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2006年10月31日

「ロケハン1日目」

朝8時15分。日本から到着したばかりの先発スタッフ4名を連れて今日はロケハン(撮影のロケーションを探す作業)を行ないました。

今回の撮影はオアフ島の南側(ワイキキ側)と北側(ノースショア)で行なわれるのですが、今日は南側のロケハンを行ないました。あちこち見て回り、最後は禁断のダイヤモンド・ヘッド登頂。

僕がダイヤモンド・ヘッドに最後に登ったのは約5年前。まだ途中のトンネルを通過する為に個人個人で懐中電灯を持ってないとイケナイ時代でした。

実際に撮影をここで行なう場合、機材などを持って上がれるかなどを確認する為、スタッフと一緒に僕も頂上を目指した。

5062dvp003.JPG以前登った時はかなりキツかった印象が有ったのだが、そんなに辛くは無く、ノンストップで登り、約25分で頂上に辿り着いた。

時間が午後4時半という遅い時間だった為と天気がイマイチだったからか、人もまばら。

ここで撮影を行なった場合、カメラ機材、メイク道具、そしてタレントさんも居るので、登りには30〜40分かかるだろう。そこから撮影して、下山するとなると3時間近く時間がかかりそうなので、実際に撮影を行なうかに関しては検討する事に成った。

506200wv01.JPG写真はダイヤモンド・ヘッドの頂上から撮った写真。天気が悪く、海の色がイマイチなのが残念だが、中々の景色です。

明日はノースショアへロケハンに出かけますです。

2006年10月30日

「明日から忙しく成りそうです」

急遽、明日から11月7日まで日本のアイドルが出演する番組のロケに雇用されました。先ほどロケのスケジュールを見たのですが、かなりの大人数で大掛かりな(大変な)撮影になりそうです。

このロケが終わる翌日の11月8日からは「撮影日記」のコーナーでおなじみの豪腕ディレクター「カモさん夫妻」のハワイ旅行をアシストし、その後は同時期にハワイを訪れてる妹家族と過ごします。

11月に入って急に忙しく成って来た。体調に気をつけて、乗り切りたいと思っています。

2006年10月29日

「夜のワイキキへ」

昨日は何だかだるく、昼過ぎからはひたすら眠かった。

夜8時から知り合いのバンドがワイキキのバーで演奏するので、「見に来てくれ」と言われてたのだが、午後3時の時点では行く気まるで無し。

そのまま寝てしまい、起きたのが午後5時半。テレビを見たりとダラダラ過ごしてた午後7時半に携帯電話が鳴った。

電話の相手は、昨日やった現場(九州の企業のコマーシャル)で僕を雇用してくれたコーディネーターさんで「今回の撮影スタッフが明日の朝には日本へ帰るんですが、出来れば経費で使ったお金のレシートを持って帰りたいそうで、今からワイキキへレシートを届けれますか、、?」と言われ、急遽レシートを届けてから知り合いのバンドを観に行く事にした。

スタッフの一人に電話すると、「ちょうどこれから焼き肉ヒロシで食事する所です」と言われたので、すぐに車に乗り込み、ワイキキを目指した。

いつも停めてるIMAXに車を停めたのだが、さらに$1値上がりしてて$7も取られた!週末料金なのだろうか、、?

駐車場から焼き肉ヒロシへ歩き、2階で食べてたスタッフと合流。レシートなどを渡し、シーサイド通りに有るバーへ。

rhf0001.JPG時刻は午後8時20分で、すでに友人のバンドは演奏を開始してた。前回見た時は女性のシンガーだったのだが、今回は男のシンガーに変わってた。演奏は良くもなく悪くも無くって感じと予想通り。30分程見てバーを出た。

駐車場へ向かう途中、ロイヤル・ハワイアン・ショッピング・センターの前を通ったのだが、長い間やってた改装工事もまもなく終わりそうだった。

2006年10月28日

「GAZEN」

506lani20001.JPG 昨日は九州に有る企業のコマーシャル撮影でした。

この撮影にモデルなどは一切出演せず、ハワイらしい綺麗な映像を撮るだけだったので、朝の9時半にラニカイからスタートし、そのまま時計回りに海沿いを移動しながら、マカプウ、ハナウマ湾、カピオラニ公園(ダイヤモンド・ヘッド)、アラモアナ(サンセット)と撮影し、午後6時半には撮影を終える事が出来ました。

