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2007年07月31日

「池袋滞在」

東京へ戻って来てから早3日目、日本に着いてから連日4時間以上移動してたせいか、なんか最高に疲れています。

一番疲れたのは昨日(7/31)。この日は午前11時から八丁堀という所に有る制作会社で打ち合わせがあったので、午前9時頃八重洲のホテルを出て、地下鉄で移動したのだが、日本の地下鉄に乗るには、階段が多く、(上り下り共に)そのくせ上り用のエスカレーターが所々にあるだけだったので、何度もスーツケースを担ぐハメになった。

乗り換えを含め、八重洲からわずか3駅の移動だったが、スーツケースを持って、朝の通勤者にまみれての移動は思いのほかハードでした。そのおかげで、池袋のホテルへ到着した時はクタクタでしたが、余力を振り絞り、ホテルのコイン・ランドリーで溜まってた洗濯を終わらせたものの、そこで燃え尽きてしまい、夜まで寝てしまった。

この日は午後8時半から音楽関係者の友人達とディナーで、午後8時迎えに来てくれた友達の電話で起こされ、ディナー会場へ移動。この日のディナーは全室個室の料亭だったのですが、料理も旨く、楽しい時間を過ごせた。料亭を出たのが午後11時半。ホテルに着いたらそのままベッドに倒れ込んだ。

で、今日。朝6時半に目が覚め、いくら頑張っても寝れなく成った。しょうがないので、ホテルのレストランで朝食を食べ、息子の土産を買ったりしたら、強力な睡魔に教われた!実は今日の午前中、ホテルに近所にある入れ墨師の所へ行く予定だったのだが、連絡がつかなかったので、一旦ホテルへ帰り、2日連続の昼寝を決め込むハメに。

午後3時頃目覚めた。まだまだ寝れそうだったが、ここで起きなければ!と、池袋の町を少し歩いてみる事にした。ホテルの表に出ると入れ墨師の方から電話が有り、土曜日の午後に会う事になった。

ホテルを出たものの、どこに行ってよいか判らず、町をウロウロした後、池袋に着いた日にみかけた楽器屋へ。しかし、目ぼしい物も無く、すぐに店を出て、1時間後に再びホテルへ戻って来た。

現在の時刻は午後5時。今日は午後7時から大塚で友達と食事に出掛けるので、それまでテレビでもみてます。

2007年07月30日

「広島での動き」

今朝は午前7時にさわやかに目が覚めた。いつもは国外へ移動すると時差ぼけで、4日程は全然頭が回らないのですが、今回はそんなに辛くないような気がする。気のせいで、もしかして今日辺りビッグウェーブが来るのだろうか?

階下の婆さんに朝の挨拶へ行き、ケアハウスの職員さんに聞いた近所の食堂へ朝ご飯を食べに出掛けた。

この食堂は6年前にはなかったので存在すら知らなかったが店内は絵に描いたような田舎食堂でモーニング・スペシャルがたったの450円!目玉焼きを初め、ミニハンバーグなどのおかずが5品も付いてて激旨!久しぶりのおふくろの味を堪能出来た。

食堂を出てから駅前にすむ同級生宅へ。ココ数年起きた事などを1時間程話し合い、ケアハウスへ戻った。

50localt0001.JPGケアハウスに戻り、しばらく婆さんと話をしてると、「寿司が食べたいのぉ〜」と言われたので、昼過ぎに電車に乗り広島駅へ。(僕の婆さんが居るケアハウスは広島駅から5駅離れた安芸中野という所にあります)

寿司を買う前についでに僕も昼ご飯を食べておこうと広島駅ビルの2階にあるレストラン街に乱列するお好み焼き屋さんへ行ったのですが、どの店も昼時ちゅう事もあったのか激込み!

しょうがないので、以前(ちゅうても6年前に一度)行った事が有る広島駅から歩いて10分ほどのお好み焼き屋さんへ。

506tetpei004.JPGうだるような暑さの中、わずかな記憶をたよりに歩いたのだが、すぐに目当ての店を見つける事が出来た。

店内には3人ほどお客さんが居たが、Lの字型の鉄板には空き席が沢山あり、すぐに着席出来た。オーダーしたのは定番の「豚肉玉そば」。

okonomi0003.JPG15分程で目の前の鉄板に注文した豚肉玉そばお好み焼きが出て来た。実家の近所のお好み焼き屋ではマヨネーズと生ネギがトッピングされてるのが、あたりを見回した所、誰のお好み焼きにもそんな物は乗ってなかったので、このまま食した。店に寄ってシステムが違うのだろう。

