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2005年11月30日

「アーカンソー到着」

50620085.JPG今日は6時間半程運転して、ダラスからアーカンソー州に移動してきました。運転は思ってた程は苦には成らず、腰痛もぶり返して来ませんでした。

現在の時刻は午後10時。外は極寒です。吐く息も白く、耳も痛い!

宿泊してるロッジがシーズンオフの為、ロッジ内のレストランも閉まってるので、ディナーを食べる為に、車で片道35分の道のりを運転して、さっき帰って来ました。

明日はいよいよメインの釣りシーン収録で、集合が午前6時半!

さっさと寝ます。

2005年11月29日

「ダラスに到着」

50620061.JPGただいまテキサス時間午後10時半。

長旅の疲れと、ディナーでしこたま生ビールを飲んだので、かなりヘロヘロです。

今晩僕達が泊まってるホテルは「BEST WESTERN DFW SUITES/ベスト・ウェスターン・ダラス・フォート・ウァース・スイーツ」。部屋凄く大きく。ネットもやり放題。快適です!

しかし、、、、

明日からは半径30キロ以内にはレストランも無い山の中、、、、

ネットどころか携帯電話も繋がるかどうか怪しい所です。

取りあえず、明日は午前8時にロビーコールなので、もう寝ます。

おやすみなさい。

2005年11月28日

「実家でのんびり」

50620027.JPG一昨日の深夜、無事に実家(カリフォルニア州、オレンジカウンティー)に到着しました。

カリフォルニアは湿度も無く暖かい。昼間はTシャツ1枚で過ごせる、カラッとした気持ち良い気候です。

11/24の「THANKS GIVING/感謝祭」に合わせて、妹夫婦も子供達2人、犬一匹、猫一匹を連れて里帰りしてたので、現在かなりにぎやかな状態の実家です。

昨日は皆一緒に朝食とディナーを食べ、久しぶりの家族の団らんを過ごしました。家族が離ればなれに成ってるので、こういう時間はとても新鮮だし楽しい。ヘロヘロに成りながらも、孫達と遊ぶオヤジを見て、このような時間は必要だなと思いました。

同じカリフォルニアに住むものの、現在は実家からは車で5時間も離れた所に住んでる妹家族は、今日の午後には帰路に着くそうで、僕も明日の朝にはテキサス行きの便に乗らないといけません。

最近物忘れが激しいオヤジが、自分から「そろそろ身の回りの事が面倒に成り始めたのでケアハウスに入りたい」と言い出したので、今回その辺の事も色々と話したかったのですが、話す機会が有りませんでした。

しかし、12/5にテキサスでのロケが終わると、ハワイに帰る前に1日だけ僕は実家に立ち寄るので、その時にでも色々話し合おうと思っています。

写真の車は今回レンタカーした「シボレー・マリブ MAXX」という車で、後ろの席にだけにサンルーフが有り、形もちゅうと半端なステーションワゴンみたいな不思議な車。ハワイでは見た事がありませんでしたが、ガソリンの高騰で大型SUVからこのような車に乗り換える人が増える事を見越して作られたのでしょうか?

2005年11月25日

「明日旅立ち」

sc50620001.JPGいよいよ明日、アメリカ本土へ旅立ちます。スーツケースもまとめ、準備完了です!

いつもこのブログを読んで頂いてる皆様はご存知と思いますが、初めて読まれる方の為に簡単に説明しますと、僕は11/28〜12/5迄の間、テキサス州とアーカンソー州で収録される釣り番組の撮影に同行する事に成ったのですが、11/28にテキサスに着く航空券が取れず、最終的に11/25にロスへ入り、3日間実家(オレンジカウンティー/南カリフォルニア)に泊まってから、テキサスに移動する事になったのです。


今後13日間の僕の予定はコレです
       ↓

11/25 午後3時37分 ホノルル国際空港発 
      午後11時 ロサンゼルス国際空港着  

ロスに着くのが夜11時。そこからレンタカーで実家へ向かうので多分家に着くのは深夜零時。この日は即寝します
      

11/28 午前10時8分 ロサンゼルス国際空港発
      午後3時8分 ダラス国際空港着

今回の撮影で音声さんはロサンゼルス在住の日本人。彼とはまだ逢った事はなく、この日ロサンゼルス国際空港で待ち合わせて、一緒にテキサス(ダラス国際空港)へ入ります。


12/5  午後1時 ダラス国際空港発
      午後2時23分 ロサンゼルス国際空港着

12/7  午後12時45分発 ロサンゼルス国際空港
      午後4時31分着 ホノルル国際空港
       

この撮影から帰ってきてからは一日(12/8)だけ休み、12/9〜12/11迄はホノルルマラソンの撮影(朝4時からの撮影)があるので、少しハードですが、オムツ代を稼がねばならないので、頑張るオヤジと化します。