この日は多少雲はあったものの、天気は良く、綺麗な映像を沢山撮る事が出来た。スタッフも皆良い人達で、仕事とはいえ楽しい1日でした。

50620gazen009.JPG撮影を終え、この日のディナーは最近オープンしたばかりの「GAZEN/がぜん」へ。今回の撮影でカメラを回してた現地カメラマンさんから「凄く美味しく、店員の動きも良い」とのストロング・レコメンドを受け午後8時入店しました。

店内は結構広くて綺麗。噂どおり店員さんの動きも良く、酒の種類が豊富なので、日本酒を飲みたい人には嬉しい店かも。

で、肝心の料理はと言うと、ビールばかり飲んでて余り注意してなかったけど、キュウリを明太子であえた物などを始め、オリジナル料理が多かったような気がします。

たまたま案内された席の後ろに知り合いのコーディネーターさんが、去年までユニバーシティーにあった「船場」という居酒屋のオーナー夫妻と食事をしており、久しぶりにご夫妻と少しだけ話が出来たのですが、二人はこれからハワイを出て、シアトルに行くらしい。「おむすび汁」を始め「船場」の料理は美味しかったので、船場が閉まったのは残念だけど、二人の新しい生活が楽しければと思う。

次回の現場は11月に入ってからので、これから4−5日は休めるのですが、11月に入ってからは色々忙しくなりそうです。

2006年10月26日

「芸術の秋」

RealMan2.jpg 1.jpg

「STAY ALIVE」

stayalive.jpg昨日ひさしぶりに映画を借りてみた。

少し前にコマーシャルを見て、ずっと気になってた「STAY ALIVE/ステイ・アライブ」というホラー映画です。

ストーリーは、「STAY ALIVE」というシューティング・ホラー・ゲームの中で死ぬと、その後、そのプレーヤーがゲーム内と同じ死に方をするというもの。

かなり期待してたのですが、ストーリーになんのひねりも無く(あらすじのまんまで終わった)期待してた物とは程遠い物でした。

この映画に出て来たお化けキャラなどは明らかに日本の「リング」という映画の影響を受けてるように感じたし、実際、映画のストーリーも何処となく「リング」をヒントにしたような気もするのは僕だけだろうか?

日本で見れるかどうか判らないのですが、興味の有る人は是非どうぞ。

2006年10月25日

「スポーツカー」

23日までの仕事が終わってからはのんびり過ごしています。息子の具合も良く成り、気持ち的にも精神的にも落ちつきました。

redcar50620002.JPG今日は久しぶりに髪を切りに美容院へ。いつも停めてる駐車場に車を入れると、いつも停まってるスポーツカーが。車種は判らないんだけど、これで公道で走ってたらかなり目立つだろうね。

何時も美容院に来る頃には毛先がばらつき、最高に切りたいモードなんだけど、1ヶ月程前にシャンプーを変えたせいか、今回は全然痛みも少なく別に切らなくても良いのでは、、とさえ思ったが、ここの予約はいつも1ヶ月先までいっぱいなので取りあえず毛先だけでも揃えてもらう事にした。

髪の毛を切った後は、アラモアナ・ショッピング・センターで買い物をし、前回の現場でお世話になったカハラに有るコーディネーターさんの家に。

いつもは現場が終了してから2週間後位にギャラが郵送されてくるのですが、夏場に全然仕事が無く、各方面への支払いがギリギリな為、無理を言って今日、手渡しで小切手(ギャラ)を受け取らせて貰えるようお願いしてたのです。

小切手を受取、次はワイキキにあるプロダクション・オフィスへ。そこで余った経費やレシートなどを提出し、最後は銀行へ行き、自分の口座に貰ったギャラを振り込んだ。

明後日1日だけの現場があり、その日(10/27)、日本へ帰る義姉を送り出す事は出来ないので、明日は皆でディナーに行こうと思っています。

2006年10月22日

「撮影が終わり、ようやく落ちつきました」

10月18日の更新分に息子の熱が下がったと書いたのですが、あれから熱は一度も上がらず、最終的に小児科の医者と川崎病の専門医が出した結論は「川崎病の再発ではなく、薬によるアレルギー反応」。