熱々の鉄板の上でホカホカのお好み焼きを食べ、汗だくのまま店を出た時はそのまま熱射病で昇天してしまうかと思ったが、根性で駅へ戻り、地下食品街で婆さんの寿司を購入し、帰路についた。

ケアハウスに帰り婆さんの部屋へ行くと、昼寝中だったので、職員さんに寿司を預け、僕も部屋に戻り、ある男性に電話をかけた。

その男性は三上さんという人で、僕の母親が病気に成った時、無償で血液のドナーを2年近くしてくれた方です。

どうしても直接会って、もう一度あの時のお礼がしたかった僕は、「今日どこかで会えませんか?」と聞いた所、「午後3時半過ぎからは工房のほうに居ますのでいつでも来てください」と言われた。

母親が病気に成った時、医者から血液のドナーを5人程揃えるように言われ、条件に合う人達を何とか見つけたのだが、献血感覚でドナーを引き受けた人達はそのうち来なく成り、居なく成った人の代わりを見つける作業を繰り返し2年間行ったのだが、何時電話しても、すぐに来てくれたのが三上さんと、この日僕と一緒に三上さんの所へ行ってくれた田中さんだったのです。(田中さんとは母親が病気に成る前から友達で、その後もずっと連絡を取っており、前日のしゃぶしゃぶも一緒に食べた)

あれから随分経ったが、時間が経てば経つ程彼らへの感謝の気持ちは高まるばかり。広島迄来てるんだから、ぜひとも二人に直接会ってもう一度お礼を言いたいと思いこの日は三上さんの工房を午後6時前に訪れた。

jyuraku20001.JPG三上さんは手作りの家具を作っておられる方で、僕の母親は三上さんの作品をとても気に入っており、八角形の大きなダイニング・テーブルセットを生前購入しています。三上さんのサイトはhttp://www.ikidukurikagu.com/インターネットでも販売されてるようなの、興味のある方はのぞいてみてください。

506gari003.JPG2時間程昔話をして、午後8時前、三上さんの工房を後にした僕と田中さんは帰路の道中にあった焼き肉屋さんでディナーを食べたのですが、ここで「ガリ」という豚の喉肉を初めて食べた。

軟骨が粉々に成った状態で肉に引っ付いてて、何とも言えん食感でしたが圧巻はホルモン!ハワイじゃ頼んでもコテッちゃんみたいなのしか出てこないので、久しぶりに本物のホルモンには感激。ハワイへ帰る前に後2回は食べたい。

いつもハワイではライト・ビールを飲んでるのに、濃度の濃い日本の生ビールを飲んだので、ケアハウスに戻った頃はフラフラ。部屋へ上がり、シャワーを浴び即寝した。

明日は東京へ戻る日。再び4時間の新幹線の旅が待ってるのだが、その前に銀行での雑務を片付け、白島市内にオフィスが有る会計士さんに会うつもりです。

「広島」

昨日は飛行機に8時間弱乗った後、シャトルバスに2時間乗ったので、のべ9時間位を移動に費やした事になるが、今日は新幹線で4時間かけて広島へ。

おもいっきり時差ぼけで今朝は朝の3時半に目が覚め、その後はウトウトはするものの、完全に寝つく事が出来ず、頭がボーツとした状態でホテルをチェックアウトし、東京駅へ徒歩で向かった。

みどりの窓口で広島までの往復券を購入し、新幹線のぞみの乗り込んだのだが、ここで眠気がピークを迎え、夢遊病者のように新幹線内へ転がり込みそのまま自席で曝睡。

目が覚めた時は自分がどれ位寝たのかも判らず、時計をみたら1時間ほど経ってた。まだ名古屋にも着いてなかったので、そのまま再びウトウト、、。この次に起きた時はちょうど名古屋に着く所でした。

それにしても昨日も書いたが日本の接客業の人達は凄く丁寧。新幹線の売り子やコンビニの店員もあまりにも丁寧なのに驚く反面、ハワイで現地サービスにあれこれ苦情を出してる日本人観光客が何故あんなにうるさいのかが判ったような気がする。

506hiroshima12.JPG
広島に着き、ローカル線に乗り換え、無事婆さんの滞在するケアハウスに到着。

ちょうど着いた時がレクリエーション・プログラムの真っ最中で、輪の中に入り、声をかけてよいのか躊躇してたら、介護士さんに「気にせず声をかけて上げてください、喜ぶと思います」と言われたので、レクリエーション・プログラム中にも関わらず婆さんに声をかけ、色々話してたらそのうち他の仲良し婆さん2名が話に加わって来た。