当初、コンピューターは荷物に成るし、ダラスとアーカンソーでの宿泊先ではインタネット環境が無い(それどころか部屋にも電話が無いらしい!)ので、持って行かないつもりだったのですが、行きと帰りに立ち寄るオヤジの所ではメールくらいならチェック出来ると思うので、持って行く事にしました。

尚、この撮影の様子は、大好評(?)旅日記シリーズ第5弾として公開しますので、楽しみにしてて下さい。

では行ってきます

2005年11月23日

「ここ数日」

50620004.JPGここ数日間に有った事をまとめて報告〜〜〜っ

11/20は息子の満1歳の誕生日。この日僕はワイキキでのバイトだったので、帰宅したのは午後5時。嫁が買って来たケーキなどでささやかにお祝いを、、、と思ってたのですが、主役の息子はパーティー用の三角帽を冠らせると、絶叫!

その後、ケーキにロウソクを点灯させたものの、全く興味を示さず、生クリームに指先を突っ込み、再び絶叫して、そのままふて寝に突入され、誕生日会は終了。

昨日(11/21)もバイト。朝からどんよりとした曇り空で、今にも雨が降りだしそう。こんな天気では誰も自転車など借りないだろうなと思ってたのですが、2名程お客さんが来店。自転車でダイヤモンドヘッドの麓まで行き、そこからは徒歩で山頂を極めたそうです。

この日も午後5時頃、家に帰りました。湿度が高い一日だったので、汗だく。帰宅してすぐにシャワーに入り、さっぱりした所でビールをプッシュ〜〜〜〜。

一本目のビールを飲み干した所で、外は大雨が降り始めた。

2本目のビールを開けて、テレビのニュースを見てたら、コンベンションのプロデュースをしてる知り合いから電話がかかり「今日の午後6時半からヒルトンのラグーン前でディナー・パーティーをやるはずだったんだけど、今の大雨でグチャグチャ!急遽4階のボールルームに移動する事に成ったんだけど、機材が多くて大変。助けてーーっ!」と言われ、緊急出動!

土砂降りの中、車を飛ばし、15分後にはヒルトンへ到着。ステージ上の機材、ディナーテーブルも言われた通りビチャビチャに濡れてる。すぐさまスタッフ全員で照明、音声機材をばらし、約1時間かけて4階のボールルーム迄運びました。

パーティーは本来午後6時半からのスタートだったので、これ以上お客さんを待たせる訳には行かず、まだ機材のセッティグ中にお客さんを会場内へ入れ、ざわつく中でのセッティング。

1時間程で大体の事は終わり、「ありがとう、後はこっちで何とかやります」と言われたので、僕は帰宅しました。

家に帰り、泥だらけの服を脱ぎ、再びシャワーへ。短時間とはいえ、久しぶりに肉体労働。かなり疲れましたが、いつもお世話に成ってるプロデューサーさんを少しでもヘルプ出来たようなので、嬉しい疲れでした。

明日から3連休。11/25からはテキサスでのロケが始まるので、のんびり過ごそうと思っています。

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追記:
雨の中、機材を運ぶ際、照明用のケーブルを運んだのですが、
このケーブル、通常の電化製品に付いてるコードの
20倍位の太さで、長さも15メートル位あり、
重さも半端じゃない。
このコードをヘロヘロに成りながら、運ぶ僕を尻目に、
この日同じく急遽呼ばれた15歳の青年は楽々担いで運んでた。
かなり落ちてるみたい、、、、
わしの体力、、、、、、。

2005年11月21日

「ハワイ島での仕事を終えて」

11/17から請け負ったハワイ島での現場が昨日(11/19)終わりました。

今回の現場は、めまぐるしい変更の連続で、僕を含め、スタッフ全員かなり困惑しましたが、大きなミスも無く、何とか全てを終える事が出来ました。

最終的に、クライアントさんも満足されたと伺ったので、結果としては良いイベントだったのだと思います。

wfall50620004.JPGさて、今回のコンベンションはハワイ島の「ヒルトン・ワイコロア」で行なわれました。ここでのコンベンションは今回で僕は2回目。会場、ホテル周りの知識も少しは有ったので、前回訪れた時よりは、気が楽でした。