現在は顔や手足に少しだけ湿疹の後が残ってるものの、とても元気で、ようやく気持ち的にも落ちつきました。

10月12日に雑誌の撮影を行ない、そのまま韓国人歌手のコンサートの仕事をし、10月16日からは日本の化粧品会社のコマーシャル撮影の現場で雇用されており、それも明日、スタッフを空港へ送り出して終わります。

今回のコマーシャル撮影はワイマナロというワイキキから30〜40分の場所で行なわれたのですが、撮影が午前7時から始まった為、メーク開始が午前4時。

その時間に毎朝朝ご飯やコーヒーをメイク室に僕は運び込んでたので、連日午前3時起床でした。息子が病気の時は気持ち的に参ってたので、かなり辛かったけど、息子の熱が下がってからは少し気が楽に成り、大きなミスもせずに何とかこの長い現場を乗り切る事が出来た。

ハワイは3週間ぶりに風が戻り、過ごしやすく成った。明日は経費の精算をし、汚れた車を洗うつもりです。

2006年10月18日

「熱が下がった、、、」

今日の撮影は朝7時からワイマナロ(ワイキキから約40分)で行なわれた。その為、その前にモデルさん達はメイク終わらせないといけなので、メイクは朝4時からワイキキの某ホテルで始まった。

僕は朝3時に起床し、リケリケ・ドライブインでメイクさん、スタイリストさん、そしてモデルさんのコーヒーや朝食を購入し、午前4時にはホテルのメイク室にそれらを届けた。

撮影は炎天下の中、午後5時半迄続き、ホテルに帰ったのが午後6時半。そのままカパフルの「わさび」でディナーに行き、家に帰れたのは午後10時。

かなり疲れていますが、明日も同じようなスケジュールです。

息子の熱は依然下がらず、今日は嫁が病院に連れて行ったのだが、明日、小児科の担当医も何が原因か判らないらしい。薬によるアレルギーも考えられるので、今日から薬を減らしたのだが、夕方には久しぶりに熱が平熱に成った。

明日は又川崎病の専門医とのアポがあるが、このまま熱が下がっていれば、絶対なにかのウィルスだと思う。いい加減に直って欲しい。

息子の事を心配して、明日から嫁の姉がハワイに来てくれる。気持ち的に少し安心出来そうです。

2006年10月17日

「明日から本格的な撮影が始まる」

今日、息子が3度目の血液検査を受けた。

結果が夕方に成らないと出ないと聞かされてたので、最低な気分のまま今日は仕事をした。

今日は撮影は行なわれず、カメラのアングル・チェックのみで、午後3時頃には終わった。午後6時頃、嫁から電話が入り、息子の血液検査の結果が出て「異常は見られない、引き続き自然に熱が下がるのを待つしか無い」と聞かされた。

正直、もしかして凄く悪い病気だと言われるかも、、、と思ってたので、2週間近く熱が続いてる今、この検査結果は決して良いニュースじゃないけど、少しは安心した。

全身の広がってる湿疹は薬によるものなのかも、依然判らない。

明日は朝4時からエキストラのメイクを開始するので、僕もこの時間にはホテルに行かないといけないので、朝3時(夜中だろう?!)に起きます。

本格的な撮影はこれから3日間、これを過ぎれば楽に成ると思うので、根性で乗り切ります。

2006年10月16日

「疲れた」

今日から化粧品会社のコマーシャルに合流した。

今日の昼迄韓国人歌手の現場に居た僕は途中合流みたいな形に成り、全然現場が把握出来ず、かなり困惑してる。

息子の熱も下がらず、湿疹が全身に広がった。

すでに2週間この状態なので、嫁が明日、小児科医とのアポを取った

せめて息子の熱だけでも下がれば気分的に楽なのだが、、、

疲れた。

2006年10月15日

「地震」

現在朝の7時半。先ほど震度2位の地震が有り、飛び起きました。

ハワイは殆ど地震は無く、あっても離れた沖合で起きるので体感する事はめったにありません。ハワイに住んでまもなく7年に成りますが、ハッキリと地震を体に感じたのは今日が初めて。