みんな相当な高齢で、「ところで何時迄居るの?」などの同じ質問を何度も繰り返し聞いてきたので、最初の5分間で話し合った内容をひたすら繰り返す会話に成ったが、これはこれでなんかめちゃくちゃ和んだ。

5roomcareh0002.JPG婆ちゃんとの感動の再会後、ケアハウスの職員さんに2日間宿泊する部屋へ案内されたのだが、部屋が広ーーーーい!昨日まで泊まってたホテルの倍以上の広さで値段は破格の一泊500円!明日から家族連れて引っ越したい金額です!

荷物をバラし、午後6時半には母親の級友達が迎えに来てくれ、近所のしゃぶしゃぶ屋さんにディナーへ行き、生ビールと霜降り牛肉をしこたま食らい、この日は大満足の一日に成った。

忙しいの中、僕の為に集まってくれ、長い間会ってなくても、まるで昨日あったばかりのように話が出来る友人達はいつまでも大事にしなくてはと再確認した一日でした。

2007年07月27日

「八重洲にて」

ただいま朝の5時45分。予定通りの時差ボケで午前4時前にバッチリ目が覚めました。

50limobus0002.JPG昨日、飛行機を降りてからリムジンバスのカウンターへ行くと「5分後に出るバスがあります」と言われ、すぐに乗車券を購入し、リムジンバスに飛び乗った。

高速道路を走りながら、久しぶりに見る日本の光景でまず思った事は「見た事が無い車(アメリカでは発売されてない日本車モデル)が沢山走ってる!」。それから車が綺麗。ハワイのように錆をまき散らしながら走ってる車は一台もないぞ!

50tokyosun0004.JPGリムジンバスに乗ったのが午後5時17分で、この日宿泊するパールホテル八重洲迄2時間かかったが、途中でサンセットも見れた。

しかし、ハワイと違うのはスモッグの中に太陽が落ち、何故か「特捜最前線」のエンディング/クロード・チアリの「愛の十字架」が頭の中で流れた。

午後7時20分、リムジンバスは八重洲の南口に到着し、そこから15分かけてホテル迄歩いたのですが、あらかじめインターネットでホテルまでの道のりを調べてたので、迷う事無く午後8時前、ホテルにチェックイン出来た。

5062pearl05.JPGチェックインを済ませ、フロントにデンバー和田さんが置いておいてくれた携帯電話を受け取り、部屋に入ったら、独房級の狭さに驚いたが大都会のビジネスホテルではどこでもこんな感じなのだろう。

昨日の夜はあまり食欲が無く、ほとんど食べなかったので、今はお腹が激減りです。今日はこれから新幹線で広島へ向かうのですが、東京駅で何か食べてから新幹線に乗ろうと思います。

「飛行機の中からこんにちは」

ホノルルを出発して5時間。まだ日本行きの飛行機の中です。

JALに乗ったのは多分6年ぶりだと思うが、機内の清潔さ、乗務員の態度、どれをとってもアメリカ系のエアーラインに乗り馴れてる自分には信じられないほどのクオリティーの高さ。

前の席の下に足を伸ばした際、思いっきり伸ばせないのが少々不満な位で、とにかくスチュワーデスが礼儀正しいのに関心した。

ユナイテッド航空のスチュワーデスなんて太ってて、年食ったスチュワーデスしか居ないし、緊急事態になったら絶対に乗客を助けるほどの運動能力がないのは’一目瞭然。いつも乗る度に「もし事故とかあったら僕達乗客がこのスチュワーデスをレスキューしないといけないんだろうな〜っ」と思ったのを覚えています。

それからアメリカ系のエアーラインと明らかに違うのはスチュワーデスが喋る声のトーンで、絶対にこの部分はスチュワーデスに成る前の研修生時代にトレーニングを受けてると思う。その反面アメリカ系のエアーラインでは受け答えのシュミレーション・トレーニングは受けてても、このような声のトーンのトレーニング迄は受けてないのではないだろうか?