日本からのゲストやスタッフは、今回の会場で有る「ヒルトン・ワイコロア」に宿泊されましたが、僕達現地スタッフの滞在先は、「ヒルトン・ワイコロア」から車で5分程離れた「FAIRWAY VILLAS/フェアウェイ・ビラス」というバケーション・レンタル。その名の通り、ゴルフ場沿いに建てられたコンドミディアムです。

condo50620005.JPG部屋はフルサイズ・キッチン付きで、バスルームも2つ付いた、ツーベッドルーム(2LDK)。まだ出来て数年しか経ってないようで、内装も凄く綺麗でした。今回3人でこの部屋に3日間滞在したのですが、合宿みたいで中々楽しかったです。

11/17、午前10時半にコナに入った僕とスタッフ数名は、そのままレンタカーで「ヒルトン・ワイコロア」へ直行。ホテルのボールルームに着くと、前日から組み始めたステージがようやく仕上がってる所でした。 

ステージは昼過ぎには完成したので、僕達は少し遅い昼休みを取り、午後2時からはリハーサルが始まりました。

リハーサルは午後9時過ぎには終り、この日は終了。僕達は宿泊先で有るFAIRWAY VILLAS/フェアウェイ・ビラス」へ帰る途中に唯一有る「ジェネラル・ストア/(コンビニ)」で飲み物や食料などを購入してから、帰りました。

gnrlstr50620008.JPGここではサンドイッチが$5、カップ麺が$4と、何もかもが終戦直後のパイ缶(パイナップルの缶詰)より高価でしたが、この次に近いコンビニは車で40分も離れてる。誰もそんな距離を運転したく無いので、渋々ココで毎晩、高価な食材や飲み物を購入しました。

翌11/18は本番日。開場は午後4時からだったのですが、昼から最終リハーサルをする事に成ってたので、僕達その少し前の朝10時に会場入りし、機材のチェックなどを行ないました。

昼前に急な買い物を頼まれた僕は、車に乗り、約40分離れたカイルアの町へ。ハワイ島に来たのは、今回で4〜5回目で、まだ大雑把な土地勘しかない僕ですが、何とか目的のショップを見つける事が出来ました。

konatacos50620009.JPG買い物を済ませ、車に乗り込んだ所で、「ついでにランチも買って来てーっ!」と言われたので、辺りを探してたら「KONA TACOS/コナ・タコス」を発見。

「TACO BELL/タコベル」のようなファースト・フード・チェーンよりは美味しいだろうと思い、ここで「フィッシュ・タコス」2人前と「ビーフ・タコス」2人前を購入し、ホテルへ戻りました。

コンベンションのスタートは少し遅れ、午後4時半からスタートしました。冒頭でも書きましたが、本番中にも何度も進行が変更され、一時は何がどうなってるのか判らなく成りましたが、スタッフ全員が力を合わせたからこそ乗り切れたような気がします。

午後10時半にコンベンションは終わり、片付けを終えた僕達は、ホテルの従業員用に作られた秘密のルートを通り、裏口に停めてた車に乗り込み、午後11時半、宿泊してるFAIRWAY VILLAS/フェアウェイ・ビラス」へ戻りました。

htlbck50620011.JPG
ワイコロア・ヒルトンはとても大きな敷地に建つホテルで、従業員はホテル内をいちいち歩いてたら、日が暮れてしまう。そこでこのような裏通路を設け、従業員達は自転車やゴルフカートなどに乗り、それぞれの目的地迄移動しています。

11/19、朝10時半にホテルをチェックアウトした僕達は、先ずは部屋のキーを返す為にFAIRWAY VILLAS/フェアウェイ・ビラス」を管理してる「アウトリガー・バケーション」のオフィスへ。鍵を返却し、チェックアウトを終えると、レンタカーのガソリンを満タンにし、空港へ移動した。

午後1時発アロハエアライン#91に乗り込んだ僕達一行は、午後2時にはホノルルに戻ってきました。滞在したホテルが溶岩に囲まれたエリアだったせいでしょうか?久しぶり(と言っても3日ぶり)のオアフは緑も多くて気持ちが良い!