てな訳で、薄暗い部屋の中、コーヒーも飲めずに居ますが、昨日はワイキキ・シェルで行なわれた韓国人歌手のコンサートの仕事でした。

この日、楽屋回りのセッティングを任された僕は、前日に買い込んだ飲み物や様々な備品を一人で車から運び出し、セッティングしたのだが、飲み物だけでも400本以上あり、それらを氷でいっぱいのクーラーボックスに入れるのでかなりの重労働。うだるような蒸し暑さの中、2時間かかって何とかセッティングを終わらせた。

show0004.JPGその後は様々な事が次から次へと起こり、その対応に走り回ってたら殆どコンサートを見る事が出来なかった。この日一番驚いたのは韓国人サイド全員が弁当と一緒に激辛キムチ・ラーメンを食べてた事。お陰でコンロも無い会場で熱湯探しに明け暮れたのだが、最初からこの事が判っていたら、新品のコーヒーメーカーを一台購入し、それで湯を沸かせば良かったと思った。

以前熱が下がりきらない息子の事が気になり、僅かでも時間が出来ると嫁の携帯電話に連絡を入れてみたが、相変わらず37度〜38度辺りをウロウロしてるようで、この日の専属医とのアポでは「再び中耳炎が出そうなので」と言われ抗生物質を処方されたと聞かされた。

コンサート終了後、降り出した大雨の中での片付けが終わり、ディナー(モイリイリの「KIRIN/キリン」)に行けたのは午後9時半。家に帰ったのは午前1時でした。

この日のコンサートはのちのちDVDで発売される為、技術さん達は今日も仕事(映像の確認など)なのですが、それらの作業とは関係無い人達を今日僕が買い物などに連れて行くので、朝9時40分にはロイヤル・ハワイアン・ホテルへ行きます。

依然外はどしゃぶり。一応10月からハワイは雨期ですが、ここ10日程ずっと天気は悪いし、今朝は地震が起きるし、何か変な感じがするココ最近のハワイです。

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追記:

現在時刻は午後2時。撮影スタッフの宿泊してるホテル、オアフ島のショップが停電の為、営業を取りやめており、道の信号機まで停電の為起動してないの、朝9時40分のピックアップはキャンセルされ、現在も家で待機しています。

ラジオに電池を入れ、ニュースを聞いた所によると、ハワイ島のコハラ沖でM6.5の地震があり、信じられない事にハワイ州は全島停電に成ったとの事。先ほど近所のスーパーに歩いて行ってみたのですが当然レジが使えない為、営業はしておらず、氷、電池、そして飲料水のみ数人単位で店の中に入れ販売してた。

ニュースで、地震の多いカリフォルニアや日本から着てる観光客からは「これっぽっちの地震で全島停電とは意味が判らん、、」との声も聞かれたと放送してたけど確かにそんな気がする。オアフ島の震度は僕が体感しか限り、震度2〜3だったと思う。これだけで道路の信号機、あげく果ては空港までが閉鎖(朝8時半の時点では着陸はさせてるものの、離陸はさせていなかった)されるとは信じられない事態です。小さな島故しょうがないのだろうか、、、、。

2006年10月13日

「WAIKIKI SHELL/ワイキキ・シェル」

10月12日は雑誌の撮影だった為、10月11日の夜9時半、僕は息子の入院してた病院を後にし、一旦帰宅しました。

この時点でレミケイド(日本でも最近使われ始めた川崎病に効くとされる薬)とガンマグロビリンを投与された息子は、相変わらず湿疹も消えず、熱も下がらない為、川崎病で有る可能性は少ないと診断され、担当医も川崎病の専門医も「なんらかのウィルスに感染したのかもしれない。帰宅してもこのまま数日間は微熱が続くかもしれないが、体に免疫が出来れば自然に湿疹も消え、熱も下がる」と聞かされてた。

息子が入院してからはずっと病院の駐車場に停めてある車の中で寝てたので、この日は久しぶりに体を伸ばして寝る事が出来た。

翌12日は朝9時に「THE KAHALA/ザ・カハラ」へ行き、カハラ・ホテル内のハーツ・レンタカーでミニバンを借り、そのままスタッフを連れて撮影へ。

マキキのコンテンポラリー・ミュージアムからクアロア牧場、サンディー・ビーチ、そして最後はハワイカイに有る高級レストラン「ROY.S/ロイズ」で撮影を行なった。

ロイズに着いたのが午後4時で、この時、嫁から連絡が入り、息子が退院したと聞かされた!