506monitor01.JPG機内映画も一人一人モニターがあるので、好きな物を好きな時に見れるVIPシステム!飛行機が飛び立ち、一段落したところで是非とも見てみたかった「ZODIAC/ゾディアック」と鑑賞。映画もDVDのようにいつでも一時停止や巻き戻しが出来るので、気分はマイホーム。

肝心の映画の内容だが、おおまかな話を知ってたので、実に興味深く見れた。さんざんヤク中で逮捕されてるロバート・ダウニー・ジュニアもアル中の新聞記者を地で演じ、いい味を出してた。

だいぶケツが痛く成って来たが、日本までまだ2時間はかかる。ジム・キャリー主演のサスペンス映画「THE NUMBER 23 」も上映してるので、それでも見る事にします。

2007年07月25日

「明日、日本へ」

suitcase0001.JPGいよいよ明日、日本へ旅立ちます。

何故か今迄全然用意などしておらず、今日(ちゅーか今さっき)、スーツケースをまとめたり、滞在するホテルのエリアマップなどをプリントアウトしたりした。

フライト中に映画でも見れるようにコンパクトdvdでも買おうかと思ったが、そんな物を買っても飛行機の中でくらいしか使えず、無駄使いな気がしてやめた。今回はJALで帰るのだが、JALは何本もの映画から見たいものを自分で選べると聞いてるし。

滞在するホテルにメールで問い合わせたら「成田空港からお越しになるのなら浅草線に合流する京成線で来るのが一番簡単です」と言われたのですが、地下鉄は景色が変わらず、寝てしまったら終点まで逝ってしまう(行ってしまう)ので。成田から滞在するホテルへはシャトルバスで行く事にした。

しかし、僕の到着が午後4時半で、入国審査と税関を抜ける頃には午後6時前だろうから、そこからシャトルバスに1時間半乗ったらホテルに着くのは午後7時半か?たぶんその頃にはもうヘロヘロでしょう。

日本滞在中もこのブログは出来るだけアップロードしますので、時間のある方はのぞきに来てください。

それじゃ次は日本からじゃ〜〜〜っ。

2007年07月23日

「最近の出来事」

あっという間に日本行きが4日後に迫った。仕事で忙しかった事もありますが、昨日ようやくホテルも決まり、気分的には落ち着いた感があります。

アメリカ本土には年2回ほど仕事で行き、その時は自分がスタッフのホテルをブックしてるのに、いざ自分が日本滞在中に利用するホテルをブックするとなると何故か苦労しました。ココ数日、僕の為に色々インフォをくれたり、動いてくれた友達には本当に感謝しています、ありがとうございました。

日本から帰り、次の仕事が始まるのが8/23から。この前の現場を7/21に終えたので、8/23以前に仕事が入らなければ約1ヶ月の休みになる。この間は収入が途絶えますが、今は少し休みたい気持ちなので、この休暇を思いっきり楽しみたいと思っています。

7/21仕事を終えた直後から息子が熱を出し、いまだに熱が下がりません。その為、今日の保育園は休ませて、病院へ行きました。診断は「風邪」で少し耳が中耳炎に成りかかってるそうです。

医者は「ほって置いても4−5日で直りますが抗生物質を出しましょうか?」と聞いて来たが、以前川崎病を煩った際、抗生物質に対してアレルギーが有る事が判ったので、しばらく様子を見る事にした。僕がハワイを発つ前には良く成ると思うのですが、少し心配しています。

病院を出てから「GLEN'S COLLECTABLES /グレンズ・コレクタブルズ」へ。グレンズはカラカウア通りに有るファブリックマートの隣にある「おもちゃ屋さん」なのだが、息子がずっと探してるディズニー映画「CARS」に出てる黒いレイシング・カーがここに有るかもという有力情報を得て、鼻息荒く乗り込んだのだ。

しかし、オープンが午前11時からで、午前10時45分に着いた僕たちは、しばらく駐車場で待機。すると同じビルでムームーやアロハの仕立てをするAIKOさんという人に「グレンはもうすぐ来ると思います、外は暑いのでそれまで私のお店で待ってなさい」と声をかけられた。

AIKOさんは20年以上やってた工房をちかじか閉め、カリフォルニアへ引っ越す予定だと話してくれた。今年80歳なのにカリフォルニアでは娘と一緒に再び工房を持つそうで、AIKOさんの持ってる人生をリミットまで楽しむパワー、そして初対面の僕たちに優しく出来る人柄には好感を持たずにはいられませんでした。

さて、日本行きの話に戻りますが、日本へ行くのは仕事で帰った4年前以来。(この時は仕事が1週間帰ったのだが、忙しくほとんどホテルに缶詰だった!)。プライベートで帰るのは6年ぶりだと思う。日本がどのように自分に映るか楽しみにしています。スーツケースもまだ倉庫から出してないので、これも今日中に取りに行くつもりです。

