「お世話になった方とのディナー」
僕がコーディネーターとしての仕事を始めたのは2001年初頭、一人のコーディネーターを知人に紹介されたのが始まりでした。しかし、紹介されたそのコーディネーターさんとはどうしても性格が合わず、わずか1年程でその人との関係は終わってしまいました。
他に知り合いのコーディネーターもおらず、トドメにその年の夏に起きたテロ(2001年夏)により撮影の仕事は激減し、途方にくれた僕は、たった一度だけ、仕事でお会いしたコーディネーターの女性に電話をした。
「少し前に雑誌の仕事で会った者です。コーディネーターの仕事をしたいのですが、唯一の知り合いだったコーディネーターさんと上手く行かずどうして良いか判りません、仕事を覚えていきたいので何かあれば声をかけてください」
ダメもとで電話してみたのですが、女性は「私はもう撮影関係の仕事はあまりしていません。しかし、コンベンションの仕事を多くやっています。少しジャンルは違いますがもしよろしければお手伝いしてください」と、どこの馬の骨か判らない僕に信じられない言葉をかけてくれた。
その後、その女性の仕事を通してハワイのコーディネーター数人と知り合いに成り、現在の僕に至のですが、彼女があの時、助けの手を差し伸べてもらえなければ僕はどうなってただろうか、、。今はある程度仕事が出来るようになり、色々な人から声をかけてもらえるようになったが、まったく使い物にならなかった時代の僕を辛抱強く雇用してくれた彼女に対して僕は感謝の気持ちを忘れた事がありません。
その彼女が今月末からサンフランシスコへ引っ越す事に成り、昨日ワイキキの「HY"S/ハイズ」で彼女と彼女の娘、そして僕と同じく彼女にお世話になった友人、計4名でディナーを食べた。
彼女と知り合い、早6年。当時9だった彼女の娘も15歳で、今回のサンフランシスコ行きは娘をアメリカ本土の高校へ通わせる為らしい。
15歳に成り、物心のついた彼女の娘は、見知らぬ本土での生活に多少不安を持ってるようだったが、この島を一時でも出て暮らすのは人生観を大きくするだろう。僕も同じように小学6年生の時、広島の小学校からカリフォルニアの中学へ引っ越し、日本でそのまま暮らしていたら味わう事も無かっただろう嫌な思いもしたが、そのおかげで現在の自分が形成された気がする。
お互い忙しく、ココ最近はゆっくり話せなかったが、昨日は3時間程色々話せ、助けてもらった当時の事を振り返りながら、再度お礼をする事も出来た。
ハワイには日本人が多く住んでて、当然変な奴らも沢山居る。しかし、その反面、彼女のように損得勘定なしで、人と付き合えるすばらしい人も居る。ダメもとでかけた電話から築き上げた彼女との関係は彼女がハワイを離れようとも、続けて行ければと思う。
コメント
思い切って電話をするのも勇気がいると思うよ!
変なプライドを持ってると、その時点で終わってしまってたかもしれないしね・・・・・
彼女は引越してしまうけど、また海外の仕事が入るかもしれないしね。
投稿者: kozy | 2007年08月23日 05:34
いい話だー。
私は残念ながらこのHさんには
お会いしたことが無いのですが、
良い出会いと想い出ができて良かったね。
それにしても性格が合わなかった
コーディネーターって誰か気になる。
業務連絡
29日の件了解。
又次の機会に。
ロケがんばってー。
投稿者: Mutsumi | 2007年08月24日 08:48
kozy
あの頃はワラにでも捕まりたい心境だったので、あまり考えず、まずはアクションを起こしたのが良かったのかもね。
彼女は引き続きハワイでの仕事があれば引き受けるそうなので(その時だけハワイへ戻ってくるらしい)きっと又仕事出来る事があると思う。(ちなみに彼女が引っ越すのはサンフランシスコなので海外ではないぞ!)
MUTSUMIさん
あれ、まだ会った事なかったですか?凄くいい人ですよ。
現在の仕事がもしかして27日で終わるかもしれないので、そうなればワイキキで上映される映画を見に行くつもりなので、そこで会えればいいですね。
投稿者: morty | 2007年08月25日 08:15