診断は「川崎病の再発では無さそうなのでしばらくは自宅療養するように」との事。

早く家に帰り息子に逢いたかったが、ロイズでの撮影後、そのままロイズでディナーを食べる事になり、家に帰れたのは午後9時半。久しぶりに家に帰れた息子は本当に嬉しそうで、見てるだけで疲れも吹っ飛んだ。

しかし、この日の夜再び熱が38度台後半まで上がり、ストレスで気が狂いそうになった。もういい加減にしてくれよ!と叫びたく成った。

僕は翌日も仕事だったので、息子の看病は嫁に任し、出来るだけ睡眠を取るようにした。そして今日、僕は午前10時からロイヤル・ハワイアン・ホテルで、明日、ワイキキ・シェルで行なわれる韓国人歌手のコンサートの打ち合わせに出かけた。

shell50620001.JPG打ち合わせの後、午後1時からはコンサート会場で有るワイキキ・シェルにも行き、機材、照明、音響、そしてステージの設営などの進行具合を確認した。

ワイキキ・シェルを午後3時半に出てからは楽屋回りで必要な備品などの買い出しを行ない、家に帰ったのは午後6時前。

現在午後11時なのですが、再び息子の熱が39度迄上がりイライラしています。薬もあまり効きません。明日の午前10時、診察があるので、その時に嫁が色々効かされると思うのですが、ほんと、いいかげんに直って欲しいものです。

明日のコンサートには日本からも沢山ファンが来てるそうです。僕は楽屋の設定などを行なうので朝8時開場入りします。

2006年10月11日

「再びガンマグロブリンを投与」

川崎病の再発と診断され、治療を受けてる息子ですが、昨日投与した新薬が全然効かず、血液検査などの結果を見ても、川崎病では無いかもしれないという結論が濃厚に成って来た。

しかし、念には念を入れ、今日もう一度最初の治療で投与した「ガンマグロビン」という人間の血液から作った点滴を投与する事にした。

昨日の時点では、頑固として川崎病の再発と言い張る専門医への信頼感がかなり薄れ、その医者との話し合いではその気持ちが表にでたのだが、その後息子のホームドクター(息子の専属医)とも話しあい、ガマグロビンが人体に無害(それどころか良い効果のほうが多い)で有る事。ウィルス性の物でもこのガンマグロビンは回復を助ける可能性が高い事などを考慮し、今回の治療に踏み切った。

たった今(ハワイ時間午後2時)点滴が始まったので、終わるのは深夜1時過ぎに成る。明日僕は仕事なので、この点滴が終わる頃までは病室で息子に付き添い、その後家に帰るつもりです。

ガンマグロブリンを投与し24時間後に異変が無ければ退院出来るとの事なので上手く行けば10月14日の朝に息子は退院する予定です。

10月16日から予定してた仕事も10月13日からに繰り上がりそうなので、明日から数日間は仕事が終わってから病院へ向かうつもりです。

2006年10月10日

「退院出来ず」

病院に泊まり込んで2日目の夜です。

今日の午後6時の診察で良い結果が出れば帰宅出来る予定だったが、湿疹と微熱がひかず、家に帰してもらえなかった。

息子が本当に川崎病を再発したのかを判断する判断材料になってるのは湿疹と熱。しかし川崎病の湿疹には様々なパターンがあるのでこれのみを決め手には出来ない。又、熱も以前は40度に成ったのに、今回上がる時は38度台をウロウロし、それ以上は上がらない。

午後6時に現れた専門医に「現在の診断をもらえないか」と聞いた所「川崎病の再発だと思う。しかしもしかして他のウィルス感染かもしれない」とハッキリしない返答が帰って来た。

明日の朝、もう一度血液検査をし、その後様子が変わらなければ一番最初に入院した時の薬を(人間の血液から出来てる物で、例え川崎病で無くても害には成らず、むしろ体には良いらしい)投与したいと言われた。

ウィルス性の物なら1週間〜10日で免疫が出来、自然に直って来るらしいので、3度めの治療で効果が見られない場合は、「これ以上治療はせず、しばらく様子をみたい」と医者に相談しようと思っています。