コンベンションの仕事を初めて、早3−4年に成りますが、前回の現場(今年の1月の現場)位から、ようやく仕事が理解出来てるような気がしています。今迄は何がどうなってるのか全く判らず、常に緊張してた記憶があるのですが、流れ、構成などを少し理解出来てるようで、最近はもっと楽に現場をこなせるように成ったみたいです。

さて、今日は息子の満一才の誕生日。昨日の夜も嫁と話したのですが、息子が生まれてから、もう1年経ったとは信じられない。嫁が自宅で破水した日を今でも鮮明に覚えてるので、そんなに前の事のような気がしないのです。

今迄に色んな人の誕生日を見て来たり、参加したりしてきましたが、1歳の誕生日会は初めて。何か特別な感じがして、今から楽しみにしています。

2005年11月17日

「嫁と息子が帰ってきました」

今日は午前7時に起床しました。

10/3から日本へ里帰りして嫁と息子が乗る飛行機が、午前8時にホノルル国際空港へ到着するからです。

眠い目を擦りながらも、コーヒーメーカーをセットし、Macを立ち上げる。

先ずはホノルル国際空港の「インフォメーション・センター」に電話し、嫁と息子の乗るフライトの到着時間を確認。

すると、予定よりも1時間も遅い「午前9時到着だ」と言われました。

いちおうインターネットでも調べてみたけど、やはり午前8時58分到着に成ってたので、のんびり朝ご飯を食べ、午前8時半に自宅を出発し、空港には午前9時前には到着しました。

嫁はグリーンカードを持ってるし、息子はアメリカ国民なので、入国審査では二人とも、日本からの観光客が並ぶ「VISITOR」の列ではなく、アメリカ人(アメリカ国籍の人達)と同じ列に並びます。

日本からのフライトは殆どが日本人なので(当たり前)、アメリカ人の入国審査の列はいつもガラガラ。おかげで嫁と息子はいつも飛行機が着いて、20分もしないうちに空港の表へ出てきます。

この日も到着口で待ってると、飛行機の到着から20分後の午前9時20分に二人が出て来た。久しぶりに逢った息子はまるで外で遊びすぎた「北国の子供」みたいにホッペタが真っ赤&カサカサで、見るからに痛々しい。

嫁曰く「風邪をひいてた時、鼻水が凄く出た時。やはり本人も気になるらしく、自分で鼻を擦り続け、鼻水カブレに成ってしまった」との事。

この風邪の事は日本滞在中に嫁からメールで知らされていたのだが、2週間も下痢が止まらず、本当に大変だったらしい。取りあえず、無事で何よりです。

それから日本へ行く前は下の歯が2本有っただけだったのに、上の歯が4本も生えてて、「顔が変わってる!」。「お前は誰だーーっ」と言うと息子は「グフーーーッ」笑い、生えたばかりの歯を更に露出し、成長をアピール。

二人を連れて、帰宅したのは午前10時前。久しぶりに我が家に帰った息子はエンジン全開!

1ヶ月半前と比べると、とにかく動きが早い、通勤快速と新幹線くらい違う!

パワーもハワイを出る前とは比べ物に成らない程レベルアップしてがおり、かなり重いオモチャも楽々持ち上げ、それらを60センチ程放り投げる大リーガーばりの遠投も魅せてくれた。

二人はシャワーに入り、2時間程騒いだ後、さすがにフライトの疲れが出たようで、昼寝タイムに突入。その間に僕はランチを食べたりしました。

明日からハワイ島での現場が始まるのですが、昨日の夜、現場の責任者さんから「当日で使う案内看板をコナで作れる業者が居ないので、ウォードセンター(オアフ島)の業者に発注しました。明日には出来てるので、それを持ってコナへ来てくれます?」と言われたので、嫁たちが落ち着いた所で、その業者に電話してみた所「午後5時半に仕上がります」と言われた。

午後5時前、ラッシュアワーがピークを迎えた中、自宅を出発し、看板を制作してるウォードセンターの業者へ。

看板を受取り、その後、その看板がを包む素材を探しに、色々回り、家に着いたのは午後7時。買って来た素材で看板をグルグル巻きにして、スーツケースに3日分の服を詰め込みました。

今回、コナにはコンピューターを持って行かないので、このブログにコメントを頂いても,掲載される迄に時間がかかるかも知れません事をご了承下さい。 

では行ってきます。

2005年11月15日

「第九回大喜利劇場/カリスマの真実」

snoop.jpgラップ界のカリスマ、そして既に生きる伝説と化した「SNOOP DOGGY DOGG/スヌープ・ドギー・ドッグ」



2年程前、発砲がらみの事件に関与し、禁固刑を免れる事は絶対に有り得ないだろうと思われたが、カリスマはやはり本物だった。

裁判では「無罪」を勝ち取り、無罪放免。コレにより彼のステータスは更に上昇。もはや神の領域にまで達したようだ。

先日は、私はテレビで、インタビューに答える「SNOOP DOGGY DOGG/スヌープ・ドギー・ドッグ」をキャッチした。

自身の音楽、育った環境、現在のビジョンなど、天下を極めた男の口から発される一言一言には説得力が有り、私は彼の大きさに深い敬意と感心を持ったと同時に、のんきにワイキキの自転車屋でバイトしてる己を恥じた!

