き、昼前に近所のスーパーへ買い物に行っただけで終わった一日で、別に寂しいとは思わないのですが、今迄の人生の中で一番静かな誕生日だったと思う。

この日のハイライトは午後7時頃で、突然自宅のドアがノックされ、誰かと思って出てみると、仲良くさせて貰ってるご近所さんで、「これ今日のバーベキューで余ったんだけど、良かったら食べて」と2キロ程あるカルビをくれた!すげーっ、思いがけない誕生日プレゼントだよーーっ!明日から食べまくるよ!
kalibi0607.JPG

P.S 誕生日おめでとうメールをくれた友人達にはこの場を借りてお礼を言いたい。いつもありがとう!

2009年06月01日

「里帰り2009」

今日から嫁と息子が日本へ里帰りしました。いつもの事ですが二人が居なく成った我が家は凄く静か。一人暮らしってこんな感じだったかな、、?と思い出したりします。

帰国に備え、倉庫に入れてたスーツケースを取りに行ったのですが、スーツケースの意味を理解出来る様な成った4歳の息子は勝手に荷造りを初め、写真のような状態に。
suitcase5.JPG

ちなみに入ってた服はTシャツ1枚に、半ズボン1枚で、後はオモチャばかり。マクドナルドのチャイルド・ミールで貰った猿のお面が何で入ってるのか判りませんが、本人に取っては大事な物なのでしょう。

先ほど(ハワイ時間午後7時)無事に着いたと連絡があったので、今頃は猿のお面を被ってると思います。

ココ数日は嫌な事が有り、気分的には冴えないのですが、良い事が有れば嫌な事も有るのが人生。時間をかけて消化していくしか無い。これから約1ヶ月に及ぶ一人の時間を有効に使いたいと思う。