午後6時に初めて解熱剤飲んだのですが、川崎病には解熱剤が効かないのでこれで効いてくれる事を(川崎病じゃないと証明される事を)を望んでいます。

2006年10月09日

「川崎病再発」

昨日(10/8)は再びコンベンションの仕事でした。

ここ数日のハワイは最高に蒸し暑く、うだるような暑さの中、設営とリハーサルが行われ、予定より10分遅い午後6時10分に本番がスタートしました。

今回は出し物なども多かった為、本番中の舞台裏ではスタッフ全員走り回っていましたが、奇跡的に大きなミスも無く現場を終える事が出来ました。

仕事を終えたのが午後9時半でちょうどその頃、嫁から電話が入り、「数日前から発疹と微熱が続いてる息子の熱が上がったので、緊急病院へ行く」と連絡を受けたので、現場の皆さんにご挨拶をし、僕もそのまま病院へと向かった。

病院では「川崎病が再発した疑いが有るので、血液検査をしたい」と言われ、若い看護婦2名が血液の採取にきたのだが、この時中々針が刺さらず、息子は明らかに苦痛を受けてた。

左足からの採取が失敗し、看護婦は右足から再度血液の採取を行ない、結局息子は2発(両足に一発ずつ)針をさされ、ようやく血液を採取された。

この時、僕はまじかで看護婦の動きを見ていたのだが、明らかに看護婦達は苦戦してるようで、「難しい乳児の血液採取は出来ればベテランの人にやってもらえないか?」と言いそうに成った。

その後、案内された部屋で血液検査の結果を待ってたのだが、20分後に「先ほどの血液採取が失敗したのでもう一度やらせて欲しい」と言われた時は発狂しそうになった。しかし、「前回の足への点滴用の針は生きておりますのでそれは抜かず、腕から血だけを取るのですぐに終わるし、ベテランの人が来ます」と言われ、イライラしながら係が来るのを待った。

20分後に現れた年配の女性に僕はこれまでの事を説明した。女性は僕の話を聞いてくれ、おちついた口調で「すぐに終わらせます」と言うと、部屋の入って来て馴れた手つきですぐに採血を終わらせてくれた。

血液検査の結果が出るのに1時間半待ち、その後その結果を川崎病の専門医に報告し、診断を仰ぐのだが、この時点で午前1時半。24時間ポケベルに応対しないとイケナイ専門医はいつまで経っても連絡してこず、結局この日は午前3時迄緊急病棟で待たされた。

いつでも連絡が着く状態で居ないとイケナイはずの専門医とは結局この日は連絡が着かず、明日の朝9時にもう一度病院に来て、専門医に逢うようにと言われた僕達は午前3時にカピオラニ病院を後にした。

この時点で熱も下がり川崎病の症状といえば湿疹位しか無かったので、絶対川崎病じゃないと思ってた。

家に帰ってからは息子が何度か泣きながら起きたりしたので、殆ど寝れないまま、午前8時45分には家を出て、再び病院へ。

言われた通り午前9時には病院に着いたのだが、専門医が現れたのは午前11時。寝てないのに2時間も待たされるのはかなりきつかった。そしてトドメに川崎病再発と診察された。

アメリカの医療システムの一部は本当にイカレてる気がする。毎月$730も保険代を払ってて、昨日からの対応がベストだと言われれば、「お前ら全員一度日本の緊急口に入院してみろ」と言いたく成る。僕が記憶する限り、日本の病院に緊急患者で運ばれてるのに2時間待たされた事は記憶に無いから。

現在息子は二度目の川崎病を治療中です。今回は前回とは違う、まだ比較的新しい薬を使用するようで、実例も少なく、日本では使用していない薬だと聞き、かなり考えたが、後遺症なども無く、治療も早いと言われ、この新薬治療を受けさせてみる事にした。

医者に「前の薬をもう一度使っても良いが、成功率は66%で、その後再々度発病したらこの新薬治療しかない」と言われたのもこの新薬を試してみるかの判断材料だった。

小さい子供は沢山病気をすると色んな人に聞かされるのだが、実際に自分でその修羅場を乗り切るのは精神的にはかなりしんどい。親としての荷の大きさを痛感する。自分に今出来る事は息子の面倒を精一杯見る事だし、今はそれを全うしたい。後数日は病院に泊まり込むと思います。

2006年10月06日

「ひさびさのコンベンション」

今日はひさしぶりにコンベンションの仕事でした。

この日ヒルトン・ホテル裏の芝生で行なわれたパーティーは今や世界一の金持ちとして有名な社長の会社が主催するもので、招待されたのは成績優秀なトップ5%の社員とその家族。

ところが、きのう日本が台風で何機かのハワイ行きの飛行機が飛ばず、200人近くが欠席する非常事態に!