すっかり巨匠のトークに巻き込まれ、テレビに釘付けに成ってた時、インタビューアーが「あなたの名前の由来は何処からきてるのですか?」と質問した。

口元から微かな笑みを浮かべた巨匠は静かに答えた。

「俺が小さい頃、おふくろが『チャーリー・ブラウン』に出てた犬のスヌーピーに俺が似てるからと、俺の事をスヌーピーと呼んでたのが、今では自分のアーティスト名に成ったのさ」



幼少の頃のあだ名が世界レベルで活躍するアーティストに名前に成るだけでも常人では到底達成出来まい。

ちなみに自分が幼少の頃、同じ学校に通ってた連中のあだ名を思い出してみた。

1。「てっカブ」 
  (理由:毛が多く、坊主頭が鉄兜みたいだったから)

2。「絶壁/ぜっぺき」 
  (理由:後頭部が普通の人より少し平たかった)

3。「こう」
  (理由:名前が『工(たくみ)』だったが誰も読めなかったから『こう』に成った。

4。「松陰/しょういん」
  (理由:名字が吉田だったから)

5。「あわさか」
  (理由:実家が魚屋であわれな奴だったから)

6。「ゲロばやし」
  (理由:林という名前だったのだが、一度授業中にゲロを吐いたから)

ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん、どう考えても世界レベルで通用するニックネームでは無いな。

ともあれ、番組が終わり、感動の嵐に包まれてるはずの私は、何故か自分がスッキリしないものを抱えてる事に気がついた。

ハレイワのドールでみずみずしい取り立てのパイナップルを腹一杯食べたのに、最後に食べたパイナップルの一切れからのスジが歯と歯の間にフロス状態で挟まり、完全燃焼出来ずに居るジレンマにも似てるこのファジーなフィーリング。

何なんだろう、、、、、

考えてるうちに,おぼろげだが、私の心の底にくすぶる「疑惑の炎」の全貌が見えて来た。

まさか、、、、

信じたく無い!

しかし、何度考えてもおかしい!

アニメ「ターガーマスク」で「覆面ワールドリーグ」というのが有ったが、このグランプリに参加する為に世界各国の選手が覆面を冠ったまま、羽田空港の入国審査を問題なく通ってた映像よりおかしい!

これが事実なら、カリスマの全てを否定する事に成ってしまう。

この時私は自身の頬をつたう、何かに気がついた。

そう、私は知らない間に泣いてたのだ。

何人たりとも揺るがしようの無い悠久のカリスマが私の目に前で崩れる事に、知らぬ間に己の感情をセーブ出来なく成ってたのだろう、、、、、

もう我慢出来ん

ハッキリ言おう!

「SNOOP DOGGY DOGG/スヌープ・ドギー・ドッグ」、お前は自分の母親が「スヌーピーに似てるから、小さい頃からスヌーピーの愛称で呼ばれた」と言ってたが、


何処の世界に

黒いスヌーピーがおんねん!!



まるっきり似とらんがなお前は!

せいぜいお前とスヌーピーが似てんのは、
耳だけじゃい!






snoopyImage012.jpg


それなのに何をトンチンカンな事言うとんねん!





まだあれやで、アルフィーで真ん中でアコギ弾いてるオッサンが「ヨン様に似てたので、小さい頃からヨン様って呼ばれてました」って言うのなら判る。

しかし、お前とスヌーピーには何も接点無いじゃん!ええ加減にせーーーよーーーぅ!




明日からお前は名前を変えろ!
えっ?いまさら何に変えればええんかいって?


明日からお前は、、、、、、、、、


























340-mabataki.gif







「のらくろ

ドギードッグ」

じゃい!


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
追記1:スヌープの名前の由来はホントで、実際にテレビで見ました
    僕が作った訳でありません

追記2:僕が5歳の頃、我が家では「スパーダー(蜘蛛)」という犬を
    飼っていました。その犬は大型のプードルと何かの雑種で
    大きさはシェパードより一回り大きかったです。
    物心ついた頃、オヤジに「何故スパーダーと名付けたの?」と
    尋ねた所「当時お前達は『スパーダ−マン』というアニメに夢中だった
    その頃の我が家のテレビは白黒で、ワシはスパーダ−マンは
    黒い衣装を着てるんだと思い、犬も黒かったので、
スパーダーと名付けた。     『スパーダーマン』の衣装が赤と青で構成されてるとは
知らなかったのだ」と言われた
    これの例に、もしかしてスヌープのオカンも間違えたのか、、、
とも思いましたが     白と黒のツートンのスヌーピーは
白黒テレビで見ても白黒のはず、
    よって今回一言もの申させて頂いた。