2007年07月21日

「ドラえもん」

http://www.youtube.com/watch?v=UT02UpPVI98

2007年07月20日

「混乱した現場」

9日間に及んだロケが明日で終わります。

今回のロケはかなり混乱した現場でした。その理由はメインのコーディネーターさんが病気の為、撮影初日に入院してしまい、全体を把握してる人が誰も居なかったからからなのですが、大変だった分、とても勉強になりました。

日本行きの航空券はブックしたものの、まだホテルなど何も決めてないので、明日、スタッフを空港で送り出した後、色々リサーチして、全てをまとめたいと思います。

2007年07月15日

「田中オブ東京」

7月13日から雇用されてるコマーシャル撮影。連日ロケハンやカメラのアングルを決めたりしてるので、まだ実際の撮影は行われていませんが既に色々な事が有り、ボチボチ盛り上がってます。

昨日のディナーは「鉄板焼きを食べたい」というリクエストを受け、ワイキキの「TANAKA OF TOKYO/田中オブ東京」へ。

ここで食事したのは過去に一度きり。しかも仕事では無くプライベートで。パフォーマンスばかりでそんなに美味しくなかった印象があったのだが、日本のスタッフのリクエストは断れない。午後7時に予約をし、総勢11名で入店。

5sp0002.JPGシェフは我々の前に登場するや否や塩とコショウの入った容器をドラムソロのように激しくカウンターに連打し始めたのだが、このパフォーマンスが凄くうるさく、店内に気が狂ったラッコを一匹放し飼いにした以上の音量。途中で塩の瓶がカウンターの外に飛んで行ったりしたが、笑顔でごまかし、シェフは調理に入った。

5fire20001.JPG途中で魅せたファイヤーパフォーマンスを激写したのがコレ。で、肝心な料理の味のほうですが、「パフォーマンスに負けてる」というのが僕の印象です。

しかし、このパフォーマンスを一度2歳半の自分の息子に魅せたいと思ったので、落ち着いたら嫁と息子を連れて行こうと思っています。

明後日から撮影なのですが、初日がオアフ島西端のコオリナ地区で行われるので、かなり朝が早くなりそう。ここしばらくずっと曇り時々雨で、天気がいまいち冴えないのが心配です。

2007年07月13日

「一日早まりました」

明日からのはずだった撮影が今日から始まりました。

初日からてんこ盛りのドラマでしたが、大きな問題に発展せず、上手くまとまりました。

これから21日まで9日間勤務です。頑張りますです、ハイ。

2007年07月12日

「日本のホテル」

7月5日に仕事を終え、今日で丸一週間休んでます。

しかし、このバラ色の休みも明日が最後。7月14日からはコマーシャルの撮影が始まり、これが7月21日まで続くのです。

休みの間に買おうと決めてたソファーだけど、ホノルル市内全部の家具屋を見ても気に入った物が無く、結局僕が日本から帰って来てからもう一度探しまわる事にした。

日本行きもかなり詳細に決まって来たが一番苦戦してるのはホテルで、意外と高いのでビックリ。東京駅近辺の激戦区では安いホテルが沢山あるのかと思いきや、どのビジネスホテルも1万円位。アメリカ本土では$50〜$70で凄く広い部屋のホテルがブック出来るので改めて日本の物価の高さがワイキキ並みだと思い知らされた。

仕事が始まると何も出来ないだろうから、明日には押さえてる航空券を正式にブッキングし、ホテルへの予約を入れたいと思う。

2007年07月08日

「ゆっくり過ごしています」

前回のロケを終えてからまだ3日しか経ってないのに随分休めてるような気がする。

ここ数日間でした事と言えば、まず去年12月にライトニングという雑誌で取材させて頂いたショップ全てに見本誌を配り終える事が出来た。見本誌を受け取り、凄く喜んでくれた人、余りにも時間が経ってたので、(取材したのは去年の12月)僕の事を忘れてた人なども居たが、取材時に協力してくれた人々やショップに出来上がった雑誌を配り終え、ようやく僕の中でこの仕事が終えれたような気がします。

それから日本行きの日程を決め、航空券を購入した。最終的にはハワイを7月26日に経ち(日本到着は7月27日の夕方)、8月6日にハワイへ戻ってくる事にした。

10日ほどの日本滞在だが、着いた翌日には広島の婆さんに会い行き、そのまま2日間広島に滞在するので、東京に滞在するのは帰国日を入れて6日間のみ。6年ぶりの日本なので滞在中は出来るだけ多くの人と会えればと思うし、6年ぶりの日本が自分にどのように映るかも楽しみです。