しかし、今更パーティーをキャンセル出来るはずも無く、当初400人以上が出席するはずだったパーティーは200人程度に縮小され午後5時半定刻にスタート。
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参加者全員が会場入りし、日本支社社長の挨拶が終わる頃には綺麗なサンセットが観れた。

いつものことだが、本番中は沢山の予期せぬ変更など有りましたが、フラダンサー、ハワイアン・バンドなどのアトラクションも好評で、コンベンションが終わった後のスタッフ・ミーティングではプロデューサ−さんから「参加者の皆様からとても好評でした」労いの言葉を頂けた。

明後日(10月8日)、もう一度同じ会社のコンベンションがあるのですが、スタッフも今回のスタッフが丸々雇用されてるようなので楽しい現場に成りそうです。

この後の僕の予定ですが、10月12日に雑誌の撮影が一本有り、その後10月16日〜10月23日迄はテレビの撮影があります。

2006年10月02日

「先走り」

ハロウィンにはまだ早えーっつうの!
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2006年10月01日

「プライベート・パーティー」

9月29日、と9月30日は仕事でした。仕事と言っても撮影では無く、大きな会社のプライベート・ツアーのお手伝い。

house0011.JPG29日は夕方からカハラに有る海沿いの豪邸を借り切ってのパーティーだったので、昼12時頃からロケーションに行き、オーダーしてた物(テーブル、椅子など)がちゃんと届いてるか、ケータリング・サービスが(この日はアロハ・タワーの中に有るチャイズが料理を担当)時間通り進行してるかなどを確認し、幾つかの会場のセットアップを手伝った。

その後借りてたバン(この日のパーティーは40名が参加する為15人乗りのバンを4台借りた)をスタッフ達と取りに行き、午後6時30分、ホテルから会場へと向かった。

この日は天気も良く、アウトドア・パーティーには最高の天気。パーティー参加者の中にはこの日にハワイへ来られた人も居たのだが、そんな疲れはどこにもみれず、皆楽しそうに飲んだり食べたりしてた。

午後10時にパーティーは終了し、「ホテルへ帰る組」と「まだまだ飲むぞ組」に別れて移動。「まだまだ飲んだるぞ組」の担当に成った僕はワイキキに有るクラブへ。クラブと言ってもここはいわゆる日本のスナックみたいな所で、ホステスが隣に付き、色々ハッピーなサービスをやってくれる所。

本来ならここでの宴は深夜零時に終わるはずだったのだが、参加者のテンションは飲めば飲む程上がるばかり!途中、何人か店内で墜ちてた(酔いつぶれてた)人をホテルへ運んだが、全員が店を出たのは午前2時!僕が帰宅したのは午前2時半で、シャワーに入り寝れたのは午前3時過ぎ。

翌日(9/30)はオアフ島西側のビーチを丸ごと借り切ってのビーチ・パーティー。ここまで読んでこの会社がかなり大きな会社だと判るだろう。普通こんな事出来ないからね。

昨日の乱痴気騒ぎで朝9時半の集合には半分も来ないだろうと思ってたのだが、欠席者3名(尚この3人はその後遅れてタクシーで借りてるビーチ迄着た)だけで残り全員集合場所に現れた!

借り切ってたビーチがオアフ島の西側に有った為、移動には30分以上かかったので、現地に着く前に車内でゲロった人も居たが、午前10時、一行は無事にプライベート・ビーチ・パーティーへ到着。

beach0012.JPG最初は皆、昨日の酒が抜けないようで、パラソルの下などでゴロゴロしてたけど、昼前には復活し、儲けられたバーでビールをガブのみ。このパワーには圧倒された。

社員全員がまだ若く、凄くパワーのあるグループで、ハワイでこれだけの事が出来るのだから会社も凄く大きいと思うのですが、社長さん始め、全員とても礼儀正しく、良い人達ばかりで楽しい現場でした。

9/23から我が家に遊びに来てる友人が明日日本へ帰るので、今日は共に過ごせる最後の日、これから朝ご飯を何処かに食べに行く予定だけど、その後の動きは未定。

日本へ里帰りする前にもう一度検査をしますが、息子も元気。当初仕事が無く10月には日本へ帰る計画も進めてたが、数本撮影が入り、忙しく成りそう。毎年ホノルルマラソン後は暇なので、それまでに夏の間に使い込んだ金を稼がないと!