追記3:スヌープドッグのファンの皆様、ご気分を害されたのならお許し下さい。
    僕はラップの事はまるっきり判りませんが、
彼に才能が有るのは判ります
    マグレでデビューは出来ても、マグレではあそこ迄上り詰める事、
    ましてや、そのステータスを維持する事は不可能。
    彼の才能が本物で有る事は間違い有りません。

2005年11月13日

「HAPPY BIRTHDAY」

昨日、バイト先の一人が誕生日を迎えました。そこで、午後6時からワイキキの「PLANET HOLLYWOOD/プラネット・ハリウッド」で誕生日パーティーが行なわれたので、僕も参加しました。

午後6時に「PLANET HOLLYWOOD/プラネット・ハリウッド」に着いたのですが、金曜日の夜なのに店内がガラガラなのでビックリ。まだ時間帯が早いからなのかな、、?とも思ったのですが、午後9時に成っても埋まってるテーブルは4つ程。これでは毎晩赤字なのでは、、、と余計な心配をしてしまいました。

僕が「PLANET HOLLYWOOD/プラネット・ハリウッド」に着たのはたぶん今回で3回目。この日は殆どお客さんが居なかったので店内に展示してる映画関係の品々を見て回ったのですが、スティーブ・マックイーンが何かの映画で着た衣装を観て、凄く小さいのでビックリ。

タフな役ばかり演じてたせいか、大柄のイメージがあったのですが、シルベスター・スタローンもマッチョだけど大柄な人では無いと聞きますから、映画のスクリーンが魅せるマジックなのでしょうか。

パーティーで予約してたので、席に着くと、既に料理は用意されていました。

「フライドチキン3種類(それぞれ味が違う)」、「オニオンリング」、「フランスパン」、「スペアリブ」などの揚げ物をふんだんに並べ「ブラウン」を基調としたこの日のディナーテーブルは、二日酔い明けには間違いなく「拷問」と言える装いでした。

yearbookImage012.jpg圧巻はディナーマットが有名人達の卒業アルバム写真を寄せ集めたものだった事。携帯電話で撮った写真なので見づらいですが、右下の写真は若きシルベスター・スタローンです。

全員の写真が高校生か中学生の頃の物なので、何となく面影は有り、良く見ると誰かは判別出来ます。しかし「ブルース・ウィルス」だけは髪の毛が有ったので(高校時代だから当たり前!)最後迄誰だか判りませんでした。

ここでの宴は午後9時半まで続き、そこからはアラモアナ・ショッピングセンターの裏手に有る「山小屋」というカラオケパブへ移動しました。

この店の事は僕も知ってたのですが、店内に入ったのは初めて。カラオケパブと言っても、歌ってる人は殆どおらず、結構静かで良い感じでした。

「山小屋」には午前零時過ぎ迄居ました。ふだん仕事先で逢うスタッフですが、仕事中はあまり話も出来ないので、今回のような時間はとても新鮮な時間でした。

ygoyaImage013.jpg
僕より10歳以上若いスタッフ達と、この日はとても楽しい時間を過ごせました。いろいろな雑談の中から、彼等は「本当に良い連中だな」と思いましたし、各自に付き、知らない事も多かったので、興味深い有意義な時間でした。

午前零時半。久しぶりに結構飲んだ僕は、店の前に停めてあった車に乗り込み,帰路に着きました。

P.S
翌日、午前8時に目が覚めた時は全然酒も残ってなく、良い感じだったので、「ワシもまだまだ飲めるな」と思ってたのですが、昼前まで食欲が無く、明らかに老化が進んでるのを痛感、、、、。もう無理が出来ん年齢に成ってるみたいです(;_:)

2005年11月11日

「ベンツ」





ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん、

さすがベンツ。





 


 


ちゅうか


積み過ぎじゃろうがい!!!!

overload2.jpg

2005年11月09日

「ホテル予約」

今日から3連休。しかし,11月中旬からは忙しく成りそうなので、今のうちにと、今日は色々な雑務をこなしました。

朝は8時半に起床。最近寝ても寝ても眠いんだよね〜〜っ。幾らでも寝れるちゅうか。何ででしょう?

workdeskImage013.jpg
起きて先ずした事は11/28から釣り番組の撮影で行くテキサス州とアーカンソー州でのホテルの予約。

この撮影は11/28〜12/5迄行なわれるのですが、当初僕は、撮影の一日前にあたる11/27にロスへ入り、その日は実家(オレンジ・カウンティー)で一泊し、翌日の朝(11/28)にダラス(テキサスの首都)入りをしようと思ってたのですが、ハワイ〜ロス間の航空券が全然取れなかった!