日本へ行く前に最後の仕事が7月14日からなので、明日はずっと後回しにしてたソファーの購入と2007年前半分の税金の申告に行きます。

2007年07月05日

「気持ちの引き締め」

6日間におよぶロケが今日終わりました。

今回のロケでは一日ノースショアでロケを行ったのですが、その時、ハレイワの町にある一軒のオーギャニック・ショップ(CELESTIAL NATURAL FOODS)で撮影をしました。

このお店の事は当然僕も以前から知っていましたが、オーギャニックにそれほど関心の無かったので店内には一度も入った事が無く、入店したのは撮影日が初めて。

506paradisecafe001.JPG店内には所狭しとオーギャニック食品が並べられ、店の奥に有るパラダイス・カフェでは食事も出来るように成ってた。当然メニューもオーギャニック料理のみ。この日はここでランチを食べたのですが意外に旨かったです。ただ料理を作るのに凄く時間がかかり、5人分の料理がテーブルに来る迄30分以上かかった。パラダイス・カフェを訪れる際は時間に余裕がある時にどうぞ。

今回のロケは体力的にきついロケでは有りませんでしたが、僕の2日目の遅刻やその他諸々で気持ち的には決して楽な現場では無かったように思います。

ココ最近どこの現場に出ても、早い段階で状況を把握し、最低限の動きは出来るように成りましたが、その反面、気のゆるみから起こる「初歩的な簡単なミス」をしないように注意しています。しかしながら今回の現場ではその簡単なミスを犯し、「もっとこうすれば良かったかも、、」と思う部分が今考えるとあります。いくら経験を積んでも毎回現場では何かを学ぶのだと再確認出来ました。

次回の現場は7月14日からなので、しばらく休めます。休みの間は子供と遊んだり、これまで後回しにしてたソファーの買い出しに行くつもりです。

2007年07月01日

「遅刻した!!」

今日は早朝からのロケだったので、昨日の夜は朝5時に目覚ましをセットして寝た。

なのに、、

なのに、、、、


朝6時半、携帯電話の音で目が覚めた。

電話は今回の番組でカメラマンを務めるデンバーWPさん(デンバーさんの事は当ブログ「撮影日記」のEXTREME FUN DENVER参照)からで、「あの〜〜、待ってるんですが、まだですか?」

寝ぼけナマコで枕元の時計を見たら、時刻は午前6時半。この日は午前6時15分にホテルで皆をピックアップし、午前6時45分から撮影を撮影を始めるはずだったのだ。

撮影二日目で早くも大遅刻である!

音速の早さで飛び起き、ビデオの早送りのよう動きで身支度を整え、僕は家を飛び出した。

しかし、時既に遅し。

かなり大事なシーンを取り損ねてしまい、このミスと、その後一日はこれ以上ミスをしないようにかなり神経を使った為疲れきってしまった。

いつも携帯電話のアラーム、電動目覚まし、電池式の目覚まし時計(ハワイは夜中に停電などが多く、その場合、目覚ましがリセットされて鳴らないので)、の3体制でいるのですが、ロケ中に関しては寝過ごした場合の最後の砦として携帯電話も付けっぱなしにしています。数日前に電池式の目覚ましが壊れ、この日は携帯電話のアラームと電動の目覚ましのみだったのだが。携帯電話を付けっぱなしにしてたおかげで昼迄寝る事は無かったのが不幸中の幸いだった。

昼前にロケが一段落した時に携帯電話の目覚ましを確認したのだが、何故か時間がセットされてなく、最近買い替えたばかりの電話なので操作を間違えたみたいでした。

電動の目覚ましを家に帰ってから確認したら、目覚ましをセットした時間は合ってたけど、現時刻のPMとAMが逆に成ってて、午前5時の時点で時計は午後5時に成ってた!!

なんでこんな事に成ったんだろうと考えたんだけど、息子が最近目覚ましで遊んでたので(我が家の電動目覚ましはラジオ・クロックであれこれボタンを押すとラジオがかかるので、息子は面白がって遊んでる)もしかしてそこでなんかの拍子に午前と午後が入れ替わったのかもしれません。

遅刻したのはマイアミのロケでモーニング・コールが鳴らなかった時以来。もうミスは許されん。明日から気合い入れて挽回するぞ!