今朝は午前7時にさわやかに目が覚めた。いつもは国外へ移動すると時差ぼけで、4日程は全然頭が回らないのですが、今回はそんなに辛くないような気がする。気のせいで、もしかして今日辺りビッグウェーブが来るのだろうか?
階下の婆さんに朝の挨拶へ行き、ケアハウスの職員さんに聞いた近所の食堂へ朝ご飯を食べに出掛けた。
この食堂は6年前にはなかったので存在すら知らなかったが店内は絵に描いたような田舎食堂でモーニング・スペシャルがたったの450円!目玉焼きを初め、ミニハンバーグなどのおかずが5品も付いてて激旨!久しぶりのおふくろの味を堪能出来た。
食堂を出てから駅前にすむ同級生宅へ。ココ数年起きた事などを1時間程話し合い、ケアハウスへ戻った。
ケアハウスに戻り、しばらく婆さんと話をしてると、「寿司が食べたいのぉ〜」と言われたので、昼過ぎに電車に乗り広島駅へ。(僕の婆さんが居るケアハウスは広島駅から5駅離れた安芸中野という所にあります)
寿司を買う前についでに僕も昼ご飯を食べておこうと広島駅ビルの2階にあるレストラン街に乱列するお好み焼き屋さんへ行ったのですが、どの店も昼時ちゅう事もあったのか激込み!
しょうがないので、以前(ちゅうても6年前に一度)行った事が有る広島駅から歩いて10分ほどのお好み焼き屋さんへ。
うだるような暑さの中、わずかな記憶をたよりに歩いたのだが、すぐに目当ての店を見つける事が出来た。
店内には3人ほどお客さんが居たが、Lの字型の鉄板には空き席が沢山あり、すぐに着席出来た。オーダーしたのは定番の「豚肉玉そば」。
15分程で目の前の鉄板に注文した豚肉玉そばお好み焼きが出て来た。実家の近所のお好み焼き屋ではマヨネーズと生ネギがトッピングされてるのが、あたりを見回した所、誰のお好み焼きにもそんな物は乗ってなかったので、このまま食した。店に寄ってシステムが違うのだろう。
熱々の鉄板の上でホカホカのお好み焼きを食べ、汗だくのまま店を出た時はそのまま熱射病で昇天してしまうかと思ったが、根性で駅へ戻り、地下食品街で婆さんの寿司を購入し、帰路についた。
ケアハウスに帰り婆さんの部屋へ行くと、昼寝中だったので、職員さんに寿司を預け、僕も部屋に戻り、ある男性に電話をかけた。
その男性は三上さんという人で、僕の母親が病気に成った時、無償で血液のドナーを2年近くしてくれた方です。
どうしても直接会って、もう一度あの時のお礼がしたかった僕は、「今日どこかで会えませんか?」と聞いた所、「午後3時半過ぎからは工房のほうに居ますのでいつでも来てください」と言われた。
母親が病気に成った時、医者から血液のドナーを5人程揃えるように言われ、条件に合う人達を何とか見つけたのだが、献血感覚でドナーを引き受けた人達はそのうち来なく成り、居なく成った人の代わりを見つける作業を繰り返し2年間行ったのだが、何時電話しても、すぐに来てくれたのが三上さんと、この日僕と一緒に三上さんの所へ行ってくれた田中さんだったのです。(田中さんとは母親が病気に成る前から友達で、その後もずっと連絡を取っており、前日のしゃぶしゃぶも一緒に食べた)
あれから随分経ったが、時間が経てば経つ程彼らへの感謝の気持ちは高まるばかり。広島迄来てるんだから、ぜひとも二人に直接会ってもう一度お礼を言いたいと思いこの日は三上さんの工房を午後6時前に訪れた。
三上さんは手作りの家具を作っておられる方で、僕の母親は三上さんの作品をとても気に入っており、八角形の大きなダイニング・テーブルセットを生前購入しています。三上さんのサイトはhttp://www.ikidukurikagu.com/インターネットでも販売されてるようなの、興味のある方はのぞいてみてください。
2時間程昔話をして、午後8時前、三上さんの工房を後にした僕と田中さんは帰路の道中にあった焼き肉屋さんでディナーを食べたのですが、ここで「ガリ」という豚の喉肉を初めて食べた。
軟骨が粉々に成った状態で肉に引っ付いてて、何とも言えん食感でしたが圧巻はホルモン!ハワイじゃ頼んでもコテッちゃんみたいなのしか出てこないので、久しぶりに本物のホルモンには感激。ハワイへ帰る前に後2回は食べたい。
いつもハワイではライト・ビールを飲んでるのに、濃度の濃い日本の生ビールを飲んだので、ケアハウスに戻った頃はフラフラ。部屋へ上がり、シャワーを浴び即寝した。
明日は東京へ戻る日。再び4時間の新幹線の旅が待ってるのだが、その前に銀行での雑務を片付け、白島市内にオフィスが有る会計士さんに会うつもりです。