実は11/24がアメリカでは「THANKS GIVING DAY/感謝祭」で、全米全土に離ればなれに成ってる親戚一同が集まる全米随一の祭典。11/24に親戚や家族達とスイートでハニーな時間を過ごした後、11/26〜11/27のフライトでそれぞれの町へ戻る人が多いので、何処の航空会社も空きの席が無いのです。

11/26のハワイ〜ロス間の便も探したのですが、全て満席で、最終的に僕は11/25にハワイを発ち、11/25〜11/28迄を実家で過ごしてからダラスに向かう事に成りました。

テキサスでは、日本人女性が経営するロッジを番組の制作会社から紹介して頂いたので、今朝さっそく電話してみた所、僕達が滞在する期間は出演者&スタッフ分(計6名分)の空き部屋が有るとの事なので予約をお願いしました。部屋の値段は破格の一泊$60(税込み)。

$60ぽっちじゃ、ワイキキでは歩道にも寝れないよーーーぅ!安ーーーい、さすがテキサス!寝袋買うより安いんじゃないの??

テキサスでの宿を確保し、今度はアーカンソー州でのフィッシング・ガイドさんに紹介されたホテルへ電話してみた。このホテルは撮影を行なう湖(もちろんアーカンソー州ね)に面して建っており、ロケーションは最高。

恐る恐る空き状況を聞いて見ると、11月末はオフシーズンらしく、ここでも6名分の部屋を難なく確保出来た。値段も真心プライスの一泊$65。

2軒とも湖が見える所に有るらしく、毎朝部屋の窓からネッシーが観れるかも。ちなみにテキサスで滞在するホテルでは全部屋、電話が無いらしいです。「もし電話を使いたいのならオーナーさんの家で貸してくれます」と言われました。

四畳半で生活する苦学生が大家さんの電話、もしくは廊下の赤電話を使うという昭和初期の生き様が、今尚、日本から遠くは馴れた米国テキサスで息づいておりました!

しかし、それにしても安い、、、、余りにも安過ぎる。

まさか行ったらカプセルホテル何て事ないよね、、。あんな山の中でカプセルに入り、フロントがモーニングコールが鳴らし忘れたら、10年位寝たままで誰にも発見されないだろうからね。宇宙を50年さまよったエイリアンのリプリーに成っちゃうよーーぅ!

ホテル2軒を予約した後は、湖での釣りを行なうためのライセンスを発行してもらうため、湖を管理してるアーカンソー州のオフィスへ電話をしました。

ライセンスが必要なのは実際に釣りをする人のみで、撮影をしてるスタッフはライセンスなど必要無いと言われたので、出演者で有るプロのアングラーさん1名分(3日間で$11)を発行して頂く事にしました。

あとは11/28にダラスに着いた日、そして日本のスタッフが帰国する前日の12/4に宿泊するダラス国際空港近辺のホテルを予約するだけなので、これはネットで色々検索し、明日にでもブックしようと思っています。

gstringImage013.jpg書類やデータを整理し、昼過ぎに近所の保険会社へ行こうとアパートの階段を降りてくと、階段に女物のヒモパンが!何でこんな所に落ちとんねん!誰かここで脱がないとイケナイような事をしたのか!

拾い上げる勇気もなく、見せ物化した「涙のヒモパン」を跨ぎ、駐車場へ移動し、嫁の車で保険会社へ。

いま契約してるプランに関して新たな質問が有ったので、窓口で問い合わせてみると、凄い情報が貰えた!今迄知らなかった事だったので、これは今後大きく役立ちそうです。(保険の話はややこしので省略ーぅ)

その後ユニバーシティーに有るオーギャニック・ショップ「DOWN TO EARTH/ダウン・トゥー・アース」へ。

実は1ヶ月程前、知り合いのヘアーメイクさん(女性)に髪を切ってもらったのですが、その時彼女に「髪を染めてるので凄く痛んでるんですけど、、」と言ったら「それならDOWN TO EARTHで売ってるオーギャニックの毛染めを使ったら。化学薬品など一切入ってないから痛みは少ないよ」と言われたのです。

hairdyeImage012.jpg店内に入ると噂の毛染めは直ぐに見つける事は出来ました。特殊な物なので値段も高いかな、、と思っていましたが「$11.99」と普通の毛染めと殆ど変わらない。痛みが本当に少ないのなら、これからずっと使うぞ!

「DOWN TO EARTH/ダウン・トゥー・アース」を出て、次はスーパーへ行き、牛乳などを買い込み、帰宅したのは午後3時。

午後5時頃、「DOWN TO EARTH/ダウン・トゥー・アース」で買った毛染めで髪を染めてみました。40分程置いた後シャワーに入り、かなりすすいだのですが、それでもタオルに色が少し付きました。

化学薬品を使用してないので、染まりが弱いのでしょうか、、、、?

後はどれだけ持つかなので、これはまた後日レポートしたいと思います。

2005年11月05日

「ミーティング」

今日は来年2月にオアフ島で行なわれる某日本企業のコンベンションの打ち合わせに行きました。

今回はテクニカル・ミーティング(機材関連の打ち合わせ)で、ステージのデザイン、機材などについてあれこれ話し合いました。コンベンションの仕事を初めて早3年、未だにテクニカル・ミーティングで何が議論されてるのかさっぱり判らないのですが、判ってるフリをするのは得意技に成りました。

朝8時45分、パゴダ・ホテルに宿泊してる日本からのスタッフを迎えに行き、「マプナプナ/(ホノルル国際空港の近く)」に有る、舞台制作会社へ。

午前9時からミーティングは始まり、終わったのは昼の12時。午後1時半から別の場所で引き続きミーティングが有ったので、その前にスタッフを連れてウォードの「クアアイナ」へランチに行きました。

大盛りラーメン2杯分は有るだろう名物の「アボカド・バーガー」を食し、午後1時15分には別のミーティング会場へ向かいました。

このミーティングは午後3時に終わり、僕はスタッフをホテルへ送り届け、午後3時半に帰宅出来ました。

まだ5時前、、、間に合う!

実は保険料を11/1迄に支払わないといけなかったのですが、前回の現場のギャラが入らなかったので期限日迄に払えず、滞納してたのです。すぐにアラモアナ・ショッピング・センターの裏手に有る保険会社へ徒歩で向かい、支払い窓口でニコニコ現金払い。

coronaImage012.jpg保険料を払い終え、家に戻る前に近所のスーパーへ。いつもはバドワイザーを飲んでるんだけど、違う物が飲みたく成り、コロナ・ライトを購入して(もちろんライムも)家に帰りました。

家に帰り、来月釣り番組の撮影で行くテキサスへの航空券をブックしたり、関係者にメールしたりしてたら、午後6時半。シャワーを浴び、午後7時にはビールを飲んでまったりしました。

コンベンションの打ち合わせに日本から着てるスタッフは、本来なら明日帰国するはずだったのですが、満席で航空券が取れず、もう一泊ハワイに滞在する事に成ったので、明日は彼等を連れてノースショアへ遊びに行きます。

2005年11月04日

「日記/11/3」

10/23から家に泊まりに来てた友人が,昨日(11/2)日本へ帰りました。友達と丸10日過ごすというのは、結婚してからはあまり持てない無い時間なので、とても新鮮で楽しい時間でした。

友人と過ごした10日間で起きた最大の事件と言えば、デジカメが壊れた事。

確かに「$145」の安いカメラでしたが、1年で壊れるちゅーのはひどいよ!100円ライターでも1年は持つんじゃないの!?二度と「ヒューレッド・パッカード」の商品は買わんぞ!

11/2に友人を空港へ送り届けた後は久しぶりのツアーを行ないました。数年前まで僕は撮影の現場だけでは喰えず、個人ガイドの仕事もしてたのですが、その当時のお客さんが久しぶりにメールをくれ、「11/2にラニカイとノースショアへ行きたいのですがお願い出来ますか?」とメールをくれたので、「友人を送り出した後の午前10時からなら大丈夫です」と返答した所、快く受け入れて頂け、久しぶりのツアーと成りました。

ツアーをやってる頃は、毎回新しいお客さんと逢うので、多少の緊張感も(ツアー中もそうですが特に初対面の時)ありましたが、一度逢った事有る人達と会うのは、懐かしい気持ちや,嬉しい気持ちが先に立ち、友達に会うような感覚に成りました。仕事とはいえ、楽しい時間を過ごさせて頂き、感謝です。

今日は休みでした。今朝、郵便をチェックすると、先月請け負った撮影(オアフとハワイ島で撮影したジャズバンドのプロモーションビデオ)のギャラ(小切手)が郵送されて来たので、溜まってた支払いをして、午後は車を洗車したりとのんびり過ごしました。

明日は来年2月にオアフ島で行なわれる日本の大手企業のコンベンションを請け負う制作会社とのミーティングに行きます。日本のスタッフがパゴダ・ホテルに宿泊してるので、午前8時45分に迎えに行きます。